2話 言えない
「……どうしてですか」
「伝えるべきだと思うからだ。自分の子どもが産まれているのにそのことを知らず、いつのまにか育っているなんておかしいだろう。エヴァンジェリンも可哀そうだ」
その通りすぎて、なにも言い返せない。
「君はゲームのシナリオを恐れすぎているんじゃないか? 既に君から聞いたシナリオと今の世界の進む道は、大きく違ってきているじゃないか。それに奴がエヴァンジェリンを見た時、子どもが嫌いというわけでもなさそうだったんだろう? 自分に子どもがいたからといって、孤独から他の女性を襲うとは考え辛い」
……何から何まで、セレファス様のおっしゃる通りだと思う。
反論できるところなんて一つもない。
「だけどどうしても怖いんです。こっちの世界では、やり直しなんてできない。一度でも間違えて、お兄様が罪を犯してしまったら……」
ゲームですら、『ウィルフレッド』が死ぬのがあれほど苦しくて、悲しかった。
何度も泣きながらやり直した。考えつく限りの手を試した。
でも結局は最後まで救えなかった。
「どうしても、ほんの少しでも心配があるなら……私には言えないんです」
こんなことを言って、セレファス様に呆れられてしまうだろう。
こちらのお兄様は、ゲームの中のお兄様のように孤独じゃないことも知っている。
パーシバル様というご友人もいらっしゃるし、家を出て一人で暮らしているけれど、お父様やお母様とも交流を続けていることも聞いていた。
頭では私も大丈夫なはずだと思う。
これはもう私の心の問題で、思い切れないのだ。
「……はぁ。そのゲームのシナリオというのは、今年の話なんだな」
「はい、そうです」
「じゃあ今年を乗り越えれば、もうエヴァのことを話しても大丈夫なんじゃないか」
「あ!」
セレファス様の言葉で、急に希望の光が見えた気がした。
「……それなら大丈夫な気がします」
私の心の問題も、ゲームのシナリオの時期が過ぎたら、乗り越えられる気がした。
「来年になったら、きちんと伝えろよ」
「はい! そうします。ありがとうございます、セレファス様。あ、あとそれと……」
「ん? まだなにかあるのか?」
「お兄様と再会したとき、お兄様にエヴァンジェリンのことを、一緒にいたセレファス様との子どもかどうか聞かれたのですが、私とっさに否定しなかったんです。……申し訳ございません!」
とっさのことだったとはいえ、これはセレファス様の名誉にかかわることだ。
万が一子持ちだという噂が流れでもしたら、良い縁談も遠ざかってしまうかもしれない。後から否定しなかったことを後悔して、本当に申し訳ないと頭を下げて謝る。
「セレファス様が父親ではないことだけは、しっかりと説明するつもりです。お兄様は確信がないことを他人に話すような人ではありませんから、まだ誰にも話していないとは思いますが、できるだけ急いで……」
「いや。否定する必要はない。……そうだな。うん、そのほうがいい」
意外なことに、セレファス様は怒るどころか、なにかいいことを思いついたとでもいうように、うんうんと満足げに頷いている。
「このまま明言は避けつつ、僕の子かもしれないと思い込ませておくことにしよう」
そんな驚くような提案をされる。
「な、なぜですか!? それではセレファス様の評判に傷を付けてしまいます!」
「万が一他の男との子どもだと評判が立つほうが困る。君を手に入れるために、そういった噂を積極的に流される恐れもあるんだ。君は自分の価値を分かっていなさすぎる。僕の評判なら気にしなくていい。今は縁談など持ってこられても、断るのが面倒くさいだけだから」
「でも……どうしてセレファス様は、そんなに私たちに親切にしていただけるんですか」
本当にありがたいのだけれど、申し訳なくなってしまうくらいだ。
そう思って顔を上げてセレファス様の顔を見たら、また深い緑の瞳に見つめられ、吸い込まれそうになってしまう。
「逆の立場で考えてみてくれ。魔術師塔に就職してみれば、結界石に力を込められる魔術師が不足している。国の結界が壊れる寸前のボロボロの状態だった。必死になって寝る間もなく国中に散らばる何万個という結界石を一人で修復して回っているときに、文句も言わずに一日50個もの最高品質の結界石を安定的に作ってくれる人物が現れた。この人物を大事にしない奴がいるか!?」
「い、いませんね」
「そうだろう。目立たずに隠れて働きたいという君の希望で、僕の助手ということにしているから、君の貢献の割に給料も低いしな」
「十分いただいておりますが」
「国の結界を支えているにしては安すぎる! というわけで、気にするな。あまり君の能力は大っぴらにはできないが、知っている僕には思う存分要望を言っていい」
「……ありがとうございます。セレファス様」
もう5年の付き合いなので、私が気にしすぎないように、セレファス様があえてこういった言い方をしていることが分かる。
感謝の気持ちを込めて、深く頭を下げた。




