8話 王子様
今日も魔術師塔の中庭で、お兄様と両手を繋いで練習する。
「あの……お兄様……」
「うん?」
ちょっと近すぎるんじゃ……と思って見上げると、間近で微笑まれて、何も言えずに撃沈する。
恥ずかしくて少しだけ後ずさるけど、手をつないでいるので結局お兄様も移動してしまい、二人の距離は変わらない。
トンッ
――しまった!
少し後ずさっては距離を詰められるのを繰り返して、気が付けば背中が建物の壁に着いてしまった。
逃げ場がない。
「あ……の……」
「どうした、ヴィー」
集中しなくちゃいけないのに、お兄様の瞳に見つめられるとドキドキして、夢に浮かされるみたいにボーっとしてしまう。
まるで愛しいものを見るようなお兄様のその表情を見ていると、一度だけ抱かれたあの日のことを思い出してしまう。
繋いだ手から、お兄様の体温と、鼓動とが伝わってくる。
もう逃げられない。ううん、逃げたくない。
「ヴィー、俺は……」
お兄様のお顔が、先ほどよりも近づいてきている気がする。
顔が……そして唇が。私の唇に……。
「俺の誘いを断っておきながら、一体なにをしているんだウィルフレッド!!」
張り付けられた虫みたいに身動き一つできなかった私は、突然の声に急に我に返った。
慌てて手を放して、お兄様の腕の囲いから逃げ出す。
――今私、なにを考えていたのかしら。
痛いくらいに、心臓が高鳴っている。
「……ラファル王子こそ。こんなところで一体なにをされているのですか」
「俺の側近の誘いを断るどころか、俺の権力だけ使って転職しておいて、お前がなにをしているのか見に来たんだ。まさか職務時間中に女といちゃつくために転職したのか!?」
お兄様の不機嫌そうな声に、突然声を掛けた持ち主も負けじと言い返す。
ラファル王子? ……って、ラファル第二王子!? 乙女ゲームの本命攻略者じゃない!
その男性の顔を見ると、たしかに前世遊んだゲームのパッケージど真ん中に描かれていた人物がそこにいた。
黒髪でちょっと生意気そうな王道俺様王子様。ネコ科(ただし大型)っぽいアーモンド型の大きな瞳。
ウォリアーズ家を出る前、社交界で何度かご挨拶だけさせていただいたこともあるので、間違いない。
そうそう、最初のうちはこんな風に、いつも怒った顔をして冷たいのよね。徐々に仲良くなるにつれて、優しい一面が表れてきて、大型猫が懐くみたいになって……って、本当にその王子様!?
「お前に頼まれたから、俺は結構頑張って転職させてやったんだぞ! それなのに昼間っから堂々とサボっているとは何事だ!」
ラファル王子は、お兄様に対してどうやらご立腹のようだった。
まるでしっぽを膨らませて怒る猫のようだ。
――再会してから3日目で転職してくるなんて、変だと思ったら。第二王子の権力で頼んで移動してきたのね。でも一体なぜ転職する必要があったのかしら?
お兄様がそこまでして、行方不明だった妹と同じ職場にやってきた意味が分からない。
また逃げないように、監視とか?
「ラファル王子。私はサボっていたのではありません。先ほどの行為は、ヴィヴィアンの魔法の練習です。両手を繋いで、相手に結界を張ったり、身体強化をするための練習相手をしていたのです」
「ふんっ、とてもそうは見えなかったがな!」
ラファル王子の言うことは正しい。
先ほどはお兄様が近すぎて、緊張して、ろくに魔法の練習をしていなかった。
――こんなにも王子様を怒らせてしまって、どうしたらいいのかしら。下手をすれば社交界にいられなくなるのではないかしら。
ハラハラする私をよそに、お兄様は全く焦る様子がない。余裕の表情だ。
一体どうするつもりかと見ていたら、なんとお兄様が急にラファル王子に向かって跪いたではないか。
「ラファル王子。無理なお願いを叶えていただき、ありがとうございます。貴方にはいつも本当に感謝しております」
まるで騎士の誓いのように、その手をとってラファル王子を見上げる……。
――くぅっ、格好いい……。
「くぅっ、格好いい……」
え、私声に出した!? いいえ、今の声は私の声じゃない……。
一体誰が?
いや、今この場にいるのは私とお兄様と、そして先ほどいらしたラファル王子だけ。
「そ、それはズルいぞウィルフレッド」
「なにがでしょう。事情があって、長年離れて暮らしていた妹の傍にいてやりたかったのです。ラファル王子、貴方がいて良かった」
お兄様に手を取られて、真っ赤になって狼狽えているラファル王子。
え、え、これって、そういうこと? ラファル王子って、お兄様のことがお好きなのかしら。
ゲームでは『ヒロイン』と結ばれることもあったラファル王子だけど、実は男性がお好きなのだろうか。
――でもそういえば、ゲームではお兄様はこのラファル王子の側近だった。
「おい、お前!」
「は、はい!」
とても自分から声が掛けられる相手ではないので、目立たないように顔を伏せていた私は、突然王子に声を掛けられて動揺する。
「確かウィルフレッドの義妹の、ヴィヴィアン・ウォリアーズだったな」
「左様でございます。ラファル王子におかれましては……」
「まだるっこしい挨拶はいい! ちょっとこい」
真っ赤な顔をした王子様に、いきなり腕をつかまれて連れていかれてしまった。




