5-3
錆びた格子戸が音を立てて開いたあと、彼は低い間口に苦労しながら中へと進んだ。
ただ、娘の心配するような気配は皆無だ。
背筋を伸ばしたまま、しばらく見下ろしていたが、やがて低い声でこう言った。
「こんなところで何をしている」
「ち、違うよ。濡れ衣なんだ。わたしは何も悪いことは――」
「マスターオークの外皮を違法に売買した、とそう聞かされたが」
彼女が答えに詰まるのを見て、思わず立ち上がった。
「オレに説明させて下さい。学校の課外授業で――」
だが、その瞬間、彼女の父は、レーヴの肩を信じられないほどの強い力で掴む。
「誰だ、小僧」
「お父様、彼は士官学校の……級友なんだ」
「そんなことは制服を見ればわかる。どうして、リーズと一緒にいるのかと聞いている。貴様、父は誰だ」
「父親はいません。エステルハージ辺境伯のお屋敷に住み込みで働いて――」
だが、それ以上言うことはできなかった。肩を掴んでいるのとは逆側の腕が動いたかと思うと、顔に風を感じ、ほとんど同時に拳が直撃したのだ。
戦闘状態なら、あと少し、準備と心構えもできただろうが、知り合いの親に殺されかけることは予想していなかった。
急所を外すのが精一杯だ。頬骨のあたりを強打され、そのまま壁に体ごと激突した。
「お父様っ」
「孤児の分際で娘に近づくなど、身分をわきまえろ」
「違うからっ。レーヴには命を助けてもらったことがあるんだ」
アンナリーズが父親にすがるのが見えた。
男爵はまるで表情を変えず、娘の手首のあたりを掴んで立ち上がらせると、静かにこう言った。
「出るぞ。釈放だ」
「え。釈放……?いったいどういうこと?」
「言葉通りだ。行くぞ」
彼はさっさと通路へと出たが、混乱した表情の娘は、父親とレーヴを交互に見て、動こうとしない。
「あの、彼も一緒に連れて出ていい?」
テューダー男爵はそれには答えず、大股で歩き出した。
それを見て、アンナリーズは声を低くした。
「さあ、早く。行くよ」
手を引かれ、頬を押さえながら、外に出る。
「ごめんね……。古い人で、身分に厳しくて。本当はすごく愛情深いんだけど、人前でそういうの、見せたがらないんだ。ケガ、大丈夫?」
彼女は手をそっと頬に当てた。
「どうにか。でも、ただの貴族じゃないね。すごい腕力だ」
「わたしの家は領地がないから、従軍任務が多いんだ。お父様はいつも兵士たちの先頭に立たれているから」
しばらく進むと、開いた状態の鉄製の扉が見え、そばに歩哨が二人いたが、彼らは通り過ぎる三人には何の反応も見せなかった。
そんな検問所を三つやり過ごし、やがて建物の外に出た。
外界はすっかり夜だった。
来るときには目に入らなかったが、玄関の上に、木製のプレートが掲げられていて、どうやら近衛部隊の官舎のようだ。
うしろに振り返ると、尋問をしていた女の中隊長が、油灯が揺れる三階の部屋の窓辺に立っていた。見下ろしていたその表情が、どこか憐れむように思えたのは気のせいだろう。
アンナリーズは、待たせてあった馬車の踏み台に足をかけ、先に乗り込んだテューダー男爵と何ごとかを話していたが、やがて笑顔でレーヴに振り返った。
「一緒に乗っていいって」
四人乗りの小さな客車。並んで座る二人の向かい、男爵から一番遠い場所に腰を下ろしたが、それでも居心地が悪い。
気まずさの解消方法を考えていると、それまで腕を組み、目を閉じていた彼が、唐突に口を開いた。
「尋問官は誰だった」
「確か、近衛師団第二中隊長って、そう言っていたと思う」
「近衛の第二?確かにそう名乗ったのだな」
「うん。名前は確か……」
「ユスティナ・ブラジェイです」
言い淀んだアンナリーズを助けるために思わずそう言うと、男爵は目だけでレーヴを睨んだ。
「第二とはつまり、皇女付きだな」
「それより、お父様。いつこっちに来たの?牢屋に入れられて、あっという間に助けてもらったんだけど――」
彼は再び目を閉じ、しばらく何か考えていたが、やがて静かに、ここに至る経緯を話し出した。




