5話 結婚しないか
なんとなく気になり始めたのは、ほんの1週間ほど前からだった。
魔術師塔から帰る途中、エヴァと一緒にお店屋さんに寄って夕飯の材料などを買って帰るのだけど、いつも同じ男性が近くにいることに気が付いたのだ。
とはいえお仕事帰りの人も多い時間だし、夕飯の買い出しをする人たちで街もまだ賑わっている。
同じ人と何度も会うのも不思議ではないと思う。
だけど帰りの時間が遅くなった日も見かけるし、買い物をしないでまっすぐ帰る日も、なぜか近くを歩いていたりする。
だからちょっとだけ、アレ、おかしいかなーと思い始めたところなんです。
と、セレファス様にお話ししたら、「呑気すぎる!」と怒られて、今日は家まで送っていただけることになってしまった。
「すみません、セレファス様。お仕事を切り上げていただいて」
「いや、今日の仕事は終わっていたよ。外出から直接帰っても良かったくらいだけど、まだ時間も早かったからエヴァの顔を見ていこうと魔術師塔に寄っただけだ。……それにしても、こちらもうかつだった。もしもヴィヴィアンになにかあったら、またこの国の結界は危機に陥る。考えてみたら王族級の護衛を付けてもいいくらいだ。呑気すぎたのはこっちだった」
そんなことを話しながら、いつもの帰り道を歩いていく。
国一番の魔法使い、セレファス様が移動式の結界を張ってくれているので、話している内容も外に漏れる心配はないらしい。
カブは家に沢山あるので、お肉屋さんで鶏肉を一緒に買って帰った。
最近あとをつけてくる(気がする)男性は、今日もいた。
だけどしばらくしたら消えていた。今日はセレファス様がいるからいなくなったのか、それともただの偶然かは分からない。
セレファス様も「あの距離でついてくるだけでは、捕まえることもできないな」と少し悔し気に呟いていた。
家まで送っていただいたので、せっかくだからと夕飯を食べていっていただくことにした。
料理はウォリアーズ家を出てから自分で作り始めたのであまり自信はないけれど、鶏肉とカブの煮込みシチューは我ながらちょっと美味しいと思うし、先ほど食べたがっていらっしゃったから。
「わーい! セレとおしょくじ! セレとー!」
セレファス様とお夕飯を食べられると聞いたエヴァンジェリンは、大興奮で喜んでいる。
「セレファス様。今日は本当にありがとうございました。お礼になるか分かりませんが、沢山食べていってくださいね」
「ありがとう。……本当だ、美味しい」
「そうでしょ! おかあさまのシチューはせかいいちだとおもうわ」
「あら、ありがとう」
セレファス様とエヴァンジェリンが、先を争うようにシチューをバクバクと食べていく。
今日は多めに作っておいて良かった。
皆でシチューを思う存分食べた後、大興奮ではしゃいでいたエヴァが寝てしまった。
「ヴィヴィアン。一つ思いついたことがあるんだが」
「なんでしょう、セレファス様」
エヴァをベッドに連れていき、食後のお茶を淹れたところで、セレファス様が真剣な表情でそう切り出した。
「結婚しないか」
「…………結婚」
「そう、結婚」
「誰と誰がですか」
「僕と君が」
「どうして急に?」
セレファス様は恋愛感情を抱いたことがなくて、結婚をするとしたら合理的に決めると夕方におっしゃっていたばかりだ。
どこをどうやって、私とセレファス様の結婚が合理的だとなったんだろうと。
「君の魔力はこの国にとって欠かすことのできない重要なものだ。今は結界石を作るか修復するしかできないけれど、これから勉強すればもっと色んな魔法もできていくだろう。その辺の奴に君を任せて利用されるわけにはいかないから、僕の目の届くところで教えていこうと思っている」
「ありがとうございます」
それはとても助かる。
魔術学園は何歳からでも入れるけれど、エヴァンジェリンをどこかへ預けて通うのは難しい。
その点今の職場はエヴァンジェリンを連れていけるし、お給料もビックリするぐらいもらえている。
しかも国一番のセレファス様監修のもとで魔法を教えていただけるなんて、ありがたいことこの上ない。
「そして君とエヴァンジェリンの二人暮らしは、考えてみたらとても危険だ。その辺の不審人物に狙われることもある上、君の存在に気が付かれたら、どこぞの貴族が抱え込もうとしてもおかしくない。光の魔術師は貴重だから、なんなら外国に狙われる可能性すらある。でも僕が一緒に住んだら、それらの心配は一切なくなる」
「……あの、大変ありがたいご提案ですが、それだとセレファス様側にはなにもメリットがないのでは?」
「そんなことはない。君と職場以外でゆっくりと話せるし、エヴァンジェリンとも沢山遊べる。こうして一緒に夕飯を食べることもできる」
セレファス様と結婚をして、一緒に暮らす生活。
今日の帰り道はとても心強くて、おかしな男性を見かけても、全然怖くなかった。
もしもセレファス様と結婚したら、これから夜中に物音がしても、不安になることもないだろう。
朝も一緒に食事をして、3人で職場へ向かって。帰って夕飯を作って一緒に食べる。
休日は一緒に釣りやピクニックに行ったり、家でゆっくりするだけの日もあるかもしれない。
エヴァンジェリンはとってもセレファス様のことが好きだから、大喜びするだろう。
――でもどうしても、違う。
その生活を一緒にしたいのはセレファス様じゃない。
私とエヴァと、もう一人で生活するなら。傍にいてほしいのは、私の中でただ一人だった。
その人と一緒に暮らす未来なんて、永遠にくるはずないけれど。
「……ごめんなさい。私……」
「……そうか、分かった。思い付きで提案するようなことではなかったな。すまない」
「いいえ、とてももったいなくて、ありがたいと思っています」
「うん。まあ警護のことは今後しっかり考えよう。できるだけ貴族の偉そうな奴らに、君の存在は隠したいんだけどな。とりあえず今日は僕の結界を張ってから帰るよ」
「ありがとうございます」




