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灯守(あかりもり)  作者: ねこの真珠


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第四話 灯守の規則

 父が光の向こうに消えていったあと、私はしばらくその場から動けなかった。

涙はゆっくりと止まったが、体の奥にはまだ温かい痛みが残っていた。

喉の奥まで何か熱いものが込み上げ、息を吸うたびに肺がじんわりと締め付けられる。


 結は何も言わず、少し距離を空けて静かに立っていた。

トンネルの冷気が、父と過ごしたわずかな時間の余韻を薄い膜のように覆っていく。


 やがて私はゆっくりと顔を上げた。

ランタンの灯は、まだ小さく燃えていた。


「……終わったんですね。」


 そう呟くと、結が静かに頷いた。


「はい。灯が消えると同時に、魂の道も閉じます。

戻ってこられるのは、あれが最後でした。」


 その言葉に胸がきゅっと痛んだが、不思議と後悔はなかった。


会えたこと。

話せたこと。

最後に笑顔を見られたこと。


 その全てが、失っていた何かを静かに埋め戻していくようだった。


 私は深呼吸を一つし、結のもとへ歩み寄った。


「……ありがとう。本当に、ありがとう。」


 結は微笑んだ。

でもその微笑みはどこか儚く、夜の風に溶けていく光のようだった。


「感謝は、会えた相手に伝えてください。

 灯守はただ、“道”をつなぐだけです。」


 それでも私は頭を下げた。

何度頭を下げても足りないと思うほど、心が軽くなっていた。


 結はランタンを拾い上げ、その炎をそっと覗き込んだ。

橙色の灯が、彼の瞳に映る。

その光景は、まるで彼自身が灯そのもののように見えた。


「……あの、結さん。」


「はい。」


「灯守って……その……どういう存在なんですか?」


 私は躊躇いながら尋ねた。

現実離れした出来事を体験した今、世界の仕組みを少しでも理解したかった。


 結はほんの一瞬だけ目を伏せ、静かに口を開いた。


「灯守は……“結び手”です。この世と、あの世の境界にある灯を扱い、人の願いを形にします。」


「願い……」


 「はい。ただし、叶えられる願いはたった一つ。

 “もう一度だけ会うこと”。」


 その言葉には何か決意のようなものが込められていた。


「灯守は、勝手に願いを叶えることはできません。

灯が呼んだ人の強い想いにのみ、応えることが許されています。」


「許される……?」


 まるで、誰かに監視されているような表現だった。


「はい。灯守には『協会』があります。

 灯を乱用する者が現れないように、厳しい規則で運営されています。」


「協会……。」


 その単語が妙に冷たく響いた。

結の周りには柔らかな灯りがあるのに、その存在だけは鋭利な刃物のような気配を持っている。


「灯守の仕事は、一見すると優しい役割に見えますが……実際には非常に危険です。」


「危険?」


「灯をつないだ回数に応じて……灯守自身の寿命が削られます。」


 私は言葉を失った。


「寿命が……削られる……?」


「はい。灯を呼び出すには、“自分の時間”を差し出す必要があります。

灯は、無償では動かないのです。」


 その言葉がゆっくりと胸の奥に落ちてきた。

まるで氷の欠片が心臓に触れたような気がした。


「じゃあ……今の“繋ぎ”で……あなたの寿命も……?」


 結は穏やかに微笑んだ。

その微笑みはあまりにも自然で、覚悟のような静けさをまとっていた。


「問題ありません。今日の灯は、あなたの想いが非常に澄んでいたので、消耗は少ない方です。」


「少ないって……それでも減るんですよね?」


「はい。」


 結は淡く笑った。


「灯守は、いつか灯を灯せなくなる日が来ます。

その時が……その人の寿命の終わりです。」


 私は思わず結の手を見た。

細く長い指、白い肌。

けれどその奥に、何かかすかな影のようなものが揺れている気がした。


「そんな……そんな危険なことを……どうして……?」


 結は少しだけ空を見上げた。

トンネルの口の向こうに、夜空がぽっかりと開いている。

星の光がこぼれるように、闇の隙間に散っていた。


「理由は……いつかお話しします。」


 それ以上聞いてはいけないような気がして、私は唇を噛んで黙った。

結の横顔は、夜の静寂に溶け込みそうなほど淡く、美しく、そしてどこか寂しげだった。


「灯守には、大きな掟が三つあります。」

 結は淡々とした声で続ける。


「一つ。灯を個人的な目的で使ってはならない。

 一つ。依頼者の感情に深く踏み込みすぎてはならない。

 一つ。灯が示す“最期”を変えようとしてはならない。」


 最後の掟だけは、重みが違った。

声色にほんのわずかな震えが混じったように聞こえた。


「最期を……変えてはいけない……?」


「はい。灯は“運命の影”です。

それに逆らえば、灯守も、依頼者も、無事では済みません。」


 その説明の意味はよく分からなかったが、

結の声が本気で警告していると感じられた。


私は小さく頷き、ようやく目線を落とした。


「……灯守って、大変なんですね.....」


 そう言うと、結は優しく微笑んだ。


「いいえ。こうして“誰かの人生に静かな区切りをつけるお手伝いができる”。

私はそれを誇りに思っています。」


 その笑顔は、どこか達観した僧侶のようでもあった。

でも同時に、深い悲しみを抱えた人のようにも見えた。


「結さん……あなた自身は……誰かに会いたい人、いないんですか?」


 その瞬間、結の瞳がわずかに揺れた。

ほんの一瞬だけ、灯りの色が変わったような錯覚を覚えた。


 だがすぐに、彼は微笑み、首を横に振った。


「灯守は、会いたい人に会うことはできません。

 それが、掟であり……罰でもあります。」


「罰……?」


「ええ。 灯を扱う者は、誰かの死に“介入できてしまう”存在です。

ゆえに、自分の願いを叶えてはいけない。」


 言葉が喉の奥でつかえた。


 結はランタンを持ち上げ、炎を見つめながら静かに言う。


「私は……灯をつなぐことでしか、誰にも触れられない人間です。」


 その表情は、あまりにも孤独だった。


 私は何も言えず、ただ立ち尽くすしかなかった。


 静寂が落ちたトンネルの中で、

橙色の灯だけが細く揺れ、冷えた空気を温めていた。



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― 新着の感想 ―
灯守の役割、素敵ですね。 ジンときました。応援しています。
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