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2-6

 午後はいきなりの剣術の実技だった。

 もちろん、いきなりと感じているのは、半年遅れで入学した人間だけだ。

「レーヴはこっちへ。残りは準備運動だ」


 最初に、担当教官のディーデから、流派を聞かれた。剣技にはいくつかの型があるらしく、生徒はそのどれかを選択し、在学中に技術を磨くらしい。

 重力制御のアシスト付き我流だ。重力剣(グラビティソード)、なんて言うのが格好いいかもしれないが――もちろん、そんなことは口が裂けても言えず、耳にした中の一つを適当に答えると、彼は集団に振り向き、あまり聞きたくない名前を口にした。

「カエサル。こっちに来なさい。レーヴと模擬戦をしてみて」

 呼ばれた生徒は、悠然と近づいてきた。

「彼は両手剣の上段の構えで、学年一番の実力者だ。全力でかかりなさい」

 初心者の相手じゃないと、文句を言う暇もなかった。

 彼はろくに構えもせず、いきなり距離を詰めたかと思うと木剣を振り下ろしてきた。

 交わすために、一歩下がろうとして、思っていた距離を移動できない。どうやらレーヴの筋力が、頭の指令を遂行できないらしい。

 運動着の胸のあたりを剣先がかすめ、地面に尻もちをついた。立ち上がろうとしたレーヴに、敵はそれを許さず、追撃してきた。


 太刀筋は見えた。だが、体が言うことを聞かない。

 そのまま地面の上をみっともなく転がるしかなく、そんなことを何度か繰り返したあと、腹ばいになったところで、背中を強く足で踏まれた。

「そこまでっ」

 担当教官の声で、ようやく模擬戦という名の見せしめが終わる。


 ただ立ち上がるだけで息が切れた。

 服の汚れを落としながら正面を見ると、カエサルは、上下の歯ぐきが見えるほどに口元を緩ませていて、二人を取り囲む生徒たちは、冷ややかというよりは、憐れんだ目をレーヴに向けていた。

