弥生時代へ
このたびはアクセスいただき、ありがとうございます。
新作始めました。カクヨムにて先行連載しております。
どうぞよろしくお願いいたします。
最初から順に読んでいただく方が毎回のカタルシスは大きくなります。
が、手っ取り早く作品をお楽しみいただきたい方は、七話目「猪骨の白湯汁と根菜団子前編」よりお読みください。
他ジャンプ望まれる方用のおすすめ
第22話~ うなぎの蒲焼 前編・後編
第67話~ きりり!冷生ビール 前編・後編
三国志回
第86話~ 大陸からの使者 前編・後編
第109話 潔い別れ 今後アップ予定
成り上がり中のため、第五部~徐々に出現します。
今後多数予定しておりますので、気長にお待ちいただけますと幸いです。
「日々、楽しみからは縁遠いなぁ……」
その日、朔は心底疲れ果てていた。彼が27歳にして副料理長を務めるミシュラン星付きのレストランは、今日も美食家たちの賞賛と、オーナーの執拗なプレッシャーで満ちていた。
完璧な火入れ、寸分の狂いもない盛り付け、秒単位の提供時間。
すべては客のため、星のため。だが、来る日も来る日もその完璧さを追い求めるほどに、料理を作る純粋な喜びは削り取られていった。
「あんなに料理が楽しくて仕方なかったのにな……」
今思うと、楽しかったのはボキューズ・ドール(Bocuse d'Or)で優勝したところまでだったかな……。
「さて。今日こそ気晴らししないと」
軽めの残業で帰宅できた朔は、シャワーを浴びると、先日購入しておいたVRヘッドセットを装着した。
最新の没入型サバイバルクラフトゲーム『YAYOI ODYSSEY』に初ログインである。
仕事ばかりだったから、フルダイブゲー厶とか初めてやるよ。
ゲームの舞台設定画面が開く。
「時代:縄文」「時代:弥生」「時代:古墳」……。
確か女王卑弥呼って、弥生時代だったかな……。
中学生のころに習ったんだっけ。
朔は彼女の存在になんとなく惹かれて、「弥生時代」を選択した。
(この時代の食材となると、牛もいないだろうから……バターもミルクもなしか)
と、つい料理のことばかり考えてしまう料理バカな自分に苦笑した。
今はゲームをしよう。
(忠告。このゲームはアイテムボックスおよびクラフトが簡素化されていること以外、プレイヤーを優遇する設定はほとんどありません。ご指定された時代に生まれた一市民として、NPCとともにただ生活をするだけのゲームになります。返品は7日以内となります)
「おお、むしろウェルカムだ」
生活系のゲームこそ、癒やし。
ゆったりと楽しみたい朔が待ち望んでいたものだった。
「う。さぶ……」
冷房が効きすぎていた。
通勤で着ていたジャケットが近くにあったので、掴んで羽織る。
「さて、なになに……次は」
史実の再現性 レベル1〜10 (最初は5を推奨)
(レベルが低いほど近代物資が手に入りやすく、生活は容易ですが、リアルさに欠けます。レベルが高いほど、史実に基づいた当時のリアルな生活になります)
これはまぁ、9くらいにしとくか。
リアルな設定が良いけど、あまりにきつすぎるとプレイできなくなりそうだしな。
大丈夫そうなら後で10にしよう。
自分の姿形をベースにしたキャラクターが、何もない森に降り立つイメージ映像が流れ、「ゲームを開始しますか?」の文字が浮かび上がる。
「よし、始めよ………うっ」
朔がコントローラーの決定ボタンを押した、その瞬間。まるで脳の電源をいきなり引き抜かれたかのような、抗いがたい強烈な睡魔が彼を襲った。
ぐらり、と視界が傾き、彼の意識は深い闇へと沈んでいった。
………。
「……ん?」
ツン、と鼻をつく、湿った土と腐葉土の匂い。
頬をなでる、ひんやりとした苔の感触。
遠くで聞こえる、知らない鳥のさえずり。
朔は、目を開ける。
「おお……」
目に飛び込んできたのは、自室の天井ではない。
幾重にも重なった木々の葉。
慌てて体を起こすと、自分が湿った苔の上に横たわっていることに気づく。
「フルダイブってすげー!」
興奮が抑えられない。
あまりにリアルだ。
でもなぜだろうか。
朔は、自分の服装が自室で着ていたジャケットとズボンであることに驚く。
弥生時代のゲーム内なのに、現代の服を着た自分がいていいのか?
