第10話
それから数日、兄さんはジェイから離れようとしなかった。
生理的な事情で致し方無いときでも、ドア越しにへばり付いてたり、離れないようジェイに約束させたりして。
どこの幼児の後追い行動だ、と思わせる姿には、有能なエグゼクティブの面影はカケラも残っていなかった。
当然、仕事に行くこともできず、優秀な秘書たちが、悲鳴を上げながら必死にスケジュールを調整していた。
食事はもちろん、コーヒータイムもジェイにくっついてきて。かといって会話に加わるでもないので、かなりうっとおしい。普段通りの顔をして過ごしているジェイの胆力には驚かされる。
”義姉さん”の中身も義姉さんだったら、兄さんを心配して、付きっ切りで面倒を見てたと思うけど。
ジェイ曰く、『男を甘やかす趣味は無い』そうだ。
親族関係のパーティーなどは、急遽代理で僕が行く破目になり。
白人至上主義な人々に、面と向かって当てこすりを言われたり、その様子を思わず、正面からじっくり観察してしまったりした。
いやあ、おかしなこと言う人って、やっぱ表情もおかしな感じだよね。って、心の中だけで思ってたはずが、何故か口からダダ漏れで。
いらん軋轢を生んでしまったなぁ。
でも先方も、心で思うのは自由だけど、わざわざ言いに来る理由が分からないよね。
昔の兄さんみたいに、ナチュラルに没交渉でいいのにね。
その頃の兄さんだって、ビジネスや社交の場では、相手がモンゴロイドだろうがネグロイドだろうが、そつなく対応してたって聞いてるけどなぁ。
何日かたって、兄さんの奇行はぱったり止んだ。
椅子に腰掛けたまま、傍らに立つジェイを、ただ静かな表情で見上げ。
「君は……メアリではないんだな」
「ああ。そうだ」
「そうか。ーー彼女はもう、戻れないんだな」
顔を伏せ。兄さんは少し泣いたようだった。
ややあって、上げた顔には既に涙の跡は無かった。そして、ジェイを真っ直ぐに見て、口を開く
「それで? 何が起こっているのか、話して欲しい。
君はどうして、何のためにここにいるんだ?」