1話 問題の先送り
「それで、なんで君はお兄さんから、まだ逃げ回っているわけ?」
「ううぅー。これには深い事情があるんです」
お花畑でお兄様と再会を果たした翌日。
なにか劇的な変化があるわけでなく、私は今日も普通に魔術師塔で、お仕事をしていた。
というよりも、問題を先送りにして逃げ帰ってしまったのだ。
5年ぶりに会ったお兄様に「会いたかった」と言っていただいた時は、夢かと思うほど嬉しかった。
その言葉に甘えて、なにも考えずにお兄様の胸の中に飛び込みたかった。
だけどすぐに現実を思い出してしまったのだ。
――エヴァンジェリンがお兄様の子だということを知られたら、お兄様が死ぬ運命に向かうかもしれないという現実を。
*****
「おかあさまー! たいへん。セレがくるしそうなの!」
エヴァンジェリンが大きな声で私を呼ぶ声が聞こえた。
お兄様の瞳に囚われたかのように、身動き一つできなかった私は、その声で急に我に返ったのだ。
「お母さまだと?」
我に返ると同時に、エヴァの存在をお兄様に隠しておけないことを悟った。
なによりも可愛いエヴァを、後ろ暗いことのように隠すなんてこともしたくなかったので、覚悟を決める。
「ええ、あの子は私の娘なの」
私がそう言うと、お兄様はものすごく驚いたように、しばらくの間固まっていた。
「おかあさま!」
走り寄ってきたエヴァンジェリンが、私のスカートに抱き着いてくるのを受け止める。
「エヴァ。ご挨拶しましょうか。この方はお母様のお兄様なの」
「おかあさまのおにいさま?」
「ええ。血はつながっていないのだけど、一緒に育ったのよ」
「そうなのね。はじめましてこんにちは。わたしはエヴァンジェリンです」
エヴァがスカートをちょこんと摘まんで、可愛らしくご挨拶をした。
「よくできたわね」
頭を撫でると、えへへと照れたように笑ったエヴァンジェリンは、お返事を待ってお兄様を見上げた。
でもお兄様はまだ固まっていて、反応がない。
無理もない。5年間失踪していた妹が、いきなり子持ちになっていては、驚くだろう。
「可愛いでしょう? 自慢の娘なんです」
緊張して声が震えそうになったけど、なんとか堪えて言うことができた。
「あ……ああ」
私が声を掛けると、やっとお兄様が動き出した。
「ああ。とても可愛い……小さい頃のヴィーとそっくりだ」
お兄様はなにかを噛みしめるかのように、小さくそう呟いた。
久しぶりにお兄様にヴィーと呼ばれて、愛しさと苦しさが湧き上がってくる。
お兄様はエヴァに目線を合わせて膝をつくと、優しく微笑んだ。
「はじめまして、俺の名前はウィルフレッドだ。よろしくな」
「よろしくおねがいします」
どうしてそんなに、優しい瞳をするんだろう。お兄様は子どもがお嫌いなのではないのかしら。
もしかしたら、自分の子どもでなければ大丈夫なのかもしれない。
「ごめんなさい、お兄様。今お仕事中なの。これで失礼するわね」
「待てヴィヴィアン。連絡先を――」
「連絡……必ず私からしますから。今日は失礼しいたします」
これは嘘じゃない。
エヴァンジェリンの存在を知られたからには、しっかりと説明をするつもりだった。
ただし、なにか嘘の設定の説明をするつもりだけど。
お兄様の子どもではない、誰か他の、他言できないような相手との子だということにしないと。
でも今はとっさに上手い設定を思いつかないので、とにかくこの場を離れたかった。
「待って! その子の父親はもしかして……先ほどいた男?」
「わたし、おとうさまはいないの」
「なに!?」
「失礼します!」
お兄様の言う先ほどいた男というのは、セレファス様のことだろう。
私はとっさに否定をせずに、エヴァンジェリンの手を引いて、振り返らずに去ったのだった。
*****
「それで、君が家を出てまであの男から逃げ回っている理由というのは結局なんなんだ?」
「それは……前世の『ゲーム』に関係するんです」
仕事の始業時間はもうとっくに過ぎているけれど、『ゲームのシナリオ』関係についてはこの世界の存亡にもかかわるので、少しでも思いついたことはいつでも相談するように言われていた。
私はセレファス様に、お兄様とのこれまでのことを全てお話しした。
以前ゲームについてお話ししたときは、どんなキャラクターがいたかとか、各ルートのシナリオの話を一通りしただけだけれど、今度はこちらの世界に来てからのお兄様との関係を詳しく伝える。
ゲームでヒロインがお兄様と親しくなった先で起こる悲劇は、養い先である家との確執に原因があるのではないか。
私に子どもが生まれたことで、お兄様がウォリアーズ家と絶縁してしまうと思ったことを。
それによって孤独になったお兄様が、将来処刑される運命にあることまでを。
「……つまりエヴァはあの男との子なんだな?」
「はい」
静かに私の話を聞いてくれていたセレファス様が、それだけ確認した後、また考え込むように一瞬黙った。
「だったらそのことは伝えるべきだ」
そして私の目を見て、力強い声でそう言った。




