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7-3

 馬車は夜通し走り続け、次の朝、二つ目の鐘の頃、帝都に到着した。

 勢いで来てしまったが、宰相に直接会って文句を言うわけにもいかない。

「とりあえず学校に行ってみるか」

 万が一、皇女に遭遇できれば、一連の企みを知っていたのかどうか、それくらいは尋ねることが許されるだろうと、結局、その程度の浅い方針しかなかった。


 幸い、制服はまるで同じで、分校の生徒でも、学生証を提示すれば、本校の学内であっても自由に出入りすることができ、予想していたよりはあっさりと、目的地にたどり着いた。

 入り口に、図書館と書かれたプレートが掲げられていたにもかかわらず、近くにいた生徒に思わず確認してしまったほどに、そこは、想像していた外観とは、まるで違っていた。

 三階建ての石造りで、一つのフロアに、窓の数が軽く十はある。ほとんど博物館といった規模だ。


 入館して、廊下の長さに驚き、最初の部屋に入って、蔵書の数に圧倒された。

 高い天井の部屋の三方の壁が、隙間なく本で埋め尽くされている。そんな部屋が、全部で数十とあるのだそうだ。

 目録のためだけの部屋があると聞き、ひとまずそこに向かった。

 大項目の見出しの札を読むだけで、数日はかかりそうだ。帰るまでに、ヘンドリカの母に有益な情報にたどり着ける可能性は皆無だった。


「とりあえず――簡単じゃないことがわかっただけで、良しとするしかないな」

 司書を探そうと周囲を見回していたとき、うしろで人の気配がして、フローラルの香りが鼻をつくのと同時に、早口で罵声が飛んできた。

「ちょっと。そこ、どいて下さい。入り口に立ち止まるだなんて、頭がおかしいのではないですか」

 慌てて体を半身にしながら一歩横に移動して、そこで目にした人物に、思わず息が止まった。


 影武者を数に含めないとして――本人を見るのはこれが二度目だ。

 一度目の華やかな印象が、今も頭にはっきりと残っている。

 それゆえに、目の前の彼女が、本当に同一人物なのか、一瞬、判断がつかなかった。


 その理由の一つが、護衛がいないこと。

 確かに、正門の警備はやたら厳重だったし、学生証もアビリティによって、偽造できない刻印がされているのは知っているが、それにしても付き人一人、帯同していないとは驚きだ。


