3話 転職
ヴィヴィアンと5年ぶりに再会した次の日、職場である宰相補佐室に着くなり、旧知の友である眼鏡男を見つけて、そちらのほうへと歩いていく。
「おっ、おはよーウィルフレッド。……ってなになになに。近いって」
自分の席に荷物すら降ろさず、真っすぐにパーシバルのもとへ向かったせいで、パーシバルが慌てている。
「昨日ヴィヴィアンに会った」
「……詳しく話を聞こうか」
さすが頭脳明晰と名高い、宰相の自慢の息子。
挨拶もせずに切り出した俺の言っていることが本当だと即座に理解し、表情を引き締めたのだった。
「そんな訳で、ヴィヴィアンとエヴァンジェリンが可愛すぎた……」
「……本当に君、見た目と本音が釣り合っていないよねー」
義理の妹への恋心というセンシティブな話題など、その辺の奴にはそうそう話せない。
その反動か、昔からの相談相手であるパーシバルには、今更取り繕う気もしない。
逆にパーシバルのほうの失敗談やら失恋やらの話も嫌というほど聞いているので、お互い様というやつだ。
「でもあの小さかったヴィヴィアンにもう子どもがいたなんてね。驚いたよ。まさか君の子……」
「違う」
「どうして違うと断言できるのさ。確か君、5年前にヴィヴィアンと旅先で一夜を共にしたとはしゃいでいたよな。年齢的にも合っている」
「……くっ」
エヴァンジェリンが俺の子だったらどんなにいいだろう。
絶対に母娘そろって世界一幸せにしてやる。何をしてでもな。
しかし残念なことに……。
「……ってないから」
「え、なに? よく聞こえなかった。もう一度言って?」
「あの時はただ一晩、隣で一緒に寝ただけだ!」
「…………っぶふぉ」
一瞬呆けたように目を見開いたパーシバルが、次の瞬間には笑い転げる。
「笑うな!」
「フヒャヒャヒャヒャ! いやだって君、あの時あれほど自慢げにしていたのに! 隣で一緒に寝ただけって!」
「黙れ!」
「ム~リ~」
職場の来客用のソファーで腹を抱えて転がりながら、目に涙をためて笑い転げるパーシバル。
おい、そこまで笑わなくていいだろう。
「……いやー、そんなに好きな子と一晩中隣に寝てて、よくなにもなかったね」
しばらくしてやっと笑いが収まってきたパーシバルが、涙を拭きながら言う。
まだ少しゼーハー言っているが。
「なにも……ってわけでは……」
「じゃあ、やっぱり君の子って可能性も?」
「いや、ないな」
「そっかー」
「……」
「……」
子供がいたことには俺も驚いたが、それよりもなによりもヴィヴィアンに5年ぶりに会えた喜びのほうが大きかった。
それにヴィヴィアンの子だというエヴァンジェリンは、綿のようにフワフワな金髪も、大きな虹色の瞳も小さな頃のヴィヴィアンそっくりときた。可愛くないはずがない。
「幸せそうにしていたの?」
「ああ、それは間違いない。ヴィヴィアンがエヴァンジェリンのことを心から慈しんでいるのが伝わってきた」
「そっか。ヴィヴィアンちゃん、幸せそうなのか」
「……ああ」
パーシバルも小さな頃のヴィヴィアンを知っているからか、安心したように呟いた。
全く。エヴァンジェリンの父親は、一体どこの誰なんだ。いないって、どういうことなんだ。
隠れて産んで、社交界の誰もその存在を知らないだなんて、なにかよほど重大な事情があるんだろう。
……どんな事情があるんだか知らないが、あんなに可愛らしい母娘の傍にいないだなんて、信じられない男がいたものだ。
死別か? それだけならヴィヴィアンが、子どもが生まれたことを隠す必要はないだろう。
身分違い? 死ぬ気でなんとかしろよ。
逃げた? あんなに可愛らしい母娘から逃げる男などこの世にいないだろ。
まさか子供が生まれたことを知らない? だとしたらその男は世界一の間抜けだな!
あんなに世界一可愛い母娘、世の中の男たちが放っておくわけがない。
怪しい奴が近づいてきたらどうするんだ。
一緒にいた男には見覚えがあった。天才魔術師と名高いセレファスだ。
仕事中ということは、あの男の下で働いているのだろうか。
「パーシバル。お前とは昔からの腐れ縁で、職場まで同じだったが、俺はこれから転職しようと思う」
「そうなの? 第二王子の側近になる話、受けることにしたんだ? 出世じゃないか、おめでとう」
「いや、その話は既に正式に断っている」
「へ? じゃあどこに転職するんだい?」
「魔術師塔だ」




