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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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対価の三宝 後編

 

「ふむ」


 卑弥呼は、しばらくの間、目を閉じていた。

 彼女は、三人の王の言葉の奥にある、民を思う、偽らざる苦悩を感じ取っていた。


 そして、彼女の脳裏には、あの男の顔が浮かんでいた。


 サク。


 彼が生み出した、あの白き泡の奇跡。

 それは、もはや単なる洗浄料ではない。

 人の命を救い、国のあり方すら変える力を持つ、知恵の結晶。


 やがて、彼女は静かに口を開いた。


「三人の王の民を思う心、確かに聞き届けた。少し時をいただきたい。我が国の賢者と議する必要がある」


 彼女はそう言うと、朔を呼び出すようユズリハに命じた。



 朔は、卑弥呼の私室へと招かれた。

 そこには、卑弥呼とタケヒコ、そしてユズリハがいた。


「サク、相談したい話があるのだ」


 卑弥呼はタケヒコに目配せすると、タケヒコは頷き、先程の謁見の間でのやり取りを、朔に簡潔に説明した。


「……というわけだ、サク殿。三つの国がそなたの石鹸を欲している。出雲は鉄の武具、伊都は金銀財宝、越は未知の宝を対価に、と。これは我らにとってまたとない好機。姉上は、そなたの功績に報いるためにも、この交渉の結末をそなたの判断に委ねたいと、そうお考えだ」


 卑弥呼が、朔の顔をじっと見ている。


「どうだろう。このまま進めて良いだろうか」


 タケヒコはそう言いながらも、朔が鉄か金銀を選ぶだろうと考えていた。

 料理人としての彼の探求心を満たすには、それらが最も直接的な報酬となるはずだったからだ。


 だが朔の頭の中にあったのは、全く別の品々だった。

 朔はその三国を知っている。


 鉄や金銀はありがたいが、飛びつくほどのものではない。

 見つかっていないだけで、おそらくこの邪馬台国にも、それらの鉱脈は眠っている。


 今、その三国に交換条件で求められるなら、そんな使い捨ての「富」ではなく、この国の未来を根底から豊かにする、生きた「恵み」が欲しい。


 出雲の『腐敗の呪い』とやらは、間違いなく傷口の細菌感染だろう。

 石鹸による洗浄は肉眼的汚染を取り除き、除菌もできるから確かに有効だ。


 伊都の『子枯れの病』。赤子の発疹と下痢。

 これも、衛生環境と母子の栄養状態の改善で、大きく変わるはずだ。


 越の『苔むす病』。皮膚の真菌感染症か、あるいは湿疹か。

 これも、石鹸、特に薬効のあるものを加えれば効果が期待できる。


 石鹸はきっと、彼らを救える。

 ならば……。


「陛下」


 朔は意を決して、顔を上げた。

 その目にはいつになく、野心的な光が宿っていた。


「自分としては、この国のために鉄や金銀ではなく、他の品を求めたいところです」


「……何だと?」


 卑弥呼が、興味深げに問い返した。


「ならば、そなたは何を望むのだ」


「その三国にしか存在しない動物を頂戴し、家畜化します」


 朔はその家畜化について具体的に説明したが、卑弥呼たちは眉をひそめ、なかなか納得しなかった。

 経験上、それらの肉を食用にするのは、困難だろうと考えたからである。


 だが朔は辛抱強く説明を繰り返し、問題なく食せるだけでなく、美味でありながら、庶民に安価に栄養価の高いものを与えられるようになることを伝え続けた。


「サク。それが本当に金銀よりも価値があると?」


「はい。自信を持って言えます。安定生産ができるようになれば、その金銀の何倍も潤うでしょう」


「……ふむ……」


「痩せた子供の姿を見ることが、今までより断然少なくなります。どうかお願いします」


 朔は語気を強める。


 朔の知識や腕前を知っていたからこそ、卑弥呼とタケヒコは鉄・金銀を捨て、しぶしぶ納得したのである。




   ◇◆◇◆◇◆◇




「大変お待たせいたしました」


 謁見の間にやってきた朔は、待機していた三人の王の前に、静かにひざまずいた。


「三国の王に、我らが女王陛下に代わり、この私、サクがお答えいたします」


 朔のそのあまりに堂々とした態度に、三人の王は怪訝な顔をしながらも、その言葉に耳を傾けた。


「私が作り上げた『石鹸』は、特別な秘宝などではございません。それは、獣の脂と木の灰。この世界の、どこにでもあるものから、知恵さえあれば、誰にでも生み出すことができる、『ことわり』でございます。その理を、私は三カ国にお伝えいたしましょう」


