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ああ――。
これは走馬灯というやつか。わずか三十年ほどの短い人生だった。
浅はかにも、この計画の途中で、まさか自分が襲われるなどと想定していなかった。
オークの元は人間で、襲う相手を選別できる、などという虚言にあっさりと騙されるとは。よくよく考えるまでもなく、獣鬼に人の心などあるはずなかった。
ルーシャは、皇帝一家とともに、私を処分することを決めたのだ。間諜の最期など、裏切りで終わるのが相場というわけか。
まあいい。
アーティファクトが効果を発揮したことを確認できた。
帝国側のソーサラーは、なすすべなく、あっさりと撃破され、フェリシアが部下たちの治癒を試みたが、まるで無力だったのだ。
「ティナっ。しっかりして下さいっ」
高貴な血筋というのは、その血の一滴一滴に刻まれているのだろう。
涙を流しながら、この惨劇を仕組んだ側の人間を助けようとするなどと、お人好しにもほどがある。
「私は放っておいて下さい。どうかお父上を」
だが、フェリシアは唇を結ぶと、二度首を振った。
「お父様は、もう息がありません。治癒では回復できないのです。であれば、少しでも助かる可能性のある人間のために、アビリティを使いたい」
彼女は膝に私の頭を乗せ、必死に詠唱を繰り返しているが、激痛のあった背中の感覚が、今はもうすっかり無くなっている。
ただ寒いだけだ。
離れた場所で男の悲鳴がした。剣を持った最後の兵士が今、血しぶきを上げながら背中から倒れた。
残るは、戦うすべを持たない、か弱い少女が一人だ。
獣鬼は二体で、どちらもシルバーオーク。助かる道はない。
最後の願いは、自分の息があるうちに、皇帝の愛女が命を落とすところを見るくらい……か。
彼女は毅然と立ち上がり、そばに倒れていた兵士の剣を手にした。
か細いその腕では、構えるだけで精一杯だろう。
獣鬼の一体が口から泡を吹きながら、大股でフェリシアに近づくのが見える。
父さん、母さん。
あなたたちの仇は取りました。褒めてくれますよね。
涙で視界が歪んだとき、シルバーオークが腕を振り下ろした。
顔に風を感じる。
胸を裂かれた皇女が、倒れるはずだ。
だが――。彼女は立ったまま、地面に何かがぼとりと落ちた。
それが獣の頭部だと認識した直後、シルバーオークの肉体は気化して、あとには外皮が舞い、黒い石が転がった。
いったい――何が起きた?
まさかフェリシアが倒したというのか?
やがて、それに答えるかのように、彼女の声がした。
「あなたは……レーヴ・エルミオニ?どうしてここにっ?!」
レーヴ、だってっ?!




