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1-6

 帝都行きの馬車は、二頭立ちの、十人ほどが乗れる大きさだった。

「銀貨一枚だ」

 無骨で愛想のない御者に金を払い後方に回る。

 すでに半分ほどの席がうまっていて、踏み台に片足をかけたとき、すぐ目の前、床の上に人が寝かされているのが目に入り、ぎょっとした。

 腹のあたりに包帯が見える。見たことのある軍服の、大きな男の名前を思い出すのと同時に、背中から女の声がした。

「キミは、あのときの少年か」


 振り返ると、隣国の少尉が、どこかほっとした様子で駆け寄ってきた。

「探していたんだ。礼もまともに言えていなかったからな。改めて、本当に助かったよ。カトリア・エステルハージだ」

 彼女は神妙な面持ちで、右手を差し出した。

「ジルド曹長がご無事なようで何よりです」

 作り笑顔で握り返したが、相手は下を向いた。

「ああ、本当にな。私は、自分の未熟さにうんざりした。彼が倒れて一人になった途端、死ぬのが怖くて周りが何も見えなくなったんだ……。それに比べて、キミはすごいな。敵を屠ったとき、まるで飛んでいるようだったぞ」

 実際に浮いていたとはさすがに思っていないようで、剣技だけで倒したのだと理解しているらしい。


 彼女は背負っていた布袋に手を入れると、ごそごそと何かを探り当てた。

「これも、返そうと思ってな」

 中から取り出したのは、黒灰石だった。

「シルバーオークは珍しい。素材屋に持っていけば、一つ、金貨五枚程度にはなるはずだ」

 レーヴの記憶によれば、武器を作る際、石と一緒に鍛えることで、金属の強度が増し、あるいは、ポーションなどの材料の一つとしても使われるようだ。


 残り少ない手持ちを思えば、それはもちろん魅力的な提案だったが――。

「オレには不要です。もし迷惑でなければ、少尉が持って行ってくれませんか?」

 獣鬼の外皮や黒灰石の売買は、身分証の提示が必要になる。その制約に気づいたのだろう、彼女はバツが悪そうな表情になった。

「キミがそれでいいなら、私は構わないが――」

「できれば、倒したのもカトリアさんってことにしてもらえると助かります」

 軍人相手に不遜だろうかと、相手の反応をうかがいながら言うと、彼女は奇妙な表情になり、返事をしなかった。

 怒っている、という雰囲気ではない。

「だが、それではキミは何も手にしないことになる……」

 ようやく、それだけ口にしたが、どうやらその申し出を受け入れるべきか、迷っているらしい。


 シルバーオークは、一体で小隊一つ程度の攻撃力がある。一昨日の戦闘で、彼女は自分の部隊を、曹長を除いて全滅させてしまった。このまま手ぶらで帰国することに抵抗があるのかもしれない。

 隊員たちの命の代償が、シルバーオーク二つ分の黒灰石であれば、おそらくは遺族たちの溜飲も下がる、と、そんな先行きを思い描いているのだろうか。

 ただ、おそらくは愚直な軍人で、実際の功労者に何の対価も与えないことを心苦しく思ってもいる、と。

 彼女の良心の助けになる可能性があるのであれば――尋ねてみる価値はあるかもしれない。


「確かエステルハージ家は、帝国の辺境伯の家名だったと思うのですが、カトリアさんは親族だったりしますか?」

「私の父がまさに、辺境伯、クリストバル・エステルハージだが」

「そうですか。実は、オレ、家も身寄りもないんです。戦争で、何もかも失ってしまって。それで、もしできれば、領地のどこかに、住まわせてもらうことはできないでしょうか」

 そう言うと、相手はぱっと顔を明るくした。

「そんなことで良ければ、お安いご用だぞ。何だったら、私の家に住むといい。古い屋敷だが、部屋だけは売るほどあるんだ。キミのように剣術の上級者が同居してくれれば、防犯の観点からも大変ありがたい。昨今、何かと物騒だし、私は任務で不在にすることが多いからな。ちょうどジルドのベッドの準備もあって、鳩を飛ばそうと思っていたところだったんだ。キミのことも伝えておくよ」

 早口にそう言うと、近くにあった、郵便の機能を兼ねた村の商業組合へと駆けて行った。

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