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12-2

 近衛の隊長らしく、慣れた様子で馬を操る彼女のうしろ姿を見ながら馬車であとを追う。

 すっかり通い慣れた建物の前で停車したとき、辺境伯は大きく息をはいた。

「私はここで待つことにする。あとはお前に任せる」

 そう言って、中折れ帽を目深にかぶった。

 執務室では、これまで見たことがないほどに緊張していたことを見ても、帝国の貴族にとって、皇帝とは雲の上の存在なのだろう。

「では行って参ります」


 入り口で、顔なじみになった歩哨が、また来たのかと、あきれた表情を見せる。

 以前と同じく、牢舎の前の長椅子に腰かけた。

 書類にサインするユスティナを見ながら、この景色を見るのも、これが最後かと考えていると、手続きを終えた彼女は、レーヴを先に行かせることなく、無言で隣に座った。


 何か話すのかと待っていたが、壁を見たまま口を開く気配がない。

「ケガの具合はいかがですか」

 仕方なくレーヴから水を向けると、気のない答えを返した。

「おかげさまで、もう普通に生活できています。貴重な薬を惜しげもなく使っていただきありがとうございました」

 そうは言ったが、治療したときと同じく、恩義を感じているようにはまるで見えない。


 彼女がもし内通者だとして、裏切っていた相手から命を救われた今、どんな心境なのだろう。

 心を開かぬ人間には、共通の話題で興味を引けと、アマンダが授業で話していたっけ。

「ところで、ユスティナさんは剣術大会に出場されたことありますか?」

 それまでずっと正面を向いていた彼女だったが、その問いに、初めてレーヴを見た。

「それはもちろん。近衛兵としてのたしなみですから――。それが何か?」

 ジルドのことを伝えると、しばらく悩み、首を振った。


「申し訳ありませんが、対戦相手をすべては覚えていないのです――。私からも一つ、お聞きしてよろしいでしょうか。陛下と同じ質問になるのですが、どうやってシルバーオークを倒したのか、ぜひ教えていただきたいのです。運が良かった、は通用しませんよ。ただの偶然で、学生一人が、二個小隊相当の獣鬼を討てるはずがないのです。絶対に、です」

 武を極めた達人ゆえの確信があるのだろう。

 だが、真実を隠しているという意味では同じ立場のはずだ。

 疑いの目を向ける彼女を正面から見据えた。


「実はずっと気になっていたことがあって――。ルーシャはどうやって、獣鬼を戦場に運んでいるのでしょう。大人しくさせる薬か何かがあるんですか?」

「私の質問に答える気はないということですか。それに、いったいどうして、そんなことを私に聞くのです」

 いさめるような内容とは裏腹に、そう言った声は、怒ってはいなかった。

「特に理由はないです。何となくご存じな気がしただけで――。いかがですか?」

 きっとはぐらかすだろうと、さほどの期待もせずに待ってしばらく、予想に反して答えを返してきた。


「あくまで空想ですが――獣鬼を、冬眠したように大人しくさせるソーサラーがいるのではないでしょうか。まだ知られていない特殊なスタイルなのでしょう。もっとも、一度にせいぜい二体が限度のようです」

 やたら具体的な空想だ。ただ、それがもし本当なら、ルノアが持つ、エーテルの吸気制限に近い効果を、黒灰石に作用させている、ということかもしれない。


「そうそう、マスターオークは、一体でも上手く御せなかったらしく、途中で逃がしてしまったそうです。あの男爵の娘がその亡骸を見つけたみたいですが――。三メートルはあるという巨体を、誰がどうやって倒したのでしょうねえ」

 もう隠し事には疲れたという雰囲気で、レーヴをじっと見つめた。


「中隊長は――ルーシャの密偵か何かですか?」

「どうしてそう思うのです?」

 まるでそう聞かれることがわかっていたかのように、落ち着いた声で答えた。

 それから、テューダー男爵がおとしいれられたのではないか、という推測と、皇帝一行が襲われたときの警護の少なさについての考察を伝えた。


「それなりに説得力のある推理ですが、証拠がありません」

「あとは、あの日、シルバーオークに襲撃されたとき、あなただけ、背後から襲われていたことくらいですか」

 皇帝親娘を守るため、兵士たちは当然、獣鬼と正面から向き合ったはずだ。

 背中に傷ができるのは、敗走のときしかないが、近衛や親衛隊の精鋭が、そんな行動を取るはずがない。


 そのことを付け加えると、彼女は、それまでの少しだけ馬鹿にしたような態度から一転して、真顔になり、意味のわからないことを口にした。

「そうでした。私はもはや不用品に成り下がったのでした」

 警備の交代で、前を通る衛兵を見ながら、彼女は脚を組み替えた。

「これもまた、神様から与えられた決断の機会なのかもしれません。この命が永らえた意味があるのかどうか――。あなたに問うことにしましょう」

 どこかあきらめたように深い息をはいたあと、ユスティナは、自分が何者かを語った。

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