2、迷惑な魔女
ネコから変わったその女は、長い白髪を後ろで結い上げ、沢山さしたかんざしのうち鈴の付いたかんざしが音を立てて揺れる。
金の瞳を嬉しそうにほくそ笑み、顔は西洋人のそれで彫りが深く美しい。
派手な装飾をジャラジャラと、胸元の大きく開いた真っ白のドレスを翻して、顔をいきなり一太に近づける。
そしてガッと一太の頬を挟むと、いきなりぶちゅうっとチュウをした。
「あーーーーっ!!」
と、奇声を上げたのは理子だ。
「一太のファーストキスがああ…」
やっぱりさっさとやっておくんだったと、理子が悔しそうにキーッと拳を握りしめる。
ぷはーっと、顔を上げた白髪の美女は、満足そうに一太をポンと突き放し立ち上がった。
「ホーホッホッホッホ、これでようやくこの地に合った言霊を手に入れたぞ。
ドミノ!ドミノはどこじゃ」
のっそりと、黒ネコが姿を現す。
そしてフンッと顔を背け、尻餅付いたまま呆然と気が抜けている一太の横で、ベロベロと毛繕いをはじめた。
「おいらは、このままでよかもんね。気に入っとるたい」
「うぬっ、この私の下僕がそのようなことでどうするか」
「下僕じゃなかっ、おいらはパートナーたい」
むむむっと睨み合いをする一人と一匹に、一太がようやく気を取り戻した。
「あんた、だれ?」
「ふっ、人間などに聞かせるのはもったいないが、いた仕方ない。
その汚れて錆びた耳で良く聞くがよい、私の名はエリミネートリアグランチェスカ・マヌーケ。
ほっほっほ!その腐りかけた頭では覚え切れぬであろう。お前達には特別に、ご主人様と呼ぶことを許そう」
「・・・・・はあ?マヌケ?」
一太が首をひねると、横からガバッと理子が噛みついてきた。
「ちょっと年増のおばさん!マヌケか何か知らないけど、勝手に人の家に上がって何よ、いきなりセクハラ?犯罪よ!これは犯罪!」
ん?セクハラは、覗きをしていた理子もじゃないか?
一太郎がはたと考える。
しかし、そこはすでに女の戦場、今度は白い女が逆ギレした。
「キイイー、誰が年増じゃ、国一番の白魔女に対して失礼であろう。おのれー、目に物見せてくれる」
魔女がスッと、一本かんざしを取る。
指で器用にくるりと回すと、そのかんざしはシュッと伸びて杖になった。
シャン、シャンッ
杖の先に付いた鈴を鳴らし、電灯にガンッとぶつけながら天井板をぶち破る。
「あーーー!!天井が!ここは社宅なのに!」
すると、どこからともなく地響きが響いて家が大きく揺れてきた。
ゴゴゴゴゴ…
キャアッと、これ幸いに理子が一太に抱きつく。
一太は状況が掴めず、というか、パラパラホコリが落ちてくる天井をどうやって直そうか、これは夢に違いないと呆然としていた。
「光に潜む、破壊の力よ。我が声を聞き、その力を示せ!われこそは白銀の魔女エリ…」
「フギャア!」
バリッバリッ
「ギャアッ、私の美しい鼻があっ」
黒ネコに引っかかれて、魔女がウルウルとうずくまる。
「フッ、くだらん事で魔力を使うんじゃなか」
黒ネコはキラーンと光る爪に、フッと息を吹きかけた。
「一太、一太ったら、追い出さなきゃ、早く!」
グラグラと理子が揺らす一太は、茫然自失のまま、現実逃避してまるで夢の中にでもいるようだ。
しかし、パッと部屋に夕日が射し込んだ時、ハッと我に返って時計にかじりついた。
「わああああっっ、こんな時間じゃないかっ、早くご飯炊かなきゃパパが帰ってくる!
あっ洗濯物も入れなきゃ、くそう、アイロンかけようと思ったのに、あっ、お風呂も沸かさなきゃ、ああもう!」
ダアアアッと、女たちには目もくれず一太が部屋を飛び出す。
あとに残った魔女とネコと理子は、唖然と取り残されて顔を見合わせた。
「帰んなきゃ。あんた等も帰んなよ」
何となく毒気を抜かれて理子が言う。
「どこに?わしらはここにいる」
しかしネコと魔女は揃ってその場に居座った。
「ここって、それって無理じゃない?あんた達どこから来たわけ?」
「我らは異世界から来た。この世に逃げ出した、黒魔女を追ってきたのだ」
ハア、何だか溜息が出る。
だからと言って、一太の家に転がり込むのはお門違いだ。
「ネコになってさ、野宿すればいいじゃん」
「嫌じゃ、ここがいい。ここが気に入ったのじゃ」
むうう、今度は理子がムッとする。こんな綺麗な年増女、これ以上ここに置いたらキス以上になりかねない。冗談じゃない。
「帰るの、帰れっこら!」
掴みかかる理子に、にゅっと魔女は白ネコに変わり、二匹のネコはダーッと家の奥へ走り去ってゆく。
「ああああ!この卑怯者っ、どうせ一太のパパから追い出されるんだから!」
結局、理子は仕方なく諦めて帰ることにした。
階段を下りて台所を覗くと、一太がダダダッと凄まじい包丁さばきで料理中。
隣の居間ではママが湯呑みを持って、テレビの前にきちんと正座している。
何となく、変な家ねえ。
「お邪魔しましたあ」
理子はまじまじと家を見回し、やがてジャアジャアと肉を炒めるいい香りにお腹がきゅうっと鳴った。