008-無力な神官
宝石の中で眠る少女...アイシャを見つめて、私はただ佇んでいた。
アイシャは、私の幼馴染だ。
十年前から、時間の止まった彼女。
私の後悔と無力の象徴。
「助けて! フェルお兄ちゃん!」
「アイシャ....!」
十年前。
私がまだ神官見習いだった頃。
治癒の聖儀を教えてもらい、鼻を伸ばしていたころ。
魔王軍の襲撃により、私のいた聖堂は崩壊した。
その崩落に巻き込まれたアイシャ。
助けられたが、心臓と腹、足をやられてしまっていた。
私は必死に治癒をかけたが、彼女の苦痛を取り除くことは出来なかった。
そこで、当時神殿に残っていた〈神聖石棺〉を使った。
貴重なそれを持ち出したことを法皇様はお怒りになった。
しかし、神聖石棺を使えるその技量を見込まれ、私はとある交易都市に、神官長として勤める事となった。
しかし、私は治療に不信を持っていた。
もしいつか、アイシャのような怪我人が現れた時、私はそれを治療出来るのだろうかと。
だからだろうか。
勇者様が召喚され、魔王軍が撤退を開始した時、私は安堵した。
もう魔王軍によって傷を負う人間は居なくなり、アイシャのように救われない人間は現れないと。
そんな時。
悪魔が現れた。
...自分を悪魔と名乗る男だ。
隠蔽の魔法を使って入ってきた自信満々の男に、私は不信を抱いた。
こんな男にアイシャを救えるはずがないと。
だが、渋々承諾した私の前で、その男はアイシャを救ってみせた。
長く神官として治癒に携わって来たから分かる。
とても高度な魔法だった。
見ても居ないというのに、どこが悪いかよく分かっていた。
心臓や骨ではなく、内臓そのものを治していた。
私は絶望し、そして内心で笑った。
何が神の従者だと。
何が神官長だと。
結局、自らを悪魔と名乗る邪悪そうな魔術師が、アイシャを治してしまった。
神秘性などかけらも無い。
認めたくはなかったが、認めるほかなかった。
こんな大恩を、無かったことには出来ない。
それは神官としてではなく、フェリシアス・ディファイとしての意見だ。
「なんだ、これは......」
街の外に出た私は、灰色に冷え切った大地を見た。
この街とその周辺だけが、私の記憶にある活気と輝きを保っていた。
冷え切った大地には陽光は流れ込まず、神の加護をもってしても変化しない。
......状況から考えるに、あの悪魔は我々の街をこれから救ってくれたのだろうか?
上を見上げれば、一隻の船がそこに浮いているのが見える。
空を飛ぶ船、知識には無いが、そういうものを開発しているという話は聞いたことがある。
神々のものである空を穢す者を許すなと、声高に叫ぶ信者たちの一団を見たことがある。
「........さらば」
暫くとどまっていたその船は、急にゆっくりと動き出す。
そして、はるか遠くへと消えて行った。
私達には何の説明も与えられなかった。
だが、都市は希望に満ち溢れていた。
しばらく顔を出さなかった歌姫が顔を出すようになったからだ。
ただ、交易都市であるため、あと半年ほどで干上がってしまう。
私は為政者ではないため、政はよく分からない。
この異常が元に戻るように、私はただ祈るほかない。
例えあの男が悪魔だったとしても。
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