 その言葉に、三人の王の顔が、ぱっと輝いた。


「おお! まことか!」


「ですが」と朔は、続けた。


「おそれながら「『対価』をいただきたく存じます。それは、金銀でも武具でもございません。私が求めるのは、それぞれの国に棲む獣たち」


 朔は、まず、出雲の王オオクニに向き直った。


「オオクニ様。貴国には、夜明けと共に甲高い声で鳴く、赤い鶏冠とさかの美しい鳥がいると聞き及んでおります。その鳥の、つがいを十組。それが、私の求める対価にございます」


 次に、彼は、伊都の王イタケルに向き直った。


「イタケル様。貴国は、大陸との交易が盛ん。海の向こうには猪にあらずも、猪のような肥えた獣がいると聞きます。その獣のつがいを十組。それが、私の求める対価にございます」


 最後に、彼は、越の国の女王ヌナカワに向き直った。


「ヌナカワ様。貴国の『苔むす病』は、決して穢れではございません。必ず治ります」


「ま、まことか!」


 女王ヌナカワの顔が、喜びに満ち溢れる。


「それは、目に見えぬほどの小さな『カビの種』や『穢れの虫』が、人の肌に根を張り、その力を吸い取っているのです。貴国の山々は湿潤で、その敵が育つのに、あまりに都合が良い。石鹸は、その敵を洗い流す、最高の武器となりましょう。その知恵の対価として、私が求めるのは、貴国が、山の神の化身として、農耕の儀式にのみ用いるという、角を持つ白と黒の獣。その若く元気なつがいを十組」


 鶏、豚、そして、牛。


 朔のあまりに具体的で、奇妙で、そして強欲とも思える要求に、三人の王は、顔を見合わせた。


 どれも自国にとっては、文化の根幹に関わる神聖な生き物たち。


 鉄の武具や金銀財宝よりも、これらの「生き物」を求める。

 この男の真意は、一体どこにあるのか。


「……面白い」と、最初に口を開いたのは、オオクニだった。


 彼は、朔の目をじっと見つめ、その奥にあるものを見極めようとしていた。


「我が国の鉄を求めず、ただの鳥を求めるとは。良いだろう。10組程度なら痛くも痒くもないわ。その程度の対価で、我が兵士たちの命が救えるのならば、安いものだ。約束しよう」


 イタケルも、商人としての計算を働かせた。

 豚は確かに希少だが、民が病に倒れては交易も成り立たない。石鹸の価値は、計り知れない。


「……良かろう。その獣を10組。必ずや、そなたの元へ届けさせよう」


 最後に、ヌナカワが、震える声で言った。


「……病が治る……民が、救われる……。それがまことならば、山の神もお許しくださるでしょう。聖なる獣を10組、謹んで献上いたします」


 こうして、国家間の、前代未聞の取引が、成立した。





   ◇◆◇◆◇◆◇




 朔はその場で、三国が連れてきた、それぞれの国の職人たちを前に、石鹸作りの実演を始めた。


 それは、もはや単なる調理ではなく、化学の講義だった。

 木灰から、危険なほどに濃い「灰の雫(濃縮灰汁)」を作り出す工程。

 獣の脂を、清浄なものに精製する技術。


 そして、二つを混ぜ合わせることで起こる「鹸化けんか」という奇跡の現象。

 職人たちは、その錬金術のような光景に、次第に引き込まれていった。


 さらに朔は、越の国の者たちのためだけに、特別な石鹸の作り方を教えた。

 彼は森で見つけておいた、強い殺菌作用を持つ特定の薬草(ヒノキの葉やヨモギなど)を煮出した汁を、石鹸の材料に練り込むのである。


「この薬草石鹸を使えば、既に根を張った敵をも、弱らせることができるでしょう」


「……なんと……!」


 その特別な配慮は、女王ヌナカワを深く感動させた。


 彼らが、その技術を完全に習得するまでの数日間、宮殿には、約束された「対価」が、続々と運び込まれた。


 出雲の国からは、美しい羽を持つ鶏たちが、精巧な作りの鳥籠に入れられて。

 鳴き声は高らかで、その目は好奇心に輝いていた。


 伊都の国からは、ずんぐりとした体つきの、愛嬌のある豚たちが、頑丈な木の柵に囲われて。

 彼らは、見慣れぬ場所に少し怯えながらも、旺盛な食欲を示した。


「モ~~!」


 そして、越の国からは、厳かな行列と共に、巨大な体躯と、穏やかな瞳を持つ、10頭の若い牛が。


 その、猪よりも大きな姿に、宮殿の人々は息を呑んだ。





次話は12時間後のお昼にアップします。

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