第五話 依頼者・玲子
父と別れた夜から、まだ一週間ほどしか経っていないのに、遠い昔のことのように感じた。
朝起きるたび心が少し軽くなっていて、職場でミスをしても、前ほど自分を責めなくなった。
あの日の再会は、現実よりも静かで、それでいて確かな灯のように心に残っている。
ただ、結という存在のことは頭に引っかかったままだ。
寿命を削って灯を繋ぐという役目。
会いたい人には会えないという掟。
彼は、あの夜も穏やかに笑っていたけれど、その微笑みの奥には何か痛みがあった。
もう一度会って話がしたい。
その思いは、時間とともに濃くなっていた。
そんな土曜の午後。
職場近くの喫茶店でひと息ついていた私の前に、ひとりの女性が立った。
「佐倉美羽さん、ですよね?」
落ち着いた服装、澄んだ目。けれど目の下には隠しきれない疲れが滲んでいる。
彼女は少し迷ったあと、名前を名乗った。
「森下玲子といいます。“灯守協会”の方から、あなたに会いなさいと……」
心臓が跳ねた。協会....
あの夜、結が言った名前。
私は席を勧め、できるだけ落ち着いて問いかけた。
「灯守のことで?」
「はい。私……婚約者に会いたいんです。」
玲子は両手を握りしめたまま俯いた。
「結婚が決まって、式場も予約済みでした。でも……事故で......。
最後にきちんと話せていないままなんです。
“また明日ね”で終わりで...
未来の話も、ありがとうも、ごめんも、ちゃんと伝えられていない。」
涙が滲み、声が少し震えた。
その気持ちは痛いほど理解できた。私も同じ場所に立っていたから。
玲子は続ける。
「そんな時、一通のメールが届いて、胡散臭いと思いながら協会に連絡したんです。
そしたら“灯を経験した方が近くにいる”って……あなたのことを。」
私は一週間前の出来事をかいつまんで話し始めた。
旧トンネル、ランタン、結。そして、父との再会。
言葉にしながら胸の奥があたたかくなると同時に、あの別れの痛みもわずかに蘇る。
玲子は涙を拭きながらも、真剣な眼差しで聞いていた。
「怖かったですか?」
「怖かったです。でも、それ以上に会いたかった。」
玲子はゆっくり頷いた。
「私も……覚悟なんてできていない。でも、このまま後悔を抱えたまま生きるのも怖いんです。」
私の胸が反応した。
その言葉は、少し前の私自身だ。
「あの...もし良ければ、私も一緒に行きます...!」
自然と口が動いていた。
玲子は驚いたように目を見開き、そして息を吐いて微笑んだ。
「……いいんですか?」
「はい。私も聞きたいことがあるので、協会について...。」
玲子は深くうなずいた。
「では、一週間後にまた会えますか?その日は、彼と入籍予定だった日なんです....」
私はスマホに日付を入力し、静かに画面を閉じた。
ふたりの間に、返答のいらない言葉が流れた気がした。
カフェのガラス越し、午後の陽がにじみながら落ちていく。
テーブルに反射する光が、あの日見たランタンの灯のようだった。
再び灯がともる夜が来る。
玲子の灯、そして私自身の、消えない火が。
私たちは約束した。
一週間後、あの場所へ行く。
もう一つの想いを、結ぶ為に。




