1、ネコは不幸の始まり
トットットット、トットットット
真っ白と真っ黒のネコが、並んで道を歩いている。
余程の距離を歩いたのか、どちらも汚れてやや疲れた様子。
ネコらしくない溜息をついて黒いネコが立ち止まり、空を仰いでストンと座った。
「腹減ったばい」
ウルウルと目を潤ませて、なにげに言葉を九州弁でつぶやく。
白いネコが胡散臭い目で振り返り、やっぱり九州弁で言い返した。
「なんばしよっと、早う行くよ」
「どこに?どこに行くつもりね?」
「うるさかねえ、下僕の分際で。ああ、どうでもよかばってん、この言葉はどうにかせんと、自分で何言いよるか時々わからん」
「言霊を手に入れるとに、顔で選ぶからさ」
「うぬー」
キョロキョロ見回す白ネコが、通りかかる男の顔をじっと見る。
中年のおじさんは、ネコを見ても関心がないようでお互い顔を背けあった。
「チッ、よか男はおらんねえ…」
溜息をついて顔を上げると、道の先から中学生が2人歩いてくる。
学生服姿の分厚いグルグル眼鏡にボサボサ頭の少年は、なにやら歩きながら読書にいそしんでいるが、それは参考書ではなく何故か料理本。隣のセーラー服少女は一人でキャアキャア騒ぎ立て、懸命に話しかけるが無視されている。
とまあ、変な取り合わせだ。
ネコ2匹はピョンとゴミ箱の上に昇り、何となく小うるさいガキが通り過ぎるのを待った。
「ねえねえ一太ったら聞いてる?それでさあ」
クラスメートの理子が、しつこくくっついてくる。前を行く一太は、本にかじりつくように足を速めた。
「聞いてないから、静かにしてよ」
「もう!ちゃんと聞いてよ。ねえ今日、一太ンちに行っていい?
一太のママったら、日本人形みたいで綺麗よねえ。
ホワンとしてさ、まるでお姫様みたいじゃない?」
みたいじゃなくて、旧家のお姫様だ。
無口な父親とは、どういう訳か駆け落ちしたらしい。
それから生まれる息子の苦労も知らず。
「フンッ!」と不機嫌な顔で料理雑誌のページを目印に折り、パタンと閉じた。
「ねえ!」っと、理子が前に出る。
ビュウウウウ……
いきなりそこに突風が吹いて、ブワッと理子のスカートが舞い上がる。
白いパンツが眩しい。
「やあだあ、一太にパンツ見られちゃったわ」
クネクネいやんと理子がウインク。
しかし一太は眼鏡を取り、目をゴシゴシ擦った。
「ああ、ゴミ入って何も見えなかった」
「もうっ」
怒って先を行く理子だが、白いパンツは母親のパンツを洗濯するので見慣れている。まあ、それより理子のお尻は可愛くはあるが。
…俺って、冷めてるなあ。
フッと一息吐いて、一太が顔を上げる。
切れ長の目に、スッと通った鼻梁と細く整った眉。
そのグルグル眼鏡を取った顔は、母親譲りの超美少年。
「こればいっ!!」
「は?」「何か言った?」
いきなり近くから、女の声が聞こえて2人が見回す。
しかし横には、何やら興奮した白いネコと寝そべる黒ネコ。
しかも歩き始めた2人に、ずっと2匹は付いてくる。
「一太、このネコ飼ってるの?」
「まさか、俺は親だけで精一杯だよ」
振り返ると、ニャンと可愛い声でご機嫌取り。
「冗談じゃない。逃げろ!」
2人はいきなり走り出して、一太の家に飛び込んだ。
バタバタと、玄関先になだれ込む。すると奥からやんわりと一太のママが出てきた。
「あら、一太ちゃんのガールフレンド?
まあまあ、いらっしゃいませ、お初にお目にかかります。一太郎のママでございます」
長い黒髪を綺麗に切りそろえ、着物姿に白い肌の日本人形のようなママが、スッと座って三つ指をつき、理子にお辞儀する。
「あ、はあ、どうも、お初でございます。理科の理と子供と書いて理子でございます」
「んま、変わったお名前ですこと、ほほほ」
のんびりママは、時間の流れがどうもゆったりしている。
一太は鞄を置いて靴を脱ぐと、ドスドスと二階へ上がりはじめた。
「ママ、買い物済んだの?」
「あら、ママ、ちゃーんと行ってきたわよ。でもね、また冷凍食品が溶けちゃった」
「あー、だから冷凍は買わなくていいって言ったのに…もういいよ」
ガックリしながら自分の部屋に上がる一太を、理子がそうっと追いかける。
二階はどうやら二部屋、古い普通の家だ。
以前聞いたけど、ここはパパの会社の社宅らしい。
ふすまをスルリと開けると、一太がぬぎぬぎして着替えている。ジイッと隙間から覗いていると、なかなかスリムで足も長い。
「フッ、一太は私がいただきよ」
グッと理子が親指を立てて、何やら気配に下を見る。するといつの間に入ってきたのか、さっきの白猫も一緒に覗き込んでいた。
「あんた!一体どこから来たの?」
白猫は、何故か肩を揺らしている。
「うふふふふ、私の目に狂いはなかばい」
え?うふふって、このネコが喋った?
呆然と見つめる理子の前を、トットットッと白ネコが部屋に入って行く。
「わあっ!お前付いてきたのかよ。あっ、理子、何で勝手に上がって…わあっ!」
ワアッと一太が驚くのも無理はない。
何と白いネコはスッと二本足で立ち上がり、ムクムクと大きくなって行く。
「ば、ば、ば、化けネコッ」
「ホホホホホ、つかまえたばい」
ネコは人の大きさまでなると、いきなりニュウッと美しい女の姿に変わった。