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授業のあと、昼は一時間の休みがあった。
生徒たちがいっせいに教室を出て行く。アンナリーズは、レーヴを避けたのだろう、わざわざ遠いほうの入り口から姿を消した。
校内には学食があり、一人一食が無料で提供される。
その日の献立は、山菜のリゾットだった。
周囲の流れにならい、カウンターで料理を受け取る。
中庭の見える席に座り、二口ほどを食べたときだった。
何かの衝撃を感じるのと同時に、またしてもバランスを崩した。
椅子を蹴られたのだと気づいたときには、床に尻もちをついたあとだ。
そばには男子が二人立っていた。
前にいたのが、教室でレーヴに足をかけた人間だと気づくのと同時に、相手はすごみのある声を出した。
「ここはフリッツさんのお気に入りの場所だ。平民ごときが座っていいはずがないだろっ」
そう言って、うしろにいた、育ちの良さそうな男子を指した。
生徒手帳には、すべての生徒は平等だと書かれている。それを今、ここで読んでやろうかとも思ったが、初日からもめ事を起こすのは、深く考えるまでもなく得策ではない。
幸い、皿の上は無事なのだ。
「すみませんでした」
頭を下げ、トレイを手に、人のいないテーブルへと移動した。
フロアにいる全員がレーヴを見ていたが、文句を言った貴族たちが席につくと、何ごともなかったかのように、昼休みが再開した。
どうやら他の学年にも平民が転入してきたことは知られているらしい。ただ、誰もが遠巻きで、どこからも助けの手が差し伸べられる気配はなかった。
食事を終えたあとも、教室に戻る気がしない。
横柄な連中への、今後の対抗方針を考えてしばらく、食堂が閑散とし始めた頃、テーブルの向かいに一人の男子が立った。
年はレーヴと同じか、下かもしれない。背はあまり高くなく、ぽっちゃりした体型。柔らかそうなブラウンの髪の、清潔感のある子だった。
「ここ、いいかな」
彼は小声でそう言った。
「オレはいいけど――。そっちは大丈夫?」
相手はそれには返事をせず、周囲を警戒しながら、素早く腰を下ろした。
「同じ平民だよ。それで、おいらよりも扱いのひどい人が現れたから、大慌てて声をかけたんだ」
「いや、別に慌てる必要はないだろ」
彼は、同じ一年次生で、その名をビクトルと言った。父親は、比較的大きな商会を経営しているらしく、貴族との人脈作りのため、子供を士官学校へと強引に送ったのだそうだ。
学校は、表向きは広く門戸が開かれていることになっているが、慣例的に、爵位を持った人間からの推薦か、寄付という名の多額の金貨が必要になるのだという。
「うちはお金だけはあるからね。でも、入学したはいいけど、友達なんか、全然できなくて。何とか取り入ろうと、お菓子や飲み物を買ってはご機嫌を伺ってるんだ。君は孤児なんだろ?ようやく、気を使わなくていい知り合いができてほっとしてるよ。何か困ったことがあったら、必ずおいらに教えてくれ。他人が苦労しているところを見ると、心がすーっと軽くなるんだ」
ずいぶんと、裏表のない性格らしい。ただ、とりあえず、敵でないことは確かなようだ。
「じゃあ、早速一つ教えてほしいんだけど。オレのこと、学校中に知られていたみたいなんだけど、それって普通のことなのか?」
「本校は人も多いから別だろうけど、こんな田舎、どの家に誰が住んでるかなんて、全員知ってるよ。賑やかな帝都と違って、村には何もないし、みんな人の噂話しかしてないんだから」
シルバーオークを倒したカトリアの武勇伝も、曹長のケガも、レーヴが住み込みで働き出したことも、何もかも筒抜けということだった。
「君が席を譲った相手は、子爵家のフリッツ・ビュルテルマンだ。辺境伯を除けば、あいつの家が一番高い位だし、その上、この学校で、一桁しかいないスタイル持ちだから、周りからチヤホヤされてる。で、そばで偉そうにしたのが、手下のカエサルだよ。士族で君と同じ剣術科。おいらも何度も足を引っかけられた」
士族は、準男爵と同列に扱われ、将来、貴族として取り立てられることもある階級だ。
フリッツ本人というより、取り巻きたちが彼の権威を笠に着ているらしい。傍若無人な振る舞いに、生徒たちが辟易しているのはもちろん、教師たちも手を焼いているのだそうだ。
「できるだけ関わらないほうが良さそうだな。ところでビクトルはどっちの専攻?」
「おいらは当然様式科。剣を持って闘うなんて、絶対イヤだ」
「スタイルのない人がほとんどみたいだけど、実技はどんな感じなんだ?」
「薬の生成とか、石の採集とか。って言っても、霊石はもちろん、黒灰石だって簡単に見つからないし、その日は、実質ピクニックになるんだけど」
ポーションや、エリクサーのような回復薬を作り、それを売って、学校の収益にしているのだという話を聞いているうちに、昼休みが終わった。




