2話 釣り
「ねえ、セレ。エヴァは『つり』がしてみたいの」
「つりだと? 魚を釣るやつか?」
「そうなの! おとなりのネッドがつりをして、とってもたのしかったって!」
「ネッドというのはお隣の家に住んでいる、男の子なんです。9歳のお兄さんなんですけど」
「エヴァもつりしたいーーーーーーー」
「今度できるところを調べてみるわね」
「おかあさま、このまえもそういった! エヴァはやくいきたい!」
「それは……」
釣りがしたいと言われても、王都でできそうなところは思い当たらない。
ウォリアーズ伯爵領でならできるだろうし、お父様とお母様にお願いしたら馬車と使用人を手配していただけるかもしれないけれど、それをするには仕事が何日かお休みの日にいかなくてはならないだろう。
「そんなにすぐにはいけないわ。いつか……」
「今度の休みに、僕が連れていってやろうか」
「セレほんと!?」
エヴァンジェリンの我儘に、セレファス様がなんでもないことのようにあっさり言った。
「ここからすぐにいけるところに小川がある。小魚くらいしか釣れないが、初めてだったら十分だろう」
「わーい!」
すっかり行く気になってしまったエヴァンジェリンに、慌ててしまう。
お忙しいセレファス様の貴重な休日を、子どもの遊びに付き合わせるわけにはいかない。
「セレファス様のお休みの日に申し訳ないわ。エヴァ、お母様が今度連れていってあげるから……」
「いいんだよ、ヴィヴィアン。僕がしたいんだ。僕は休みの日に、エヴァと釣りにいきたい」
「セレだいすき!」
「おう、ありがとう」
「……本当にいいんですか」
「ああ、もちろん。僕一人だったら、どうせ本を読むくらいしかすることないからね。太陽の下で釣りができるなんて、久しぶりだ」
「ありがとうございます」
そこまで言っていただいたので、今回はセレファス様に甘えさせていただくことにした。
セレファス様を見るととても上機嫌で楽しそうで、見ていると胸が温かくなるような優しい眼差しでエヴァを見てくれている。
だからエヴァと釣りをしたいという言葉が、嘘ではないうように感じた。
「どういたしまして。そうだな、朝の9時に迎えに行くのでいいかい」
「はい。あ、お昼ご飯は任せてください。セレファス様の分も作っていきます」
「それは楽しみだ」
休日の日の朝、セレファス様は約束通り9時に、小さな馬車で迎えにきてくれた。
驚いたことに、セレファス様ご自身が馬車の手綱を握っていた。
その馬車に乗ってのんびりと街中を進むこと小1時間ほど。
王都を囲む城壁の近くに、小さな川が流れていた。
街中にも流れている川だけど、普通は洗濯などの生活排水が流れ込んでくるので、汚れていて魚などいないはず。
だけどここは王都に流れてきてばかりの上流で、川が綺麗で小さな魚が跳ねるのが見えた。
子供の膝までくらいの深さしかない川で、エヴァンジェリンが溺れる心配もなさそうだと安心する。
「ほら、エヴァ。こうやって餌をつけるんだ」
「こう?」
「ああ、上手にできているよ」
セレファス様は釣り竿まで用意してくれていた。
エヴァンジェリンにも持てるような、小さな釣り竿。
「セレファス様、こんなに小さな釣り竿、見つけるのは大変だったのではありませんか」
「ああ、実は僕が作ったんだ」
「セレファス様がですか?」
「作ったと言っても、綺麗に磨いた枝に紐をつけて、その先に針を付けただけだ。これでも子供には十分なんだ」
「そうなんですか」
意外にも、セレファス様はこういったことに慣れていらっしゃるみたいだ。
「僕は魔力が強いことが分かるまで、普通の平民の子供として暮らしていたからね。この辺りは遊び場だったんだよ。よく友達と釣りにきていた。ほら、あんな感じで」
セレファス様の指差した先には、何人かの男の子たちが楽しそうに釣りをしていた。
この小川で釣りができるというのは、どうやら本当みたいだ。
「こっちおいでエヴァ。やってみよう」
「やるー!」
セレファス様に連れてきていただいて、エヴァはとても楽しそうだった。
産まれた時から毎日のように職場までついてきて、顔を合わせているのでとても懐いている。
ウォリアーズ家の使用人に釣りの仕方を教えてもらっても、ここまで喜ばなかったかもしれない。
エヴァが時折、お隣のネッドや街の子どもたちがお父さんと一緒に遊んでいるのを、羨ましそうにしているのには気が付いていた。
でもエヴァから直接「お父さんはどこ?」と聞かれたことはない。――賢くて優しい子なんだろう。
エヴァンジェリンが信頼できる大人の男性がいてくれてよかった。
楽しそうにしているセレファス様とエヴァンジェリンを見て、そう思った。