フルダイブゲーってこうなのか? 気にし過ぎか?
ログインし直してみるか……ってログアウトできない!?
◇◆◇◆◇◆◇
どうやら朔はゲーム内に囚われてしまったようだった。
「おいおい……ちょっと待ってくれよ」
明日からの仕事どうすんだ。
5分遅刻するだけでも、「ありえない」と言われるレベルのブラック職場なんだが。
「………」
……いや、もうこのさい、ゲームの中でのんびりライフに移るのも悪くないか。
身内らしい身内はもういないし、料理バカで彼女もいなかったし。
ポケットを探り、所持品は夕方の発酵食品メーカーの説明会でもらった試供品の種麹の瓶のみだった。
せめてスマホがあれば時間もわかったのに……。
「で、こっからどうするよ」
もう少しゲームの序盤攻略とか調べておけばよかったなぁと、うなだれた時。
朔の脳内に、今まで経験したことのない、奇妙な感覚が流れ込んできた。
「もしや」
朔は地面に転がっていた握り拳ほどの丸い石を何気なく拾い上げた。すると、その石の表面に淡い光の線が浮かび上がって見える。
「おお……」
それは、設計図のようだった。
別の石で、この角度から、この強さで叩けば、鋭い刃を持つ剥片が生まれる、とわかるのだ。
まるで、ずっと昔から知っていたかのように、その石の加工法が「理解」できた。
まさか。ゲームの能力か?
半信半疑のまま、彼はもう一つ手頃な石を拾い、脳内の設計図が示す通りに、狙いを定めて強く打ち付けた。キン、という硬い音と共に、石の角が見事に砕け散り、一片の鋭利な石の剥片が足元に転がった。
「マジか」
朔は、その剥片を恐る恐る手に取った。
それは石ではあるが、木の皮を削ぎ、獣の皮を切り裂くには十分な、紛れもない「刃物」だった。
続けて、彼は近くに落ちていた手頃な枝を拾う。
すると再び、脳内に設計図が浮かび上がった。枝の先端を裂き、剥片を差し込み、葛の蔓で固く縛り上げる工程が、映像として再生される。
朔はまるで何かに導かれるように、その映像を忠実に再現していった。
不慣れながらも蔓を巧みに操り、刃を枝に固定していく。数分後、朔の手には、一本の「石斧」が握られていた。
「おお……!」
これがクラフト能力なのか。
これならいろいろ手早く作れるし、生き延びられるかも!
