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11-1

 重力制御を使い、最大速度で駆けつけたにもかかわらず、そこは死体であふれていた。

 森の中、木立が開けたあたりで、動いていたのはたった一人。

 皇女が無事でいたことだけは救いだ。彼女はシルバーオークを前に、震える手で、剣を構えていた。

 即座に、腰の剣を重力制御で加速させ、獣鬼めがけて投げたつもりだったが、それは放物線を描いて、腕力に比例した距離に落下した。


 地面に降り立ち、慌てて拾い上げる。

 もう一度、今度は足下の小石を近くの木の幹に向かって投げると、それは想定通り、直線の軌道で進んだ。

 危機的な状況で頭が猛回転していたのだろう、その挙動の違いの要因が、敵の秘密道具と、レーヴ自身の特異な体質にあることを悟る。


 導かれた仮説はこうだ。

 確かにレーヴには二つのスタイルが宿っていて、それらを同時に発動したが、アンテマジックによって、片方のアビリティだけが影響を受けたのだ。

 今後、ルーシャと戦っていく上で、相手の切り札の作用が判明したことは、重要な発見だった。

 ひとまず、やるべきことは一つ。皇女の元へと、脚力で向かい、アビリティを使って、剣を獣鬼の首元めがけて突き立てる。


 実際に試した結果、フェリシアの前から敵は消失した。

「ご無事ですかっ?!」

「あなたは……レーヴ・エルミオニ?どうしてここにっ?」

「説明はあとで。敵はあと一体だけですかっ?」

「ええ。で、ですが、治癒の力が使えないのですっ。ティナが瀕死で……」

 彼女の指さすほうを見ると、近衛の隊長が、背中をばっさりと切り裂かれ、周囲に血だまりができていた。

 目を半分だけ開けた状態で、だが、まだ息はあるようだ。


「皇帝陛下はっ?」

 アンテマジックがどこかに置かれているはずだ。

 迫るもう一体の獣鬼と、彼女の間に移動しながら周囲を見回すと、馬車の残骸らしき木片が散らばったあたりに、血に染まったガウンを着た老人が無惨に息絶えていた。

「生き残ったのは、わたくしとティナだけなのです……。どうしてか、治癒が全然できなくて……」

 顔を覆って嗚咽をもらしたが、それに答える時間はなかった。


 シルバーオークが間近に迫り、太い腕を振り上げていたのだ。

 近衛の死体のそばにあった武器を、慌てて拾い上げる。

 アビリティを発動する間がなく、敵の一撃を剣技だけで交わそうとして、腕全部が折れたかと思うほどの衝撃を受けたかと思うと、武器は弾き飛ばされ、自身はフェリシアのそばの地面で背中を強打した。

「レーヴっ!」

 そんな彼女の絶叫が敵の注意を引きつけてしまう。

 オークは向きを変え、今度はフェリシア目がけて跳躍した。

「いやあぁっ」

 そばに剣がない!

 ほとんど反射で体を投げ出し、皇女の上に覆いかぶさる。左手を突き出し、でたらめに火炎を放った。

 背中に攻撃が当たることを想定して身構えたが、ギャっという声のあと、吐き気のするような匂いが広がっただけで、何も起きない。

 見ると、オークが両手で口元を押さえながら、後ずさりしていた。どうやら、火が敵の口の中を直撃したらしい。


「どう……なったの?オーク、は……?」

 皇女が涙声で振り返る。

「まだ戦闘中です。殿下、少し下がれますか?」

 離れるよう促すと、相手は怯えた表情で首を振った。

「では失礼します」

 それならばと、膝と背中を持って体を抱えてみたが、立っているのがやっとだ。歩く振りをしながら重力制御でユスティナのそばまで移動した。


 しがみついていた彼女を下ろすのと同時に、ユスティナの剣を取った。

 運が味方してくれたことで、冷静さを取り戻すことができたと思う。

 過去にないほど神経が研ぎ澄まされる。

 地面を蹴るのと同時に最大加速した。

 獣鬼の首元目がけて剣を伸ばすと、その刃先が空気を裂く。やがて皮膚に到達したとき、よく研がれた包丁で大根を切ったときのような感覚を手のひらに感じて、首が胴体と離れ、しばらくして獣鬼は蒸発した。


