5、激闘、朝のひととき
そして、数日後の朝。
一太は今朝、寝不足から寝坊して、5時半を過ぎて起きてしまった。
洗濯を干すのを後回しに、急いでパパのお弁当とママたちの昼食を作り、朝食の準備にかかる。
ジャッジャッジャッと、きんぴらゴボウを作り、フライパンで目玉焼き。
しかしフライパンが小さいので、4個までしか焼けない。
「ああ、どうしよう、もう一回焼かなきゃ」
焦りながら、リンゴを一個切る。
朝のリンゴはママの希望で、しかも皮むきはウサギのようにしなければならない。
可愛いのがママは好きなのだ。
「一太ちゃーん、ママの帯締めがないのよ、どこだったかしら?」
「ああ、はいはい」
のんびりママの声に、一太は走ってママの部屋に行くとお気に入りの帯締めを探して渡す。
「パパのネクタイね、今日はどれがいいと思う?」
「目えつぶって握った物でいいさ。パパは何でも似合うよ」
「あら、そうよねえ」
そんな物、考える暇はない。
「一太あ、ブス女が私の気に入りのタオルを取るのじゃ。このフリルが可愛いのに」
洗面所からは、エリの叫び声が響く。
「ほーっほっほ!こんな可愛いのは年増ブスには似合わないわよん」
「おのれー、後から来たくせに遠慮を知らぬ女じゃ!」
やっぱり喧嘩になった。遠慮はどっちも知らない奴らだ。
放っておこうかとも思ったが、家を壊されてもかなわない。
溜息混じりに今度は洗面所へ向かった。
「確かフリルの付いたタオルはもう一枚あるから、喧嘩しないでよ」
「ピンクがいいのじゃ、黄色は嫌じゃ」
「ああ、確か青かったけど、我慢してくれよ」
「むう、致し方ない。あっ、私が先に顔を洗うのじゃ」
バタバタと探し出したタオルを渡すと、エリ達は今度は洗面で順番を争っている。
付き合ってられないと台所に戻りフライパンのフタを開けると、目玉焼きの黄身はすでに固くなってしまった。
「あっつ、しまった、煮え過ぎちゃった。くそー、失敗作はエリにやろうか」
皿を持って居間に行くと、すでにママがテレビの前で正座している。
急いで皿を並べ、茶碗を用意して朝食の準備はゴールが近い。
「ママ、すぐに支度するからね」
「一太ちゃん、ママお茶をいれようかしら?
お茶を入れるときは、70度まで冷ますのよね。えーと温度計は…」
「いや、僕がやるよ」
急須をママの手から奪い取る。
ママに任せると、お茶は8時過ぎるかもしれない。
お茶を注ぎ、ご飯を注いでようやく朝食の準備も終わった。
「ああ、やっと終わった。ごはんできたよ」
終わったとたん、どやどやと家族と居候が席に着き、さっさと食事をはじめる。
「ああ、お腹空いたわん。あら、今日もご飯?サキューラはパンがいいのにん」
「私は卵焼きが好きじゃ」
「うるさいね、文句言うなら自分で作れよ」
フウッと、やっと一息入れてお茶を一口。
やがて遅れてきたドミノが、一太の膝にすりすりして横に座った。
「一太、洗濯物は干してきたけん。おいらも役に立つとばい。だから今夜もカレーにしてね」
「え?どうやって干したの?」
「しっぽで」
ガタンと、一太がお茶を飲む手を止めて飛び出した。
庭に干してある洗濯物は、グシャグシャのままで、しかも引きずったように泥汚れが付いてネコの毛にまみれている。
「ひいいいいい!!」
ババババッと取り入れ、もう一回洗濯機でゴンゴン回す。
「駄目だ、また今日も遅刻する」
ガックリと洗濯機にすがりつく一太に、楽しそうなエリとサキューラとママの声。
女があれだけいるのに、誰一人ためになる奴はいない。
しかも、どんどん居候が増えて一太は家事に追われる。
「くそう、絶対松蔵学園の寮に入るんだ」
硬く心に誓ったとき、玄関から声が聞こえた。
「いーちーたー、ガッコ行こうー」
「え?もうそんな時間?」
理子の明るい声に、ユラユラと廊下を玄関に向かう。
明るくさっぱりした顔の理子は、きっとゆっくりと朝を過ごすに違いない。
「おはよ!今日はテストだから早く行っておさらいしよ!」
ハッと思い出して、ぐらりと壁に倒れかかる。
「テ、テスト?だったっけ?」
「そう、実力テスト。これで進路を決めるって、先生言ったジャン」
一太が、バタンとひっくり返った。
「あっ、一太、大丈夫?」
大丈夫なもんか。
俺は…俺は…
「あらん、一太ったらどうしたの?サキューラの膝枕ですぐに気分が良くなるわよん」
「ふん、ブス魔女の膝などに、頭を乗せたら腐るわ!」
「もう、やめんね、2人とも」
どこへ行っても喧々囂々、並べば喧嘩する。
そんな2人に、理子が唖然としていた。
「な、何であんた達がここにいるわけ?」
「うふん、実はねん」
「実は…」
「「帰り方がわからないのじゃ」のよん」
エッヘンと、偉そうに胸を張る魔女2人。
「だからね、可哀想じゃない?」
クネクネと駄々をこねるママ。
「はあ、そうなのですか」
理子が呆然と頷き、身体を起こしてガックリと肩を落とす一太の顔を覗き込む。
「大変なのねえ」
「俺の人生って…」
しおらしく頷く一太の目には、キラリと一つ、大粒の涙が光っていた。