6話 一夜の夢
「ん……」
俺は最高の夢を見ていた。
愛しくて仕方がないヴィヴィアンが、口づけしてくれる夢。
現実のはずないから、これは夢でしかありえない。
仮面で顔の上半分は隠れているけれど、間違いようのない、体の芯が痺れるようなヴィーの甘い香り。
匂いまでするとはリアルな夢だ。
小さい頃からヴィヴィアンは、天使のようだった。
サラサラと音が鳴りそうな髪に、ふっくらとしたピンク色の頬。大きな瞳は虹色にキラキラと輝いて、まるで宝石のよう。
5歳年下の妹を、俺は宝物のように大切にして可愛がっていた。
だけど10歳の誕生日、お父様とお母様に、俺が養子で、血がつながっていないのだと知らされた。
もう大きくなったからそろそろ知らせようと思ったと。
あなたのことを心から愛して家族だと思っているけれど、あなたの本当のお父さんとお母さんのことも知ってあげてと――。
崖から突き落とされたような気分だった。
俺の宝物だったヴィヴィアンが、本当の妹じゃないなんて、ショックだった。
妹だったら、お互いに誰と結婚したって、一生ずっと家族として繋がっていられるけれど、本当の家族じゃないんだったら、いつかヴィヴィアンを失ってしまうだろう。
そう考えて絶望した。
ショックを受けた俺は、小さなヴィヴィアンに酷い態度をとってしまった。……子どもだった。
どう接したらいいのか分からなくなったのもあるけれど、いつかどうせ失うのなら、早いうちから距離を置きたいとも思った。
『どうしてヴィーといっしょに遊んでくれないの?』
『おはなししましょ?』
『ねえ、ウィル。ヴィーのこと、きらいになった?』
小さなヴィーが、あれだけ必死に訴えかけてくれていたというのに。
自分が最悪な間違いを犯していたのだと分かった時には、もう手遅れだった。
『朝から暗い顔、しないでいただけます?』
『デリカシーがない人ね』
『お兄様なんて、大嫌い!!』
俺が嫌われてしまうのは当然だ。
だけどあれほど優しいヴィヴィアンにこんなことを言わせてしまうなんて。
ヴィヴィアンがキツイ物言いをするのは俺に対してだけだ。
お父様やお母様、使用人、友人――俺以外の人全てに対して、彼女は昔のまま、優しい笑顔のヴィヴィアンだ。
ヴィヴィアンのキツイ言葉を諫めようとする両親を止めた。俺が悪いのだからと。
両親の考えで、家にいる家族は絶対に一緒に食事をするようにと言われたことが救いだった。
いくら嫌われていようが、文句を言われようが、ヴィヴィアンの顔を見られるだけで幸せだった。
優しいヴィヴィアンに、あんな言葉を言わせてしまうような、俺なんかは離れたほうが彼女のためなのだろう。
18歳になったヴィヴィアンは、誰よりも優しく美しい、素敵な女性に成長した。
だからきっともうすぐ、誰かと結婚してしまうのだろう。
そうなったら俺は家を出ようと思っている。
この家はヴィヴィアンのものだから。
両親は俺に継がせると言ってくれているけれど、ヴィヴィアンに婿を取って継いで欲しいと、既に自分の意志は伝えてある。
将来万が一にも争いが起きないよう、俺は生涯子供を持たないつもりだ。
――ゴメンな、ヴィヴィアン。もう少しで君は、自由になれる。
だけど、あと少しだけ――。
あとほんの少しだけ、君の傍にいさせてくれ。
夢の中のヴィヴィアンを抱き寄せ、自分から深く唇を合わせた。
「んん!? ウィル……!?」
「……!? ヴィー」
小さな頃、ヴィーが呼んでくれていた愛称に。身体が熱くなる。
「ああ……ウィル……嬉しい」
その日俺は、もう死んでもいいと思うほど、幸せな一夜の夢を見た――。