 フェリシアの元に戻ると、彼女は震えながら従者の片手を取り、祈るように「お願い、ティナ、目を開けて」と繰り返していた。

 ユスティナはうつ伏せになった状態で、かすかに背中が上下しているが、一刻も早く治癒が必要な状態だ。

 だが、今のレーヴが瀕死の人間と、立つことさえままならない皇女二人を担いで、アンテマジックの圏外まで移動するのは非現実的。

 であれば、アンテマジックを破壊する以外に方法はない。

 問題は、それがどこにあるのか、だ。


 一度アンテマジックの範囲外に出るのはどうだろう。

 重力制御で移動しながら、何かのアビリティを使い、それが使えなくなるところが境界線だ。それで、二方、いや、三方を確定させれば、中心点は割り出せる。

 もう一度ユスティナに目をやった。

 ダメだ。

 そんな時間はない。

 こんなことなら、治癒ができるか試しておくべきだったと、空を仰いだときだった。


 風に乗って、森の中で嗅ぐことのない何かの匂いがした。

 これは――酒か?

 思考がさらに展開し、それに関連する連想が一瞬で繋がる。

「少しだけ待っていて下さいっ」

 匂いの方向へと突進した。


 木々をかき分け、進んだ先に見えたのは、果たして、二体のゴブリンが、酒盛りをしているところだった。

 周囲に空の酒瓶が何本も転がり、木製の箱には同じくらいの未開封が残っている。

 たとえ兵士であっても、わざわざそんな場所に近づこうとはしないだろう。

 すなわち、それが目的で、つまりは、やつらは門番だ!

 仕掛けた人間は、アンテマジックの発動だけして、逃げたに違いない。


 剣を手に突き進む。獣鬼たちがレーヴに気づいたが、泥酔しているのか、立ち上がることすらできない。

 加速させた剣で、一刀両断にすると、黒い石二つが転がった。

 二体のすぐうしろにあったのは、小さな金属の箱だ。

 猿では開けられない程度の、鍵というには、簡易な仕掛けが施されている。

 薄い板を引くと、蓋がスライドする仕組みだ。中には木くずが敷き詰められていて、その中央にあった。

 見たこともないほどに透き通った赤燐光石が。


「アンテマジック本体は、さすがに使わなかったということか」

 それは、壊すことをためらうほどに美しい輝きを放っていたが、今は迷っている時間はない。

 地面に置き、近くの石を、それ目がけて振り下ろすと、パキっという音とともに、砕け散った。

 皇女の元に、飛んで戻る。

「殿下。もう一度治癒を試して下さいっ」

 一人置き去りにされ、あからさまに不安そうにしていた彼女は、自身で判断できないほどに、動揺しているのだろう、しばらく、言われたことが理解できないという表情をしていたが、やがてはっとしたように従者に向き直った。

「古より連綿と伝わる神の御言によりて、その霊験なる力を顕現せよっ。グランドヒールっ」

 早口にそう言ってユスティナの背中に手をかざすと、以前にルノアが見せたように、指先が発光し、周囲が明るく照らされた。


 術をかけた本人がその状態に驚いていたが、その態度とは裏腹に、あらわになっていた傷口が、みるみる元通りになっていく。

「ティナっ、傷はふさがりました。聞こえていますかっ」

「これを使って下さい。エリクサーです」

 言われるままになる彼女の手に瓶を握らせ、怪我人を仰向けにする。

 フェリシアは、ユスティナの下顎をそっと押し、口の中に液体を慎重に流し込んだ。

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