表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/135

骨付きバラ肉煮込み 中編

 

 供物比べ前日の夕刻、朔の調理が始まった。


 彼はまず、猪の骨付きバラ肉(スペアリブ)の塊を、扱いやすい大きさに切り分けた。


 その表面に、自らが作り上げた純白の塩と、粗挽きにした山椒の実、そして、森で摘んできたヨモギ、セリの根などの香草を、力強く擦り込んだ。

 下味、そして臭み消しのためだ。


 次に、自らが鍛えたフライパンを、かまどの強火で、煙が出るほどに熱した。

 そして、そこに、猪自身の背脂から精製した、真っ白なラードを、ひとかけら投入した。


 ――ジュワアアアッ!


 ラードが、瞬時に溶け、香ばしい香りを放ちながら、泡立ち始める。


 朔は、そこに、下味をつけた猪肉の塊を、皮目から叩きつけるように投入した。


 バチバチバチッ!


 凄まじい音と、肉の焼ける香ばしい匂いが厨房全体を支配する。

 朔は肉の表面全体に美しい焼き色がつくまで、丁寧に全ての面を焼き固めていった。


 これは肉汁を内部に閉じ込め、そして何よりも料理に香ばしさとコクを与えるための重要な工程、メイラード反応である。


 肉を焼き終えた鉄板の上には、肉から溶け出した脂と、焦げ付いたうま味(フォン)が残っている。


 朔はそこに、刻んだ野生ネギである野蒜のびるの球根、数種類のキノコ、そして薄切りにした生姜を投入し、弱火でじっくりと炒め始めた。


 野菜の甘みと香りを、丁寧に引き出していく。


 野菜がしんなりとしたところで、朔は、自身が種麹を使って作っていたどぶろくを勢いよく注ぎ入れた。


 ジュワッ!と音を立てて蒸気が上がり、鍋底にこびりついたうま味を、こそげ取るように混ぜ合わせる。


 アルコールが飛び、芳醇な香りが立ったところに、朔が得意とする、猪骨と魚骨を合わせて取った、濃厚な骨の出汁をたっぷりと注ぎ入れた。


 そして、焼き固めた猪肉をその煮汁の中へと戻し入れる。


 最後に、彼が育てている若い「ひしお」を少量と、森で採取した香りの強い木の皮をローリエの代わりに数枚加えた。


 朔はその全てを、先程作り上げた粘土の「理の鼎(ことわりのかなえ)」の中へと移し替えた。


 そして重い粘土の蓋を、鼎にぴたりと嵌め込む。

 さらに、蓋と鼎の隙間を水で練った小麦粉の生地で、まるで封印するかのように、完全に塞いだ。


 これで、内部は、完全な密閉空間となった。


 朔は、その封印された鼎を、厨房で最も大きな炉の、その最も火力が弱い、熾火おきびだけが残る灰の中へと、深く深く埋めた。


 焼き芋の時と同じ、一定温度での調理である。


 目指す温度は、決して沸騰しない絶妙な温度帯、摂氏七十度から八十度。


 朔はその温度を、灰の量と熾火の位置で、まるで生き物でも扱うかのように、繊細にコントロールし始めた。



「サク、それは……?」


 近くで控えていたユズリハが、その奇妙な光景に、思わず問いかけた。鼎を、灰の中に埋めてしまうのは、ユズリハから見るととてつもなく違和感があった。


「これは一定の温度で調理するためなんだ」


 朔は灰を見つめながら、静かに答えた。


「明日の昼まで、このまま眠らせる」


 彼は一晩中ただひたすらに、炉の火を管理し、灰の中の温度を一定に保ち続けた。

 厨房には、他の料理人たちの慌ただしい準備の音とは対照的に、朔の周りだけ時間が止まったかのような、静謐せいひつな空気が流れていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 昼過ぎ、謁見の間で、供物比べの儀式が始まった。


 玉座に座す卑弥呼の前へ、今回は位の低い者から順に、自慢の一皿が運ばれていく。


 なお、今回は重たい肉料理とのことで、奇数の順位の料理人が昼の部門、偶数の順位の料理人が夜の部門に別れている。


 朔の出番は、夜の部門の一番最後となる。


「どうぞご賞味くださいませ」


 他の料理人たちも、それぞれの自信作を献上していく。


 猪肉を叩いて団子にし、出汁で煮含めたもの。

 薄切りにした肉を、珍しい果実と共に蒸し上げたもの。


 どれもが技術の粋を凝らし、猪肉という個性の強い素材をいかに柔らかく、食べやすくするかという点に腐心した、素晴らしい料理だった。


 だが、卑弥呼の反応は、穏やかなものだった。

 言葉で感嘆はすれど、魂を揺さぶられるほどの衝撃は、決してなかった。


「第一位、オシヒト。『猪背肉いのししせにくの香草焼き、木の実のソース添え』にございます」


 オシヒトが捧げたのは、最高級の猪の背肉を、完璧な火入れで焼き上げ、数種類の木の実をすり潰して作った、濃厚なソースを添えた、まさに王道にして、豪華絢爛な一品だった。


 肉は柔らかく、ソースは複雑。

 卑弥呼は、それを一口味わい、満足げに頷いた。


「見事だ。肉の柔らかさと、そなたのソースの繊細さが、よく調和している」


 オシヒトは、今度こそ勝利を確信し、誇らしげに胸を張った。

 どうだ、という顔で朔を見る。


(くく……この木の実ソースにはかなうまい。誰にも教えていない俺の最強レシピだからな)


 だが朔はその視線に気づいてすらいなかった。


 一旦終了となり、夕餉の時間になって、再び供物比べが再開される。

 偶数の位の料理人たちによる献上である。


「気に入って頂けると確信しております」


 夜の部門は意識的にずっしりとした、各人とっておきの肉料理が続く。

 それだけにいずれもロース、もしくはヒレ肉を用いた料理ばかりだった。


「うむ。美味だな」


 卑弥呼は顔には出さず、一口ずつ味わい、すぐに箸を置く。


 彼らが肉の柔らかさに腐心しているのは、口にしていてよくわかる。


 しかし柔らかさは好ましくとも、臭みと、猪肉自体が持つ特有のクセが後味として残ってしまっており、口の中で尾を引く。


 猪肉だからと諦める部分なのかもしれないが、卑弥呼はそれがどうしても気になってしまっていた。


 ソースでぼかそうとしている者もいたが、消しきれないだけでなく、ソースがしつこくなって余計にうるさい。


 猪肉の個性を好ましい形に昇華できている一品は、ひとつもなかった。


(料理人衆の料理でさえこうなのだ。これが猪肉料理の限界ということか……)


 卑弥呼は自分が期待しすぎてしまっていたことを悟る。


 残るは最後の一人、朔の番となった。


「第二位、サク。前へ」


 朔は、一つの大きな、素焼きの皿を捧げ持ち、静かに進み出た。

 彼の背後からは、ユズリハの、静かな、しかし確かな視線が注がれている。


「………」


 卑弥呼が絶句する。


 皿の上に乗っていたのは、ひどく無骨なものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