0-1
次に意識が戻ったときに感じたのは、体中の痛みと、頭の中を揺さぶられるような気持ちの悪さ、そして激しい嘔気だった。
横になっているのに目が回る。
どうにか楽にならないだろうかと、体勢を変えようとしたが、手足がまるで反応しないどころか、周囲の状況を確認するために、目を開けることすらままならなかった。
いったいどういう理由で、こんな地獄にいるのか。経緯をさかのぼれば、苦しみから解放される糸口が見つかるのではと、そこまで考え、愕然とした。
ここに至るまでの記憶どころか、自身の名前すら思い出せなかったのだ。
いっそ、一思いに殺してくれと叫ぼうとして、どうにか口を開けたときだった。
声が聞こえた。
「おおっ。蘇生したぞっ!これまで、ネズミでしか成功したことがなかったのにっ」
年老いた男の声だった。
続いて、今度は若い女の、何かに追われているような、そんな焦りを含んだ叫び声が周囲に響き渡る。
「早くここから離れましょうっ。いつ連中がやってくるかわかりませんっ」
だが、そんな彼女の鬼気迫る提案は、老人には届かなかったようだ。
彼は、打って変わって、落ち着いた声音でこう言った。
「レーヴ様とともに、お前だけ行け。深手を負った殿下を連れ、追撃を交わして逃げることはさすがにできん。誰かがここで防波堤になる必要がある。わかるな、ルノア」
「無茶ですっ。いくら師匠でも……」
ルノアと呼ばれた女はそこで口を閉ざした。師の覚悟を察したのだろうか。
「霊石を出しなさい。お前の力では殿下を運ぶことはできんだろう」
やがて彼女が動く気配がして、聞こえるかどうかの涙声でこう言った。
「レーヴ殿下、失礼します」
どうやら、それがこの自由の利かない体の名前らしい。
続けて、首から紐のような物がぶら下げられた感覚のあと、老人が聞き慣れぬ言葉をつぶやいたかと思うと、直後に体が地面から離れるのを感じた。
どこかで経験したような浮遊感。
もう一度記憶をたどろうとして、少し前までの気分の悪さが、多少は和らいでいることに気づく。あるいは、体が苦痛に慣れただけかもしれない。
いずれにしても、最悪の状態は脱したようだ。
そのことにほっとしたせいで、浮かんでいる理由が、人の手によるものでないことにまで、頭が回っていなかった。
やがて、腕を引かれ、空中にいる状態で、体が水平に移動を始める。
何が起きているのか、どうにか目を開けようとするが、頭の指示が、体の各部に伝わらない。
ルノアがそばにいることだけを認識してしばらく、気圧が変化したように感じた。連れて、周辺の光量が増し、何かの草の匂いが風で運ばれてくる。
どうやら、建物の外に出たらしい。
確か、追手がいると話していた。この瀕死の状態と関係があるのだろうか。
そうだとしても、呼吸以外にできることがない。
生死が見知らぬ人間に委ねられている、そのことに、改めて恐怖を覚えたとき、さほど遠くない場所で、激しい爆発音がした。
衝撃が空気を伝播し、爆風となって押し寄せる。遅れて、何かが、おそらくは生き物の皮膚が焼けたときのような匂いが鼻をついた。
そばにいた女が息を止めた。
彼女が泣いたように思えたのは、短い時間だ。
腕を掴まれ、再び、意味のわからない言葉が聞こえたかと思うと、まるで風に運ばれているかのように、移動を始めた。




