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我的愛人  作者:
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何日君再来 第10話

 いよいよ開演のベルが鳴った。

 私は舞台中央、所定の位置にスタンバイする。

 あの夏から一年後、私は「李香蘭」となり、満映専属女優として本格的にデビューした。

 踊らされていると、あの人は怒るだろうか?

 オーケストラピットで指揮者のタクトが振り上げられる。私はごくりと唾を飲んだ。果たして前奏は「何日君再来」か「馬車は行く行く、夕風に」か?

 すると静まり返っていた客席から突然地響きのような歓声が沸き起こった。

 タクトによって導かれた前奏は「何日君再来」。

 私は縋るように舞台袖を見た。暗がりの中、小柄な甘粕満映理事長と大きな児玉さんが私に向かって何度も何度も頷いている。

 さあいよいよ幕が開く。しっかりするのよ、李香蘭!

 どよめきと拍手はさらに大きくなってうねり、私の小さな身体を今にも押しつぶそうとしている。刺すような白い強烈なスポットライトが幾つも容赦なく私に降り注ぐ。


 天津の東興楼での喝采とこの東京の日劇での割れんばかりの喝采とに一体何の違いがあるだろう? 歌を愛する人々に、平和を願う人々に国境は無い。私は今こそ願いを込めて歌おう。日本と中国とその狭間にある満洲の人々が幸せになれるように。愚かな戦争が一刻も早く終結するように。


 少し大人になった今、あの時のあの人の気持ちがよくわかる。

「何日君再来」は恋人との別れを惜しむ愛の歌だ。この歌を聴いて涙を流したあの人は、きっと苦しい恋をしていたに違いない。想い人を偲び、中国にも日本にも身の置き所が無く、刹那的な生活を送っていたあの人の、計り知れない孤独から零れた涙が今でも忘れられない。

 いいつけを守れなくてごめんなさい、お兄ちゃん。私に出来る事はこれしかないの。

 さあ歌って、李香蘭。

 あなたの歌を待ち望む皆様のために。

 そして、この歌が好きだったあの人のために。

この話は完全にフィクションです。

登場する人物・関係性・建造物などは実在のものとは一切関係がありません。


「何日君再来」章はこれでラストです。

何年も前のとある夏の日にこの話を思いついて、完全に自分の妄想展開、怒涛の勢いで一気に書きあげた覚えがあります。個人的には一番好きな話です。

一人称展開の練習にもなりました。


お読みくださり、ありがとうございました。


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