Final Round
用を足して最終レースの船券を買ってから戻ると、そこに金貸しの姿は無かった。
「なんだよ、最終こそ堅く買って利子だけでも返す気だったのによ」
さっき想像した光景を思い出して恥ずかしくなっていると、足元に置かれた鞄に気づいた。
「なんだ?不用心だな」
どうせ客なんざいねぇとたかをくくって便所にでも行ったのだろう。
しかし最終レースの返し船が終わり、各艇が定位置についても金貸しは戻ってこなかった。
「……爆弾じゃねぇよな?」
いい加減に金を返しきらない客をテロリストに仕立てて始末。アカの依頼もこなせて一石二鳥……と想像すると俄かに恐ろしくなった。
鞄の中に手紙を戻したタイミングでドカドカと複数の足音に囲まれた。
ほぼ同時、宙域に瞬くフラッシュと同時に小型宇宙艇が飛び出す。綺麗なスタートだった。
「おい、あいつが来ただろ」
全ての挨拶を不要とする職業の男がわたしに訊いたが、わたしはそちらに目を向けるのはまだ早いと判断した。
宙域では2番人気の1号艇があっという間に囲まれている。しかしまだ序盤だ。コーナーを周る度にレースは動く。
「おい、あいつはどこだ?」
ドスの効いた声がハッタリだとは分かっていても、やはり肝が冷える。しかし冷静を装って「誰の話をしてんだ?」と返すと、男はわたしの髪を掴んだ。
「てめぇ、金返したらからって調子乗ってんのか?」
ようやく目を向けると、脂汗の浮かんだ男の顔に焦りが刻まれている。どうやら状況はこちらに有利らしい。ならば下手に出ることもあるまい。
「知らねぇもんは知らねぇよ」
射竦めるような男から目を切って、暗い宙域に視線を戻す。
精一杯の抵抗だ。最悪のケースまで一気に想像して吐きそうになった。
視界の端に捉えた宙域では、コーナーを周り続けた小型艇1号が団子状態を抜け出して徐々に順位を上げていく途中だった。
男はわたしの髪を掴んだまま言う。
「おい、そこにある鞄はなんだ?」
「……あたしの代えの下着だよ」
買うかい?と笑ったら顔を張られた。
「調べろ」
男に命じられたチンピラ共が鞄を開ける。
「ボス、本当にこんなのしか……」
中にはボロボロになった下着が詰まっていた。チンピラがわたしを見ながら気持ち悪そうに下着をつまんでいる。
「……チッ。おい、あいつ見たら連絡しろ」
捨て台詞を吐いて男たちが去っていく。
その背中を見送ってから宙域に目を戻すと、カーブを曲がって最終のストレートに入るところだった。
しかし2番人気の1号艇は差しが阻まれ、大穴の6号艇と2号艇の逃げが決まりそうだった。
「んだよ、こんな時に限ってよ」
わたしは自分の投票券を丸めて投げた。
「ビギナーズラックか?」
レース宙域の少し向こうで見覚えがある小型宇宙艇が撃墜されるのが見えた。月に一度、ボロい旧型のそれはわたしを待ち構えていた。
「余計なことしやがって」
遠くで太陽が瞬いて、それから少しすると手紙に挟まっていた6-2の投票券が震えた。




