3.静かの海で
創作さんに20のお題
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3.静かの海で
「おいっ!てめぇいま俺にあたっただろ!謝れや!」
いきなり変な奴にぶち当たってしまった。
「おい、てめぇだよ。こっち向けや!」
「あたってないですよね」
「俺があたったと言ったらあたったんだよ!ふざけんなよ、おい!」
訳がわからない。
「謝れよ、おい!」
「いや、あたってもないのに謝る必要ないと思うんですが……」
「あぁ?ぐちゃぐちゃ言ってんじゃねぇよ!謝れよ!」
拳が振り上げられた。と、
「お兄さん、こっち」
という声がしたかと思うと、腕がぐいっと引っ張られた。
「へ?」
今更ながら、自分でも間の抜けた声がしたと思う。
「つべこべ言わずに、走って」
腕を引っ張る主がいう。
とりあえず、言われたとおりに走る。
後ろでさっきの変な奴が吠えている。
でも追っかけてはこないらしい。どんどんと声から遠ざかる。
と、腕を引っ張っていた主がようやく足を止める。
「お兄さん、バカじゃないの?このあたりでぼーっとしてるのなんて、命取りだよ。
あのまんまじゃ、確実にぼこぼこにされてたよ、あんた」
俺を助けてくれたらしい奴の声はよく通る、ボーイソプラノで…
「えっ?子供?」
「俺のどこが大人に見えるんだよ。大体このあたりじゃ、喧嘩に巻き込まれそうなおバカを無償で助けてくれる大人なんていやしないよ」
どうやら本当に子どもらしい。まぁとにかく窮地を救ってくれたわけだし、礼くらいはいっておかないと…
「ありがとう」
「ふん。大体なんであんたみたいなふわふわしてるやつがこんなとこにいるんだよ。
お前みたいなのは、もっと上の地区に住んでいるはずだろ?名前は?」
「俺は…オグムスタン・ハルだ。姉貴を探してここに来たんだが……」
「オグムスタン…?もしかしてエンア姐さんの弟か?」
「そうそう!このあたりでパブを営んでるはずなんだが…」
「“静かの海”だろ!俺、エンア姐さんにはとっても世話になってるんだ!
エンア姐さんの弟がこんなヘタレなのは気に食わないけど…エンア姐さんとこまで案内してやる」
「本当か?」
「ああ。ついてこいよ」
渡りに船とはこのことだ。
だいたいこんな貧民層が住むようなところになぜ姉が住んでいるのかもわからないし。
正直こんなところで姉が簡単に見つかるとも思っていなかったから、ありがたい。
だいたい兄が死んでまったから感動したはずの姉を呼び戻して来いだなんて……
父さんのいうことには無茶がありすぎるよ。
あの姉が簡単に帰ってくるわけないじゃないか。
「ここだよ。エンア姐さんのパブは」
この町にしては少し洒落た店構え。看板には“静かの海”と書かれている。
「エンア姐さん、尋ね人が来てるよ。」
あの子供が扉を開け、ずんずんと中に入っていくので、あわてて俺も中に入る。
「あたしに尋ね人かぃ?どんなや…ハルじゃないか!」
姉が俺に気付いた。
「久しぶり、姉さん」
姉はここまで俺を連れてきた子供に簡単に礼の言葉を述べると、俺を手招きした。
「久しぶりだね、ハル。なんだってあんたがこんなところにいるんだい?」
「兄さんが死んだんだ。父さんが姉さんに戻ってこいって」
「勘当したはずのあたしにかぃ?あたしは戻る気なんかさらさらないよ」
「そういうと思ったよ。にしてもいい名前だね、このパブ」
そう。この国には海がない。地球温暖化でどんどんと海の水が蒸発していくことを恐れた各国の首相たちは海を一か所にあつめることにしたのだ。
あの嵐の晩。姉さんは、「海を見に行く」とだけ言い残し、あの家を出て行った。
「でもここは海なんかないじゃないか」
「海っていうのはね、ハル。かつていろんな国といろんな国を結ぶものだったんだよ。
この辺りには移民や、出稼ぎ労働者であふれかえっている。このパブにはこの国以外の人だってたくさん集まるんだよ。それでここはさしずめ情報の海なのさ」
「静かではないけど…海ってところはあってるんだね。父さんには、姉さんは自分で海へ行ったって伝えておくよ」
「よろしく頼むよ」
そっと店を出る。
“静かの海”。
本当に…姉さんらしい名前だよ。