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『好きな人』
好きな人がいます。
「好き」だと言ったら、その人は、「俺も」と応えてくれました。
けれど、私の「好き」と彼の「好き」には、大きな差があるようで。
きっと、ほんの少しの差なんです。
私と彼は同じ人ではない。ただそれだけの差なんです。
けれど、私は彼が好きだから、その差がひどく大きく見えて、時々、無性に泣きたくなるんです。
日差しが弱まり、風は寒さを増した。
うるさかったセミの声が聞こえなくなり、木々は赤や黄色に染まっている。
少し離れた席で、楽しそうに笑っている男女のグループを里美はぼんやり眺めていた。
そっと、里美の肩に手がかかる。顔を動かすと、優子が笑いながら言った。
「なんで、あいつらは高校2年にもなって、児童小説の話で盛り上がってるの?しかも、だいぶ前の」
「なんか久しぶりに読んだら面白かったんだって。東也くんが広めたらしいよ」
「へ~。そう。『東也くん』ね~。それで、その彼女さんも進められたのかしら?」
「…お前はたぶん好きじゃないだろうからって」
そう言いながら、里美は、視線をグループ、否、東也に戻した。
「あらら。それは、ずいぶんな言い方だね」
苦笑を浮かべながら、優子も東也のいるグループに視線を向ける。
「私だって、読むのにな」
「そしたら話題も増えるのに…ね?」
優子の少しからかいを含んだ言葉に、里美は素直に頷いた。
自分があの輪の中に入りたいとは思わない。彼らは、どちらかというとクラスを引っ張っていく側の人間だ。そして里美は地味なわけではないけれど、自ら動くことはほとんどない。言わば、引っ張られていく側の人間。
だから、あの輪の中に入った所で、東也と話ができる筈もなく、きっと、居心地が悪いだけ。
そして、東也やその友だちも居心地悪さを感じるだけ。
けれど、あんなに楽しそうな顔を見られるなら、苦手だろうと東也が好きなものをもっとよく知ろうとしたい。里美は、そう思うのだ。
「あ~あ」
しばらく前方を見ていた優子が、呆れたような声を出す。
何かうれしかったことがあったのか、満面の笑みを浮かべ、東也に抱きつく綺麗な子。
東也は小さくため息をつきながらも、その手を振り払おうとはしない。
優子が、親指を立て、あちらに向ける。
「いいの?」
「友だちだし」
はっきりと応えた筈の言葉は弱々しく優子に届いた。
「いい」か「悪い」の二択なら、「悪い」に決まっている。好きな男が、別の女に抱きつかれているのだ。
けれど、きっと、そこには恋愛感情などない。
それがわかっているからこそ、何も言えないし、何もできない。
嫉妬すらできないのだ。
「私の前くらい、素直にやきもちやいたら?どうせ本人の前じゃやけないんだから」
「…だって、口に出したら、東也くんの前でも言っちゃう気がするもん」
里美は、腕を曲げ、顔を押し付けた。
涙は出そうになかったが、でも、泣きそうだったから。
不意に、髪が撫でられる。
優子の手だった。身長の大きい優子の手は大きい。
「言っちゃえばいいじゃん。あんた、彼女でしょう?」
「違うの」
「は?」
「彼女なんだけど、なんか違うの」
「違うって何が?」
「上手く言えないんだけど、…東也くんと私とは、考えているものが違うの」
「そりゃ、当たり前でしょう?同じ人間じゃないんだから」
「でも、嫌なんだもん」
「…」
「私が好きだって思うくらい、東也くんにも好きだって思ってほしい。私がしたいって思うことを、東也くんも同じようにしたいって思ってほしい」
「…そっか」
「わがままだって、わかってるんだよ?無理だって知ってる。けれどね。そう思うの。…バカでしょ?」
里美は首を傾げて、優子を見た。
優子は優しく笑って、首を横に振る。
「バカじゃないよ。みんなそう思ってる」
「…うん」
「でもね、言葉にしなきゃ、なにも伝わらないんだよ?だって、同じ人間じゃないんだから」
「うん」