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アドリアーノ・テューダーの元に、帝都から出頭命令が来たのは、二日前のことだ。
招集事由は納税額の確認について。
領地を持たぬ貴族は、軍務や土木に従事し、その働きに応じて報酬が支払われる。あるいは、個別に商売を行う者もいるらしく、税は総収入に応じて、年度末に一括して収める決まりなのだそうだ。
ただ、金額は爵位に応じてほとんど一定。これまで、それに物言いがついたことなど、一度もなかった。
「それが、突然の呼び出しだ。しかも、行った先にいたのは財務卿などではなく、なぜか宰相のデク・ゲラーシだった」
一年分の書類を持参したにも関わらず、会談は、世間話程度ですぐに終わる。不思議に思いながら、帰路につこうとしたが、夜会への参加を誘われ、彼の館に一泊することになった。
そして、次の日が今日だ。
遅い朝食を取っていたところにゲラーシが現れ、娘が逮捕されたと伝えられたという。
「三年の禁錮だと。ただし、わしのこれまでの功績に免じて、ある条件を飲めば、すぐに釈放しても良いと言われた」
「条件っ?お父様、いったい何を約束したのっ?」
「偵察任務への参加表明と、その先陣を切ることだ」
彼はそこまで話したところで、口をぎゅっと結んだ。
アンナリーズが不安そうにレーヴを見る。
「偵察って……。いったいどういうこと……?」
「確かに、謎が多すぎる。時間から考えても、宰相は、リーズが捕まることはおろか、収監される未来まで知っていた――。違う、逆かもしれない。テューダー男爵を尖兵にするため、こんな手の込んだ芝居を仕組んだのかも。でも、いったいどうして――」
そう言うと、アドリアーノは、レーヴを鋭い眼光で睨んだ。
「小僧に一つ、教えてやろう。政事の話だ。帝都は今、二つの勢力に割れている。すなわち、皇子を時期皇帝としたい摂政派と、皇女をかつぐ宰相派だ」
本来、男子がいる場合、帝位は皇子が継ぐのが慣例だ。ただ、今の皇子は第二子でまだ六歳。皇帝の体調がここ数年すぐれないという噂がまことしやかに語られる状況の中、十八歳で、第一子の皇女の即位があっても、不思議はない。
「つまり――。男爵を呼び寄せたのが宰相閣下で、今回、リーズさんをとらえたのが、近衛の第二中隊長だったことを考えると、一連の騒動を仕組んだのは、皇女派の人間だった、ということになりますか」
「これはわしの推測だがな。おそらく、宰相たちは、皇女が次期皇帝に資すると、帝国民に訴えるための実績を作りたいと、そう考えておるんだろう。すなわち、今回の進軍には、皇女一行が帯同するはずだ」
ただ、それでも謎が残る。
偵察任務の詳細は不明だが、こんな面倒をせずとも、勅命として、テューダー男爵を招集すれば良かっただけではないのか。
「皇女殿下の功績となるような出征、ですか。いったいどこに行くつもりなんでしょう」
答えを期待していた、というよりは、レーヴ自身の考えをまとめようと口にした言葉に、アドリアーノは即答した。
「はっきりとは聞かされておらんが、普通の任務ではないはずだ。こんな手の込んだ真似をしとるのだからな」
「そんなっ。私のせいで、お父様が危険な目に遭うだなんて……」
アンナリーズは口元に手をやり、目に涙を浮かべた。
強引とも言える手段で、武勇の誉れ高いテューダー男爵に先頭を任せるのは、他の部隊であれば逃げ出しても不思議ではない相手、ということだろうか。
皇族の勅命ではなく、本人の志願にする理由――。
まさか、戦死が確実で、皇女に呵責を感じさせないため?
今、帝国周辺でもっとも危険な相手と言われて、思い浮かべる敵は、一つしかない。
「もしかして、進軍先というのは――」
レーヴは言葉をためらったが、男爵は小さくうなずき、そして続けた。
「王国方面、だろうな。ゴブリンやトロールならともかく、以前は、オークなど、十年に一度見かけるかどうかだったというのに、今は国境付近で頻出すると聞く。おかしな時代になったものだ」
アドリアーノは悲しげにそう言って、それっきり口を閉ざした。彼はすべてを悟った上で、一人娘を助けるため、その策略に乗ったのだ。




