2話 ある日の朝食
「あらお兄様。朝食の時間に遅れるだなんて、珍しいですこと。昨夜はどちらで遊んでおられたのかしら」
その日の朝も、私はお兄様に喧嘩を売ってしまっていた。
もう私も18歳で、いつ結婚してもおかしくない年齢。
子供っぽい喧嘩なんて売るのは止めたくて仕方がないのに。13年間身体に染み付いた習性を変えるのは難しかった。
そのくせ一目だけでも顔を見たくて、朝食に遅れる兄を待ってダラダラと食後のお茶などを飲んでいた。
だというのにこの暴言。素直じゃない自分が恨めしい。
「昨夜は仕事が遅くなっただけだ、ヴィヴィアン」
そんなことは知っている。お兄様はまだ23歳と若いのに、すでに宰相の補佐役の一人として、立派に働いていらっしゃるのだ。
さすがゲームでは実力で王子の側近に選ばれていただけある。
必要最低限の言葉だけだけど、一応返事をしてくれるお兄様。
朝から嫌いな妹に絡まれて、鬱陶しいに違いないだろうに。表には出さずに相変わらず涼しい表情をされている。
ううぅ、大好きーーーー!
こんなに喧嘩ばかりしているのに、家にいる時はちゃんと一緒にお食事を摂っていただけるところも好きすぎる。
無表情でも隠しきれない優しさと品の良さ。推せる。
もう恋人になりたいとか、結婚したいだなんて、そんなことはとっくに諦めている。
ただこの人に幸せになってほしい。
そのためには喧嘩ばかりしている妹なんていないほうがいい。離れるべき。分かっている。
だけど一緒に食卓について、一応でも返事をしてくれるお兄様に、思い切れないでいる。
「失礼します、ウィルフレッド様。お友達のパーシバル様がお見えになっておられます。いかがなさいますか」
「こんな時間に? もう少し待たせておけ」
「酷いなあ、ウィルフレッド。君と僕との仲なのに。……おやおや、愛しの妹君と、お食事中でしたか。これは失礼」
案内される前に食堂までやってきてしまったパーシバル様は、お兄様の大親友と言っていいだろう。
この国の宰相の子息で、お兄様と同じく宰相補佐をされている秀才だ。
実はゲームの攻略対象の宰相令息というのはこの人だ。眼鏡をかけた真面目秀才タイプだけど、仲良くなると意外と冗談を言ったりするのがギャップ萌えのキャラ。
家格はうちと同じ伯爵家で釣り合っているけれど、冷たい印象のある兄と、人当たりがよく顔が広いパーシバル様が、これほど仲がよいのは不思議だった。
子供の頃からよくうちに来ては、まるで住んでいるみたいにその辺でくつろいでいたりするので、使用人たちも彼には大分甘くなっている。
「帰れ」
お兄様が、声に不快感を滲ませている。嫌いなはずの私のことを、『愛しの妹君』だなどとからかわれて怒ったのだろう。
自業自得なのに、少し気分が落ち込んでしまう。
「ゴメン、ゴメン。邪魔をするつもりじゃなかったんだけどさ。今夜の予定に君を誘おうと思って。だったら早いほうがいいだろう?」
「今夜の予定?」
「とある会場で行われるシークレットパーティーだよ。出場者は全員仮面をかぶって、素性を隠すことがルールのやつ。子供の頃から婚約者が決まっていることも珍しくない貴族たちが、唯一羽目を外して遊んでも目をつぶってもらえるというあの……」
「……それがどうしたんだ」
「そんないかがわしいパーティーに、僕の愛しい恋人が行くんじゃないかっていう疑いがあるんだ。心配でしょうがないから実際に行ってみようと思う」
「行くのかどうかは本人に聞いてみればいいだろう」
「正直に言う訳ないだろう⁉ だから秘密で行って、驚かせるんだ」
「勝手に行け」
「頼むよー、付いてきてくれよウィルフレッド。僕行ったことないから一人じゃ怖いんだ」
そのシークレットパーティーの話は、私も聞いたことがある。
年頃の男女が集まって、素性を隠してお話して、気が合えばいくつも用意されている『休憩室』へ移動するのだとか。
普通なら男女二人で同じ部屋にいることすら許されないような貴族が、『素性が分からないから(建前上貴族かどうかも分からない)』というだけで、遊べてしまうというそのパーティーは、一部の貴族にものすごい人気らしい。
「ちょっと待ってください! お兄様、そんなパーティーにいらっしゃるのですか⁉」
行ってしまえば周りの人には付き添いかどうかなんて分からないだろう。
たとえ顔を隠しても、これほど逞しく、品が良く、にじみ出る優しさは隠しようもない。
お兄様は確実にモテてしまう!
「行くつもりはない。……場所を移すぞ、パーシバル。ヴィヴィアンが怖がっている」
「はいはーい。相変わらずだね」
「あ!」
なんということだろう。お兄様が私のことを怖がって、パーシバル様と部屋を出ていってしまわれたではないか。
そんなにキツく問い詰めたつもりはなかったのに……。
お兄様はパーティーに乗り気じゃなかったけれど、私は嫌な予感がしていた。
なんだかんだ言って、お兄様はパーシバル様にとても甘い。
意外なことに、家族にも話さないような相談事をしたりもしているようで、頭が上がらないところがあるのだ。
多分、行くわね。お兄様。
私のこういう時の勘は当たるのだ。
――そうして私もシークレットパーティーに潜入することにした。
まだ一度も外へ着ていったことのないドレスを着て、仮面を付けて、素性を隠す。
念のために魔法で髪の毛の色を変え、声も変えた。
これで絶対に、私だとバレることはないだろう。
例えお兄様にだろうと。
招待状は、以前友人からふざけて渡された物があった。
丈夫で質のいい厚紙で出来た招待状は、日付が書かれておらず、何度でも使えると聞いていた。
受付の際は口から心臓が飛び出そうなほど緊張したけれど、問題なく会場の中へ入れてしまった。
会場の中は薄暗くて、普通のパーティーよりも静かだった。
誰もかれもがヒソヒソ声で、怪しい話をしているように見えてしまう。
でも、一目で分かってしまった。
私と同じように髪の毛の色を変えているけれど。肩幅とか、腰の位置とか、その背筋の角度とか。あごの形、耳の形、歩く時のクセ。何もかもが私をドキドキさせる。そんなのこの世に一人しかいない。
――お兄様だ。
会場の隅のほうで、目立たないようにグラスを持って佇む男性。私にはその人だけが輝いて見える。
どうやらパーシバル様とは別行動をされているみたいだ。
人を避けながら、お兄様がいるところへと少しずつ近づいて行った。




