10話 光の魔力と結界石のお話し
「エドガーさんに伝われば、きっと夜までになんとかしてくれるわよね。急に来れなくなる招待客も中にはいるだろうし。」
「だろうな」
「我ながらナイスアイデアだったと思うわ」
先ほどの私の対応は我ながら良かった。スマートだったと思う。
お兄様もそう思ったから、一度引き下がってくださったのだろう。
荷物を置いて、メイドさんたちが淹れてくれたお茶をいただきながら、パーティーまですこしゆっくりとすることにする。
エドガーさんに伝われば部屋のことは心配ないし、それどころかお兄様としばらく同じ部屋でお茶がいただけている。
どさくさに紛れてお兄様と結構会話もできてしまった。
――えへへ。ちょっと嬉しい。緊急事態も悪いことばかりじゃないわ。
いい気分になって、お部屋の中を見渡す。絨毯に合わせてソファーもピンクで可愛らしい。
他の家具は木目調がそのまま生かされていて、色と素材の配置が絶妙だった。
――あのドアが寝室かしら?
このお部屋にいられるのは今だけで、夜には別のお部屋に案内されるだろう。せっかくだから寝室の家具も見てみたいと、席を立ちあがって行ってみる。
カチャリ――バタンッ。
寝室のドアを開けて――閉めた。
そしてお兄様のいらっしゃる客室を振り返って見渡す。
――うん。出入口の他にドアは一つだけ。寝室はこの一つしかないみたいだ。
カ……チャ……
もう一度、今度はゆっくりと寝室のドアを開ける。見間違いであることを願いながら。
「…………」
でも残念ながら、見間違いではなかったみたいだ。
「ベッドが一つしか……ない」
――例え血がつながった兄妹だと思ったとしても、これはないんじゃないの? アロイス君。多分お父様とお母様に用意した部屋そのままなんでしょうけれど。
*****
誕生日パーティーはとても楽しかった。
夫人は相変わらず若々しくてお綺麗だし、一番豪華なドレスを着ているけれど上品で似合っていた。
きっともうすぐ始まる今年の社交シーズンでは、皆がこぞって真似をして同じようなドレスを着るのだろう。
そんな夫人のお友達たちも華やかで活気に溢れていて、みんなが夫人を心からお祝いしている様子が伝わってくる。
いつぞやのシークレットパーティーとは全然違う。
それにお兄様がエスコートしてくれて、何曲かダンスまで一緒に踊れた。
まるで夢みたいで、嬉しく舞い上がってしまって体がフワフワと浮かんでいるみたいだった。
今までみたいに嫌味を言わないように気を付けていたので会話は少なかったけれど。
兄様は紳士で、私が人にぶつからないようにさり気なく守ったりしてくれて、やっぱりとってもお優しい。
「あら、この結界石、少しほころびかけているわ」
「そんなことが分かるのか? ヴィヴィアン」
「ええ」
パーティー会場の隅に、目立たないように設置されている結界石を見つけた。
この国のあちこちに配置されているものだけど、見たところ不安定で、光の魔力が消えかけ、綻びができている。
昔々、人類は魔獣に怯えながら隠れて暮らしていたらしい。
しかしやがてそれに対抗して魔法を使える人間が現れるようになった。
とはいえそれは少数で、相変わらず魔獣から身を守るだけの日々は続いていたのだけど、光の魔力を持つものが力を込めた石で、魔獣除けの結界を張る方法が考えだされてから、安全な国が作られるようになっていったのだ。(ゲームの公式設定より)
国中の至る所に、計算されて配置されている結界石。貴族の広大な屋敷ともなると5個くらいは置かれている。そのうちの一つの結界石に綻びができていることに気が付いたのだ。
「うーん、直しちゃいましょ」
結界石に綻びを見つけたら、魔術師塔に報告するというのが一応のルールになっている。
一応というのは――そもそも綻びが「見える」者は光の魔力が高いので、大体が綻びをその場で直せてしまうものなのだ。
だからわざわざ屋敷の主人に報告して、魔術師塔に知らせてもらって、後日魔術師が派遣されてきて……などという手順を踏むのはものすごく非効率で、大体が見つけた者が勝手に直す。
私も見かけるたびにさっさと直してしまうことにしている。
結界石は国内に何万個もあるらしいので、いちいち連絡していられない。
――それだけの数の結界石を、全て数年に一度取り替えて回っているんだから、魔術師さんたちも大変よねぇ。
ゲームではこの結界石の綻びが原因となって、国内に一斉に侵入した魔獣たちと、ヒロインたちが最後に戦うのがクライマックスなのだけど。
――悪役側近のお兄様が今23歳。確かゲームでは28歳だったから、まだまだ先の話ね。
それにしても、魔獣たちが大量に侵入してくるなんて怖くて仕方がない。
ゲームでもヒロインが魔獣たちに100パーセント勝てるわけじゃなくて、育成が足りないと負けて国が亡びることもあるのだ。
そんな賭けみたいなものに頼るのは怖すぎるので、絶対に結界が破れないようにしたい。
魔獣が入り込んできた場所も知っているので、実は5年後はちょくちょく見回りに行こうと思っている。
綻んでいる結界石を見かけたらすぐに直せるよう、魔術学院には通わなくてもそれだけはできるように習得しているのだ。
「……ヴィヴィアンは光の魔力が高いんだな。魔術学院に入ろうとは思わなかったのか?」
「ええ。魔術学院に入学したら子どものころから寮暮らしをしなければならないし、卒業したら強制的に魔術師塔に勤務することになる。魔力があるからといって入学しなければいけないわけではないから、好きにしなさいってお父様とお母様が」
「そうなのか……全然知らなかった」
「……」
そっか。そんなこともご存じないのか。
お兄様と私の13年間の溝を見せつけられるみたいで、なんだか少し暗い気持ちになってしまう。
――魔術師になりたいわけじゃなかったのもあるけど、少しでもお兄様のお傍にいたくて、魔術学院に入学するのを止めたのよね。お兄様には全く興味がないことでしょうけど。
「できた。……もうすぐ魔術師塔が取り換えてくれる時期でしょうから、とりあえずの修復で十分ね」
誕生日会が終わった。
「君。部屋への行き方を忘れたので、『改めて』案内してくれるか。ウォリアーズ家の部屋だ」
お兄様がその辺りにいた使用人に尋ねた。
新しく用意しなおした部屋はどこだとは聞かない。もしも誰かに聞かれたとしても、セリニエール伯爵家に恥をかかせない言い方だ。
「はい、かしこまりましたウォリアーズ様」
パーティー会場はまだ残っている人たちもいて、使用人たちは皆忙しそうに動き回っている。
探したけれど執事のエドガーさんも、見習いのアロイス君も見つからなかった。
仕方なくその辺りにいた使用人にお兄様が声を掛けたけれど、さすがセリニエール家の使用人、全ての招待客の客室を把握しているみたいだ。
きっとしっかりと事情を共有してくれていて、新しい部屋に案内されるはず。
「こちらでございます」
「あっ、ちょっと!!」
案内された使用人は、忙しそうにすぐに去っていってしまった。
残された私とお兄様は、部屋の前で呆然と立ち尽くす。
――なんと案内されたのは先ほどと同じ、ピンクのお部屋だったから。




