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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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大量の光の粉

 

 朔が料理人衆の序列第一位となってから、二週間ほどが過ぎた頃。


 邪馬台国の宮殿の北側には、かつてない賑わいが生まれていた。


 朔が三つの国の王との外交交渉の末に手に入れた「三宝」──鶏、豚、そして牛──が、彼の手によって設計・建造された、当時の常識を遥かに超えた清潔で機能的な家畜小屋で、驚くべき速さでその数を増やし始めているからである。


 鶏舎けいしゃからは、毎朝、艶やかな卵が産み落とされるようになり、かわいいヒヨコたちがあふれている。


 抜け出して、王宮の前を歩いていたりするのも、いとおかし。


 豚舎とんしゃでは、丸々と太った子豚たちが元気に駆け回り、牛舎ぎゅうしゃでは、力強い牡牛おうしが耕作の訓練を受け、雌牛めうしからは、この国で初めてとなる貴重な牛乳が、毎日搾られていた。


 朔のクラフト能力が付与した「祝福された建造物」の効果は絶大で、動物たちは病一つせず、驚くべき速度で成長し、繁殖していた。


 それは、邪馬台国の未来にとって輝かしい希望の光景だった。

 だがその光が強ければ強いほど、一つの大きな影もまた、色濃く鳴っていた。


 飼料の問題である。


 増え続ける家畜たちの、旺盛な食欲を満たすためには、膨大な量の餌が必要だった。


 当初は、厨房から出る野菜くずや、森で集めた木の実、そして朔が発見した栄養価の高い野草などで賄えていた。


 しかし、家畜の数が増えるにつれ、それだけでは到底追いつかなくなってきたのだ。特に、成長期の子豚や子牛、そして毎日卵を産む鶏たちは、大量の穀物を必要とした。


 国の備蓄からあわひえを回してはいるが、それは本来、民や兵士たちのための食料。このままでは、家畜を養うために、人が飢えるという本末転倒な事態になりかねない。


 朔は、序列第一位の料理長としてだけでなく、この新たな「畜産プロジェクト」の責任者としても、日夜、その解決策に頭を悩ませていた。


「数が増えたら増えたで、問題も出てくる、か……」


 その日も、彼は自らの工房で、様々な穀物や野草を組み合わせた試作飼料を練りながら、深い溜息をついていた。


 その背後には、いつものように、影のようにユズリハが控えている。


 彼女は、朔の苦悩の色を敏感に感じ取りながらも、その思考の邪魔をせぬよう、壁際で静かに立っていた。


「やはり、これだけでは足りない……」


 朔は、呟いた。

 もっと栄養を摂取させないと、せっかくの家畜たちも……。


 そこへ、タケヒコが少し困惑したような、しかしどこか面白がっているような表情で、工房を訪れた。


「サク殿、少々厄介なものが宮殿に運び込まれてな。そなたの知恵を借りたいのだが」


「厄介なもの、ですか?」


 タケヒコは、肩をすくめて言った。


「ああ。先日大陸の使節団が、我が国との友好の証にと大量の贈り物を届けてきたのだが……その中に、見たこともないほど大量の『小麦』の袋が含まれておったのだ」


「小麦が?」


 朔の目が、わずかに輝いた。


「そうだ」


 タケヒコは、溜息をついた。


「絹や銅鏡ならば、いくらあっても良い。だが、小麦だぞ? それも宮殿の穀物倉の一つが、それで埋め尽くされるほどの量だ。我が国では、米や粟ほど重宝されておらぬ、あの二級品の穀物を、一体どうしろというのだ。兵士たちに配るにしても、粉にする手間を考えれば、割に合わん。……姉上も持て余しておられる。何か、有効な使い道はないものか、そなたに相談せよ、と仰せつかったのだ」


