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その二日後のことだ。
下校すると、料理長が珍しく慌てていた。
「ああ、良かった。お前、ヘンドリカを追いかけてくれないか」
買い出しに出る彼女に、必要な食材を伝え忘れていたらしい。
メモを受け取り、急ぎ、屋敷をあとにした。
普段、ほとんどの食材は、一番近い市場でこと足りる。当然、今日もそうだと疑っていなかった。
だが、村までの一本道で、彼女とすれ違うことがなかったにも関わらず、どの商店でも見つけることができない。
何かが揃わなかったのだろうか――。仕方なく隣村へと進路を変更した。
だが、そこにもヘンドリカの姿はない。金を持って来なかったせいで、代わりに買って帰ることもできない。
どこかで行き違いになった可能性はある。
あと一つだけ進んでから戻ることを決めた、その先にあった村の名前が、デンドラだった。
例の奇病の患者がいるという場所だ。
他の村と同じように、中央にある広い目抜き通りを歩きながら、細く枝分かれしている道に、目を凝らして間もなく、小さな川にかかる橋を渡ろうとしたときだった。
それまでよりは強い風が川向こうから吹き、どこかで嗅いだ、不快な臭いが鼻をついた。
いったい何の臭いだっけ。
おそらく、蘇生して以降だ。
記憶をたどってしばらくした頃、大通りの先で人の往来が増え始めた。
その先は確か帝都へ続く街道だったはず。
そう思った直後、若い男女が小走りにレーヴのそばを駆け抜けて行った。
周囲を見回すと、いつの間にか、通りに面した家屋から人が姿を見せ、あるいは窓から首を出して、騒ぎのほうに顔を向けている。
そばの家から出てきた中年の女性に、理由を尋ねた。
「皇女殿下がお通りになるのさ」
村の住人には、事前に通告があったそうだ。
国で一番の権力者が行進するのに、無観客は許されない、といったところだろう。
しばらくして、六人ほどの歩兵に囲まれた一台の小さな、しかし華麗な馬車が見えた。
客車の上部は幌が取り去られていて、レーヴとそう年の変わらぬ、整った顔立ちの女子が、片手で手すりを持ち、もう一方の手を、村人たちに向けて振っていた。
背中までの薔薇色の髪が風になびく。胸から下は見えないが、おそらくは高貴なドレスを着ているのだろう。
「皇女殿下っ」
馬車が通り過ぎるとき、男たちは飛び上がって自分を主張し、女たちは血筋の気高さに圧倒され、目を潤ませた。
馬車の上の彼女は、歓喜する民衆に、爽やかな笑顔を惜しみなく向ける。
こんな小さな村の民にまで、愛想を振りまく必要があるとは、人の上に立つ人間は、大変なのだと、しばらく、レーヴ自身がその立場になる可能性があったことを忘れ、感心して見入ってしまった。
やがて、鐘が鳴り、買い物任務に、かなりの時間を割いてしまったことを知った。
大急ぎで屋敷に戻ると、ヘンドリカはいつも通り仕事をこなしていた。
どうやら、あの騒ぎで入れ違いになったらしい。
彼女は、レーヴが指示された食材もきっちり買い揃えていて、結局はことなきを得た。