「おっかしいな。カトリア隊長が、見どころのあるやつだからと言っていたのは、何かの間違いか?」

 ディーデはそう言って豪快に笑った。


 ルノアを待つだけの境遇だ。

 好成績を取ろうだとか、目立ちたいなどという野望は、微塵も持っていなかったが、胸の中には、レーヴ自身が意外に思えるほどの、挫折感があった。

 それから素振りを命じられ、初日は、腕が上がらなくなる程度に筋肉を疲労しただけで終わる。

 ビクトルは寄宿舎住まいらしく、惨敗した経緯を詳しく聞きたいと、部屋へ強く誘われたが、このあと屋敷の仕事が待っている。

 挨拶もそこそこに、早足で学校をあとにしたが、戻ってから、追加の罰が下されるとは、微塵も想像していなかった。


 手足の痛みに耐えながら夕食の仕度をし、主たちの着席を壁際で待っていたときだ。

 扉がひらいたかと思うと、いきなり腕を掴まれ、廊下へと引っ張り出された。

 目の前にいたのは、鬼の形相のアンナリーズだ。

「お前、今日の模擬戦でとんでもない負け方をしたんだってっ?」

 違うと、本心では否定したかったが、完全な事実だ。

「その通りです」

 仕方なく頷くと、相手は顔を歪めて、足を蹴り上げた。つま先がすねを直撃する。

「カトリア姉様の顔に泥を塗るなんて許せないっ」

 痛いと言う間も与えられず、一方的にそれだけ言い放ち、彼女はダイニングへと姿を消した。


 その夜はあまりよく眠れなかった。想像以上に、学校での出来事がこたえていたようだ。

 実技の時間を、滞りなく過ごすために必要なのは、まずは体力か。

 使用人としての業務は、かなり効率良くこなせるようになっている。ヘンドリカの部屋も、さすがに毎日掃除する必要はない。

 次の朝から、周辺の地理を覚えることも目的に、仕事が始まるまでの時間、走る距離を伸ばすことにした。


 日が昇る前にベッドを抜け出し、これまで行ったことのない道を選んで走る。

 途中、森のそばで、太い枝が頭の高さほどにある大木を見つけ、懸垂をトレーニングメニューに追加してみたが、一度も体を持ち上げることができなかった。


 屋敷に戻り、掃除を始めようとして、ほうきを持つ腕が痙攣してしまう始末だ。

 仕事以外の時間を極力効率的に使うよう、登校するときも走ることにした。

 幸いと言っていいのか、次の実技の時間、ディーデから筋力トレーニングを指示された。

「木剣を自在に振り回せるようになったら、みんなと同じ訓練をさせてやるぞ」

 彼が明るく誠実な教師であることは救いだった。

 平民だからと差別せず、その空気感が少なからず、生徒たちにも伝播したおかげで、カエサル以外から表立って挑発を受けることはなかった。


 どうにか問題なく学校生活を送れそうだと安堵して数日した頃、新たな問題に直面した。

 数人ごとの班に分かれ、実習を行う午前の授業での出来事だ。

「今日のグループセッションは、スタイル探知機を作ります。材料は前にあるから、各チームのリーダーは取りに来なさい」

 アマンダの指示で、生徒たちが一斉に移動を始めた。何が起きたのか理解できていないレーヴのそばに、ビクトルが立った。

「先生。レーヴ君はおいらのチームに入ってもらっていいですか?」

「ああ、そうでしたね。それで構いません」

 手を引かれ、連れられた先にいたのは、机に腰かけ、余裕を見せるフリッツと、その隣で腕を組むカエサル。あとは、ムカデでも見るような目つきのアンナリーズだった。


 心から楽しそうにしていたのは、ビクトルだけだ。

「レーヴ君、何してるんだよ。早く材料を持ってこないと」

 そう言って、教室の前を指さした。

 なるほど、これまでの彼の役割である雑用係を引き継げ、ということか。


 教卓へと向かいながら、アマンダの言葉を思い返した。

 確かスタイル探知機、と言っていたような。それはつまり、ソーサラー、というよりレネゲードを見つけ出すための装置ではないのだろうか。

 材料として与えられたのは、濁り切った霊石と、ハンマー、それに蓋付きの薄いガラスケースだ。

 箱を手に戻ると、フリッツから、大臣のような口調で指示された。

「じゃあ始めようか。早速、砕いて」

「砕くって何を?」

「おい、まさか手順を知らないのか?前に講義で教わっただろ?」

 カエサルが、前に、の部分を強調した。どうやらレーヴが入る以前に学習した内容らしい。


 嫌がらせというにはお粗末すぎて、言い返す気力も起きない。

 やり取りをそばで見ているビクトルは、満面の笑みで、助け舟を出すつもりは皆無らしい。

 このままでは先に進まない。

「もし良かったら、教えてもらえないでしょうか」

 仕方なくフリッツに頭を下げると、そばの二人がバカにしたように笑い、アンナリーズが、周りに聞こえる程度に舌打ちをした。

「石を粉々にするんだよ。ちょっと考えたらわかるでしょ、それくらい」


 探知機の仕組み自体は単純だった。砂の状態にした赤燐光石を、ガラスの入れ物に敷き詰めるだけだ。

 アビリティは、スタイルによって、エーテルを他の自然現象に変換するが、その際に発生するエーテルの揺れが、砂状になった霊石に作用し、砂丘に風が吹いたときのように、模様を作るのだそうだ。その形や高さによって、スタイルの種類やアビリティの強さを判別することができるのだという。

「いかに砂粒の大きさを細かく揃えられるか、それが探知機の精度につながります。出来たグループから、フリッツさんに頼んで、成果を試して下さい」


 出来上がった装置を前にしたときには、手に汗が滲んだ。ルノアのアビリティの支配下にあるとはいえ、その有効性は未知数なのだ。

 だが、手のひらに置いたそれはまるで反応せず、フリッツが高らかに詠唱し、周囲を光で照らしたとき、円弧の形の砂紋を作った。

「いいですね。よく出来ています」

 そばにきたアマンダがガラスを覗き込んだ。

「ちなみに、探知(サーチ)のソーサラーのスタイルも同じ原理です。アビリティを使った際に生じる、エーテルの波紋を感知するのです」

 波が完全に凪ぐまでには時間がかかるらしく、それ故に、アビリティを使う瞬間だけでなく、事後であっても探索が可能ということだった。

「事後というのは、どれくらいの時間なんですか?」

「レーヴさん、いい質問ですね。使用したアビリティの大きさにもよりますが、これまでの観察で、波が完全に収まるまで半時ほどかかるとされていますから、最長でその時間となりますね。ただ、より実践的という意味では、サーチャーの能力や、中心点からの距離にも大きく影響されるでしょう」

 となれば、万が一、アビリティを使うことになったとして、人の目に触れないことはもちろんだが、使用後には現場から遠くに離れるといった注意が必要なのか。


 想像していたより、面倒だなと思っていると、ビクトルが奇妙な表情でレーヴを見ていた。

「何?」

「先生に褒められるなんて生意気だよ。今後、わからないことがあったら、まず、おいらに聞いてくれるかな」

「わかった、そうするよ」

 その日は、平民の友達の機嫌を少し損ねることと引き換えに、漠然とあったサーチャーへの不安が、可視化されて終わった。

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