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カレンダーが夏の月に代わり、アンナリーズは、三度目の追試をからくも通過した。
「しっかり覚えていたのは六の段までだったけど、小さい数字のかけ算が多かったから、どうにか乗り切れたんだ」
夜のダイニングで、初めて獲物を殺した子供ライオンのように、彼女は鼻を高くした。
学校の授業はより難しい割り算に入っていて、本人の遠回しな希望により、レーヴの個人授業は、今も続いている。
それもあってか、彼女の態度は、住み始めた頃からは考えられないくらいに和らいでいて、そればかりか、登下校時に、並んで歩くことすら許されるようになっていた。
「明日から夏休みだけど、剣術科は課題とかあるの?」
一年で一番暑い時期、学校は十日間の休みになる。
「休み明けに、体力測定があるみたいです。サボらずに鍛えていたかを確認するために」
「ふーん。だったら、あんたは大丈夫だよね。毎日トレーニングしてるんだから。時間、きっと余るよね」
アンナリーズが含みのある言い回しをするのは、何か依頼事案があるときだ。
その詳細が判明したのは、夜のことだった。
訓練のため、いつもの大木に向かうと、油灯の明かりのそばに彼女がいて、石を重し代わりに数枚の紙を地面に置き、見せびらかすように広げていた。
中身は課題リストで、どうやら様式科は、材料採集や薬品作りなど、かなりの量があるようだ。
「明日、国境沿いの森に行こうと思うんだ。素材集めのために」
まだ何も聞いていなかったが、相手は指先で土の上に丸や四角を描きながら、一方的に予定を口にした。
「あっちは危険ですよ。行くなら南の森がいいと思いますけど」
「わかってる。でも、クラスのみんなはたぶん、そっちに行くと思うから、どうにか差をつけたい」
どうやら、春学期の成績がよろしくなかったらしく、この課題で挽回したい、ということのようだ。
「荷物持ちくらいしかできないと思いますけど、それでよければ、午前中であれば、時間を作れると思います」
仕方なくそう言うと、ぱっと顔を明るくして、目線を上げた。
「ふーん。そうなの?別に一人でも平気だけど。あんたがそう言うなら、連れて行ってあげてもいいよ」
懸垂を始めたあとも、彼女はそばで薬草の教科書に、没頭していた。
真面目であることに違いはない。裏表がないのも確かだ。
俯瞰して見れば、いくら従者の立場とはいえ、高飛車な相手に、断りを入れるくらいのことはできたはずだが、そうしなかったのは、彼女の人間性に興味を持ち始めていたからなのだと思う。