 その言葉を聞いた瞬間、朔の中で点と点が、閃光のように繋がった。


 飼料問題の解決策。

 そして、彼自身がずっと実現したいと願っていた、新しい料理への挑戦。


 その両方を可能にする鍵が、今、天から降ってきたのだった。




   ◇◆◇◆◇◆◇




「タケヒコ様。その小麦は私が粉にしますので、ぜひとも料理の素に使わせてください」


 タケヒコが不思議そうな顔ををする。


「料理人のそなたが、どうやって小麦を粉にする?」


 弥生時代においては、石皿の上に、乾燥させた小麦の粒を置き、磨石を石皿の上の小麦に押し付け、前後に擦り動かして、粒を物理的にすり潰していく方法しかなかった。


 想像通り、倉庫一つを埋める小麦を粉にするとしたら、とんでもない時間と労力が必要である。


「それは後で説明します。どうかお願いできませんか」


「そもそも、小麦で米に勝る食事がつくれるのか?」


「勝るとも劣らない、また別の料理になります」


 朔の言葉に、タケヒコが、ほう、と唸る。


「そして差し支えなければ」


 サクはそう前置きして、続ける。


「料理の素を分離して、余った栄養分は家畜の飼料に回させてもらえると、家畜も肥えて繁殖が進み、また違う食糧に生まれ変わります」


 一石二鳥、いや、五鳥くらいになります、と朔は嬉しそうに言う。


「ふむふむ。穀物倉を占拠させておくだけの厄介物がそこまで役立つならば、それは良い用途かもしれぬな」


 タケヒコは顎をさする。


「よし分かった。その小麦の8割はそなたに任せよう」


「ありがとうございます」


 タケヒコは、満足げに頷くと、ユズリハに向き直った。


「ユズリハよ。サク殿のこの新たな計画、しっかりと補佐せよ。必要な人員、道具、場所、全てサク殿の望むままに手配してよい」


「――かしこまりました」


 ユズリハは、静かに、しかし力強く応えた。




   ◇◆◇◆◇◆◇




 朔の工房は、運び込まれた小麦の麻袋で、宝の山と化していた。

 香ばしい、乾いた穀物の匂いが、部屋を満たしている。


 朔は、まず、工房の中央に据えられた、彼がクラフトしておいた「回転式・精密石臼製粉機」の前に立った。


 硬い花崗岩を精密に加工した二つの円盤、それを支える頑丈な木枠、そして、絹織物で作られた、目の粗さが異なる多段式のふるい

 それは、この時代にはありえない、未来の製粉工場のミニチュア版だった。


 だが、この装置の真の心臓部は、工房の外にあった。

 卑弥呼が朔に与えたこの工房は、彼女のお気に入りの庭園の一角、清流が流れ込む場所に建てられていた。


 朔はその流れの一部を工房の脇へと引き込む水路を設計していたのだ。


 その水路の終端には、彼のクラフト能力によって生み出された水車が設置されていた。


 木材と鉄の軸を組み合わせて作られたその水車は、水の流れを受けてゆっくりと、しかし力強く回転し、その回転力は、巧妙に作られた木製の歯車と軸を介して、工房内部の石臼へと伝えられるのだ。


「ユズリハ。兵士たちに水路の門を開き、石臼に小麦を投入し続けるよう命じてくれ。空回しにならないよう、注意してな」


「わかった」


 ユズリハの指示で、兵士たちが水路の木の門を開くと、勢いよく水が流れ込み、水車がギシギシと音を立てながら回り始めた。


 工房内部では、その動きに連動して、巨大な上の石臼が、ゴゴゴゴ……という重々しい音と共に、自動で回転を開始した。


 兵士たちは、ただ、その回転する石臼の中央の穴に、大陸から運ばれてきた小麦の粒を、途切れることなく注ぎ込むだけでよかった。


 石臼の下からは、砕かれた小麦が、まるで砂時計の砂のように、サラサラと流れ出し、自動的に多段式の篩へと送られていく。


 一番上の粗い目の絹布には、軽いふすまだけが残り、風で吹き飛ばされる。下の層へと、胚乳の砕けた粒と、胚芽が落ちていく。


 それは、もはや半自動化された「工場」の光景だった。


「すごいな」


 ユズリハは、その、人の手をほとんど介さずに、膨大な量の小麦が次々と粉へと姿を変えていく様に、改めて朔の知恵の底知れなさを感じていた。


 兵士たちも、こんな楽な仕事でいいんですか、と驚いている。

 彼らは、あの小麦を石皿の上で一日中擦り続けるつもりで来たのである。


 だが、タケヒコの言う通り、倉一つ分の小麦とは、想像を絶する量だった。


 とても一台では回しきれず、回転石臼装置がもう一台増設された。

 が、一週間で、約10分の1の小麦を処理したにとどまった。


 それでも工房には、セモリナ状の胚乳の粒と、きめ細かい小麦粉の混合物が、山のように積み上げられた。


 朔はそこから、超大量のでんぷん水とグルテンを得る。


 でんぷん水は主に飼料に、そしてグルテンは粉となって朔の懐に収まり、今後様々な料理の手助けとなっていくのである。





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