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我的愛人  作者:
21/32

何日君再来 第3話

「貴方によく似ていらっしゃいますね。こんな綺麗なお嬢様がいらっしゃるとは存じませんでした。中国語もお上手で、将来が楽しみでしょう?」

 父とあの人の会話は弾み、普段厳しい父のあんな楽しそうな顔は今まで見たことが無かった。

「一曲お相手願います」

 笑顔と共に突然差し出された白い手に私はどうしていいか分からず、きっと泣きそうな顔をしていたに違いない。困ってちらりと父を見やると父は微笑みながらただ黙って頷いていた。

「あの……私踊ったことなんて今まで……」

「大丈夫、僕にまかせて」

 そう言うや否やあの人は素早く私の手を取ってホールの中央へと滑り出た。微熱を帯びた私の掌にその手はひんやりと心地良かった。見知らぬ男の人よりは、女性のあの人の方が安心だと思って父は許可してくれたのだと思うけれど、私は恥ずかしくてこのまま何処かに逃げ出してしまいたかった。心の中でちょっぴり父を恨んだ。


「ゆっくりでいいからね。曲をよく聴いて」

 声も出せずにこくんと首を縦に振るのが精いっぱい。あの人は私をそっと抱いて曲に合わせてゆっくりと踊りだす。スローナンバーのもの哀しい曲。何と言う曲名だったのか、今となっては思いだせないのがとても悔しい。心臓は前にもまして破裂しそうなくらい早く打ち始めて、あの人の全身から漂う甘い香りが媚薬のように私を酔わせた。

「ヨコチャン、顔上げて」

 耳元で囁かれて顔を上げた途端、例の変わらぬ笑顔があまりにも近くにあってとても面食らった。

「そんなにびっくりしなくても大丈夫。何も取って食いはしないから。それとも僕の顔怯えるほど怖い? 自信失くすな」

 その美貌にあまりにも似つかわしくないおどけた表情を作るので、私は思わず吹きだしてしまった。何の事は無い、結局私は子供なのだ。少しあやされただけでいつもの自分を取り戻していた。硬くなっていた笑顔が自然なものへと変わってゆく。そして落ち着いてみるとあの人のダンスはなかなかのものだった。上手くリードされて私にもやっと「周りの雰囲気を楽しむ」という余裕が生まれてきた。無我夢中で踊った。私が微笑むと当たり前のように微笑み返してくれる。ただそれだけのことがとても嬉しかった。甘い疼きに胸が震えた。 


 けれど私はその時ふと気づいてしまった。

 覗きこんだ黒い双眸の奥にある虚ろな陰に。あの人の優しい視線は確かに私に注がれてはいるけれど、その心は決して私を見てはいなかったのだ。

「驚いた。上手くなったね。今度また一緒に踊ろう」

 曲の終わりと共に私も束の間の夢から覚めた。耳元で囁かれて、壁際で待つ父の許へと返された。

 帰途に着く車の中で、パーティーの時のあの上機嫌が嘘のように父は難しい顔をしていた。

「清朝王族粛親王の第十四王女、熱河安国軍総司令」

「何それ?」

「川島芳子……先刻の彼女の肩書だよ。そして今はあの東興楼のオーナー」

「あの人王女様なの? あんな格好しているのに?」

「そうだよ。以前は関東軍に協力してこの満洲国建国の為に奔走したようだが、今はその関東軍からも見放されているのか、敢えて自ら見切りをつけたのか分からない。この店を持てたのも未だ関東軍の後ろ盾があるからだともいうが…最近は根なし草の生活を送っているらしい。あまりいい噂を聞かないからお前も今夜を限りに近づくんじゃないぞ」

「……はい」

 と返事はしたけれど、心の中では「いいえ」だった。その意外な素性を知ってさらにあの人に惹かれてしまう自分を抑えることは、17歳の好奇心に満ち溢れた少女には無理な話だった。

この話は完全にフィクションです。

登場する人物・関係性・建造物などは実在のものとは一切関係がありません。

お読みくださり、ありがとうございました。

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