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卑弥呼のシェフ 〜世界大会優勝の料理人、弥生時代で料理無双してたら卑弥呼が私物化しようとしてくる〜  作者: ポルカ


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黄金色の芋 前編

 


 邪馬台国の王宮は、朔が想像していたよりも、遥かに巨大で、そして冷たい場所だった。

 彼にあてがわれたのは、一人で使うには広すぎるほどの、独立した一室。

 床には獣の柔らかな毛皮が敷かれ、夜具は都で最高級とされる麻の織物だった。


 カイナ村の、自分で建てた素朴な家とは比べ物にならないほどの贅沢。

 だが、その部屋には、窓が一つしかなかった。


 外の景色を眺めるためのものではなく、光を取り入れるためだけの、高い位置にある小さな窓。そこから見えるのは、切り取られた空の一部だけ。


 それは、ここが快適な住居であると同時に、決して出ることのできぬ美しい牢獄であることを静かに告げていた。


「おはようございます」


 翌日から、朔の宮仕えが始まった。

 彼が配属されたのは、王宮の上層部の食を司る「大膳職だいぜんしき」。


 そこには、朔を除いて十四人の料理人がいた。

 彼らこそ、国中から選び抜かれた、食の頂点に君臨する「十五料理人衆」。


 そして、その中での序列を示す「位」が、それぞれに与えられていた。

 朔の位は、当然のように、一番下の第十五位である。


(すごいな……さすが王宮といったところか)


 厨房は、彼の予想を遥かに超える規模を誇っていた。


 何頭もの猪を同時に焼ける巨大な炉、二十を超えるかまど、そして、国中から献上された最高級の食材が並ぶ貯蔵庫。

 だがその空間を満たしているのは、活気ではなく、氷のように冷たい緊張感と、序列に縛られた厳格な規律だった。


 そして十四人全員の敵意が、新参者である朔一人に、容赦なく突き刺さった。


 彼らは、女王の気まぐれで突然現れた、素性の知れぬこの男を、仲間とは決して認めていない。


「………」


 当然のように、彼らは一言も朔に話しかけない。

 ただ、侮蔑と猜疑心に満ちた視線を投げかけるだけだ。


 朔に命じられる仕事の内容は、一番下の位の者らしく、薪割りや水汲み、そして誰もが嫌がる獣の内臓の除去といった下働きばかりだった。


 特に、料理人衆の筆頭、第一位の料理長であるオシヒトの敵意は、抜き身の刃のようだった。


 オシヒトは、代々宮廷の食を司ってきた名家の出身で、その腕とプライドは、誰よりも高かった。


 彼は、朔の存在そのものが、自分たちが長年かけて築き上げてきた伝統と秩序を汚すものだと考えていた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 朔が宮仕えを始めて7日目の朝。

 厨房の張り詰めた空気を破って、女王の側近である赤髪の特別侍女・ユズリハが姿を現した。


 彼女の登場に、十四人の料理人たちが一斉に作業の手を止め、深々と頭を下げる。


「女王陛下より、お達しです。本日の夕餉にて、料理人衆の供物比べを執り行います」


 厨房に、緊張が走った。


 来た。

 オシヒトたちの目に、屈辱を晴らすための闘志の炎が燃え上がった。


 こういうお達しは卑弥呼の気分次第で、突然来る。


 しかしこの評価によって、料理人衆の順位が改められることもあるため、常日頃から警戒しておかねばならないのだ。


「今回のお題は『甘きもの』。己が持つ最高の腕と感性で、女王陛下を最も満足させる一皿を作り給え。なお今回は蜜と甘葛あまづらは使わぬこと。恒例の通り、献上の順は位の高い者よりとする」


 そう言い残して、ユズリハが去っていく。


 厨房は水を打ったように静まり返り、次いで、困惑のどよめきが起こっていた。


「蜜と甘葛を使わない、『甘きもの』だって……?」


「ど、どうする……あれなしじゃ甘くなんて……」


 料理人たちが呻く。


 蜜とは蜂の蜜であり、甘葛とは、つたなどから採れる、この国で貴重とされる樹液の蜜を指す。


 この2つが二大甘味料といってよい。


 しかし卑弥呼は、その2つを使わずに甘い一品を作れという。

 それは数多くの手段を封じられ、不可能への挑戦とも感じられた。


 だがオシヒトはひとり、にやりと笑い、部下の料理人に指示を飛ばした。


「蔵にある、最も熟した柿を全て押さえよ! 一番大粒の栗もだ」


 そこで他の料理人たちもはっと気づく。


 そう。

 女王陛下は果実をお求めなのだ。


 蜜と甘葛を使うなというからには、それしかない。


「そうか! その2つを制限されても、我々には果物がある」


「今時期なら……柿か」


「それをどれだけ甘くできるかが、勝負の分かれ目ってことか」


「よし、急げ!」


 他の料理人たちもオシヒトに倣うように、我先にと甘い食材を確保しに走った。


 完熟した果実の甘み、栗のほのかな甘み。

 それらを濃縮し、飾り立て、技の限りを尽くせば、女王を満足させることはできるはずだ。


 そしてあの新参者に、格の違いというものを見せつけてやる。


 14人の料理人たちは皆、そうやって朔を嘲笑うことを考えながら、走り出した。


 厨房は大量の果実や木の実を煮詰めるための、慌ただしい準備で満たされ始める。


(甘きもの……か)


 その中で朔だけが一人、いまだに動かずにいた。

 お題を聞いた瞬間から、朔の頭の中では、さまざまな食材が駆け巡っていた。


 朔は料理人たちが群がる食材には目もくれず、厨房の片隅にある、雑多な野菜が詰め込まれた籠の前にやってきた。


 その中には、泥にまみれた何の変哲もない芋が、ごろごろと転がっていた。


 その雑多な積まれ方を見ればわかる通り、これは王宮内用ではない。

 食欲旺盛な兵士たちの食事のかさを増すために用意されたものである。


「……なにをやってるんだあいつは。時間との勝負なのに」


「やれやれ。初めてだからしょうがないだろ」


 お題についていけない様子の朔を見て、何人かの料理人が失笑し、急ぎ足で横を通り過ぎていった。



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