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我的愛人  作者:
23/32

何日君再来 第5話

「劉小姐! もう君とは金輪際逢わない。今すぐここから出て行け!」

 厳しい怒鳴り声が遠くに聞こえた。とどのつまり、あの人の今ま

でのお気に入りだった小姐は、可哀想にその役を奪われ、嫉妬にかられて憎き私に向かってグラスに入った水をかけたのだった。人前で罵声を浴びた事も、ましてや水なんてかけられた事も無かった私の自尊心はひどく傷ついていた。ましてや憧れの人の前だったからなおさらだ。


「どうしたら貴女の気が治まるのかしら?」

 すっと立ち上がった私は唇をかみしめてじっと小姐を見据えていた。極限にまで達した怒りと羞恥で顔を火照らせながら。こんなに強い自我が私の中で巣食っていたことに、なにより私自身が驚いていた。

「……璧…輝様のご機嫌をお直しして……」

 私の予想外の剣幕と愛しの璧輝様の一喝を浴びた小姐は、半ベソをかきながらすっかりうろたえ怯えていた。手にしたグラスが小刻みに震えていた。

「ヨコチャン、大丈夫かい?」

 心配そうに覗きこむあの人。大勢の客達は何ごとが起こったのかとぞろぞろと集まってくる。

 私は慌てた。そして焦ってもいた。何とかこの場を収拾しなければと。あの時自分が何故あんな大胆な行動に出たのかさっぱりわからなかったけれど、ただ私は必死だった。自分が元でお店に騒ぎを起こしてはいけない。オーナーである彼女に迷惑をかけてはいけない。小姐の言うとおりあの人の機嫌を直さなくてはいけない。ただそれだけを思って唯一私に出来ること──歌を、咄嗟に歌を歌い始めていた。


 上ずる声。震える身体。けれどそれもほんの最初のうちだけだった。歌うにつれ不思議と心は鎮まり、怒りも羞恥もいつの間に消え去ってゆく。身体の緊張が解きほぐされ、動きが自然なものとなって、私は取り巻く客の間を歌いながら笑顔で歩き始めた。

「上手いぞ!」

「新人歌手なの? この店の新しい趣向?」

 曲名は「何日君再来」。中国のトップ女優が歌っていた映画の挿入歌。私の大好きな歌。

 無我夢中で歌い終えた時には、店内が拍手喝采の嵐だった。今まで怪訝そうに私たちを取り巻いていた客たちが皆歓喜の表情を浮かべている。信じられなかった。身体がぞくぞくと震え、驚きとともに感動がこみ上げてきた。それまで生きてきた中であれほど嬉しかったことはない。観客の反応を直にこの肌で感じ、この耳で聞き、この瞳で見た。私の歌でこんなにもたくさんの人が喜んでくれるとは夢にも思わなかった。 

 褒めてもらいたくてあの人を見ると、半分驚いた顔をして、けれど満面の笑顔で拍手を送ってくれていた。

この話は完全にフィクションです。

登場する人物・関係性・建造物などは実在のものとは一切関係がありません。

お読みくださり、ありがとうございました。

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