 予想外という意味では、その外見(そとみ)もだった。

 あの日、馬車の上にいた彼女は、外出用とはいえ、ドレスを身にまとっていて、そのまま絵画になりそうなほどに輝いていた。

 だが、今、レーヴを面倒くさそうに睨みつけている人間は、制服であることを差し引いても、貧相な身なりの客が食い逃げしないよう見張る店主、といった雰囲気だ。

「何です、じろじろ見て。本気で気分が悪いですわ」

 皇女は心底不快そうに言って、腰に下げた短刀を揺らしながら、さっさとレーヴの前を通り過ぎて行った。


 今、話されたのは敬語と呼んで差し支えないのだろうが、皇族が話す言葉は、もっと繊細でおしとやかだと、勝手に想像していた分、その落差にただ驚いた。

 そればかりか、部屋の中には数人がいたが、誰も次の皇帝候補に注意を払おうとしない。


 彼女は、目録の入った引き出しを手際よく開けては何かを調べ、また次に移動して同じ動作を繰り返す。

 しばらくそれに見とれていたが、やがて、帝都に一晩かけてやってきた目的を思い出し、覚悟を決めて、一歩を踏み出した。

「皇女殿下。お話してもよろしいでしょうか」

 邪魔するなとでも、言われるのかと身構えていたが――相手はその問いかけを完全に無視した。

 もしかして聞こえていなかった?いや、この距離でそれはないはずだ。

「皇女――」

 もう一度呼びかけようとして、最後まで言うことができなかった。


 相手がかなりの速度で振り返るのと同時に、いつ抜いたのか、手にした短刀を、レーヴの首元に突き出したのだ。

「あなた、どなた?見ない顔だけど、ホントにここの生徒ですか?」

 強い口調に、近くにいた生徒が、二人に目をやるのが見える。ただ、誰もがあきれたように笑っただけで、仲裁に入る気配は皆無だ。

「え……と、オレは分校の生徒で、名前はレーヴ・エルミオニです」

 生徒証を差し出したが、彼女は受け取ろうとしなかったばかりか、驚愕の答えを返してきた。


「ああ、エステルハージ辺境伯のところの新参者、ですか」

「ええっ。いったいどうして――」

「一つ、教えといてあげます。ここではわたくしのこと、名前で呼びなさい。フェリシア・アントラーシュですわ。皇女だとか、そういう特別扱い、一切しないでいただける?」

 そう言いながら、剣を鞘に収めた。


 当たり前だが――国の名前と名字が同じなのが、不思議な感じだ。

「それで?何か話したいことがあるんですか?」

 どうやら、このぶっきらぼうな態度が彼女の平常運転らしい。

「えーと。皇女――じゃなくて、フェリシア……さんは、双子だったりしますか?」

 これまでの目にした情報をつなぎ合わせれば、それしか答えが見つけられない。

 七割くらいの確率で、そうだと答えることを期待していたが、相手は広い部屋に響きわたるほどに、声を高くした。

「はあっ?あなた、バカなんですか?本当に帝国の住人ですか?わたくしのきょうだいは、弟が一人だけですっ」

 再び、衆目が集まる中、その返答に頭の中が混乱した。


 つまり、村で天使のような笑顔を振りまいていた女子と、すぐ前で、山賊の一味かと思うほどにけんかっ早い人間が、同一人物ということになる。

 豹変の理由を尋ねることはさすがにできず、言葉選びに時間がかかっているうちに、相手は小さく舌打ちをしたかと思うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。


 一人残され、ようやく目的が何一つ達成されていないことに気づく。治癒を使えるか、それくらいの確認はできたはずなのに。

 周囲の生徒たちは、半分はあきれたように笑い、残りは同情したような目をレーヴに向けていた。

 本校にしかない、特殊な規則か慣例を乱してしまったのかもしれない。

 すぐそばのカウンターに、「学内の施設利用の手引き」と書かれた冊子が平積みにされているのを見つけ、それを手に取ると、受付に座っていた、気の弱そうなメガネの男子が声をかけてきた。


「もしかして、君は分校の生徒?フェリシア様と話すのは初めてなのかい?」

「皇女殿下はいつもあんな感じなんですか?前に馬車に乗っているところ見たことがあるんですけど――」

 そこまで言ったところで、彼は「ああ」と、メガネを持ち上げながら小さく笑った。

「外面は全然違うよね。別人だと思うくらい。でも、ここにいるときのあの人が、素の状態だよ」

 どうやら、公務が多忙で、それを合法的にさぼるために学生をしているらしい。だとしても、外聞を気にせず、あそこまで気遣いを放棄できるとは、ある意味、生徒たちを信頼していると言えるのかもしれない。


「そういえば、オレの名前を知ってたんだけど――」

「本校と分校二つ合わせて生徒数二百人くらいかな、たぶん全部覚えてるよ。その程度、上に立つ者として当然だって、そう思ってるみたい。あのナイフも自害用なんだ。皇族の女性は、十歳になったときから、肌身離さず持っていないといけないんだってさ」

 そう聞いて、彼女の態度の意味が少しだけ理解できた気がした。

 自ら望んでその血筋に生まれたわけでもないだろうに。

 レーヴも似たような立場のはずだが、記憶を参照するまでもなく、そこまでの覚悟はなかったように思う。

 彼に礼を言って、本校をあとにした。


 あの態度を見るに、彼女が宰相の悪巧みを知っていた可能性は低そうだ。

 収穫はそれくらいか。もとより、自己満足色の濃い強行軍だったのだ。

 帰りの馬車で、手引きを眺める。

 図書館は、士官学校の生徒であれば、いつでも利用可能のようだ。ただ、外に持ち出せる本は限られていて、多くは館内で閲覧するしかないらしい。

 規則の章に、各種手続きという項目があり、その中に、本校への転学について、という一文があるのを見つけた。

 分校から移るための方法が記載されていて、といっても、条件は、校長の推薦があること、の一点だけだ。

 あれだけの書物を本気で調べるつもりであれば、そんな選択肢もあるのだろう。

 校長か。

 日常から外れる行為には消極的な印象で、平民の転校を認める気がしない。

 それに、屋敷の働き手の問題もある。

 無理な理由の中に、アンナリーズと離れることが思い浮かばなかったのは、決して彼女を軽んじていたわけではなかった。

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