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次の日から、起床時間がさらに早くなった。
夕食後の時間は辺境伯に取られることになり、出校前にすることが増えたのだ。
当主からは経理関係を任されることになったが、結局のところ、政事の全容を知る必要があって、しばらくは領地の商慣習を学ぶ日々が続いた。
「国境警備にこんなにお金がかかってるんですか?」
「今年からだ。お前も知っての通り、王国方面が不穏になっているからな」
昨年度の税収の二割をそこに割いていた。さらには、前回の小隊全滅による遺族への補償で、これまでの蓄えを取り崩しているようだ。
「国からの補助が少なすぎます。今年は赤字を避けられないですね」
「獣鬼の被害がこれ以上出ないことを祈るしかないな」
ただでさえ予算と人手が足りないところに、王国侵略で、防衛任務が加わり、許容限度を完全に超えていた。
出会ってからずっと多忙に見えていたのは、そんな理由があったようだ。
計算ミスは、ほとんどすべての書類であって、その修正作業で夜は過ぎていく。
これまで、給仕として、ほとんど無言で過ごしていた主たちの食事の時間にも、辺境伯から助言や確認を求められることが増えた。
ある日、夕食の仕度を終えたあと、書斎で執事とともに、使い終わった資料をファイルに綴じていたときだ。
机の上にあった一枚の紙が目に入った。
領地内には、四つの村があるが、そのうちデンドラという村の、村長からの報告書のようだ。
住人の一人が奇病に罹患したという内容だ。夜になると、その家から奇声が聞こえ、村医が診断のために行ったが、激しい抵抗にあって、中に入ることすらできなかったのだという。
理由は説明できなかったが、何かが気にかかった。
作業の手が止まっていたことに気づいたのだろう、辺境伯はレーヴの手元を見やり、取り立てて驚いた様子もなくこう言った。
「気の毒だが、心を病んでいる人間は、少なからずいる。治癒のアビリティではどうにもならない」
王宮時代に目にすることはもちろんなかったはずだが、庶民の中には、生活環境が劣悪な人間が少なからずいる。経済的、肉体的不健康は、精神にも影響を及ぼすことがあるのだという説明に、一度は納得した気になった。