「そうだ、ともかく生きなければ」
まず必要なのは、水と、安全な寝床、そして食糧だ。
暗くなる前に急ごう。
朔は川を探すのが最善だと判断し、地形を読んで水が流れそうな方角へと歩き始めた。
石斧を手にしているだけで、なにか安心感があるが、クマとかには気をつけないとな。
料理で勝負はしてくれない。
「ふむ……」
道中、朔は世界大会優勝のシェフの目で、森を観察していた。
シダの一種であるワラビ、野生のネギであるノビル、食べられるキノコ。
朔の知識は、この森が危険なだけの場所ではなく、食材の宝庫であることも教えてくれた。
「お、便利だなこれ」
拾ったものは、アイテムボックスというところに勝手に収容された。
これもゲームの能力なのか。すごいな、詰め込んでも重くない。
「おお、あった」
やがて、せせらぎの音が聞こえ、朔は小さな川にたどり着いた。
川の水をすくって喉の渇きを潤す。
「川魚が見える……イワナか?」
石斧で削り、鋭く尖らせた木の枝を即席の槍として、水面に見える魚影を睨んだ。
だがさすがに投擲で刺さってはくれない。
「弓みたいなものがあれば……」
そう考えると、再び脳内に必要なものがイメージされる。
朔は明滅している好ましい枝を拾い、斧で不要な部分を色付け通りに削る。
植物の茎や葉から【繊維】を取り出してヒモをクラフトし、枝に弦を張る。
簡素ながら弓を作り出すことができた。
「クラフトすげー」
さらに枯れ枝から打ち出しやすいサイズの矢を削り出し、10本ほどこしらえる。
矢頭も矢尻もないが、まあいいだろう。
再び、清流を泳ぐイワナらしきものを狙い、矢を放つ。
何度も失敗を重ねた末、ようやく一匹の小魚を仕留めることに成功する。
「おお、やった」
よかった。
最初の夜でも食糧に困らずに済みそうだ。
陽が傾き、森に藍色の帳が下り始めると、急に気温が下がり、肌寒さを感じた。
鳴き声など獣の気配も濃くなった気がする。
「火がいるな」
暖を取り、獣を遠ざけ、そして何より、この魚を調理するための「火」がほしい。
その瞬間、また、あの不思議な感覚が脳裏をよぎった。
「もしかして、できるのか」
周囲の自然が素材として見え始める。
どの石とどの石を打ち合わせれば、力強い火花が散るのか。どの枯れ葉やキノコが、その小さな火種を喜んで受け入れ、炎へと育てるのか。
朔は火口となる乾燥したキノコのかけらと、火打石に最適な硬い石英を拾い集めた。そして、脳内の設計図が示す角度で、石と石を強く打ち合わせる。
カッ! という鋭い音と共に、鮮やかな火花が散り、狙い通りに火口へと着弾した。
小さな火種は瞬く間に燃え上がり、パチパチと心地よい音を立てる本物の炎へと成長した。
「やった……!」
朔は、燃え盛る炎の暖かさに安堵しながら、仕留めた魚の腹を裂き、身に〆の字のような切込みを入れ、木の枝に刺して丁寧に炙った。
焼き方ひとつでも、料理人のこだわりが出てしまうのは仕方ないか。
じりじりと焼ける皮の香ばしい匂いや滴り落ちる脂が立てる音を聞いていると、こんなのでも料理の楽しさが蘇ってくる。
焼魚に、香ばしく焼いたキノコと野生ネギを軽く焦がし、刻んで添えた。
「うま~」
塩はないが、その一匹は、朔の心と体を芯から温めてくれた。
「うむ。ごちそうさま」
食べたら、寝る準備をしておこう。
植物から「布マント」を2枚クラフトし、包まっておく。
気温はこの時間で20度弱くらいかな。
夜の森の中でこれくらいだから、今はそれなりに暑い時期のようだ。
暖かな炎に守られ、木に寄りかかった姿勢で、朔はそのままうとうとと眠りについた。
何度も目覚めたが、幸いなにかに襲われるということはなかった。
ここ、ゲーム設定上は初心者向けの森なんだろうな。
途中で火が消え、少し肌寒かったが、ジャケットがあったおかげで命拾いしたかも。
◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、朔は改めて決意する。
ここが設定した通り弥生時代なら、どこかに人の集落があるはずだ。
探してみよう。
火や道具は作れても、こんな生活は限界がある。
集落に入れてもらえたら、一気に生活水準を上げることができるし。
朔は川の流れに沿って、ひたすら下流へと歩き続けた。
空腹は木の実やワラビ、キノコ、時には得られた魚でしのぎ、夜は火を焚いて暖を取る。そんなサバイバル生活が2日ほど続いた頃だった。
川が開け、視界が広がったその先。
遠くの空に、細く、しかし真っ直ぐに立ち上る一筋の煙を、朔は見つけた。
煙。
それは、人が火を使っている紛れもない証拠。




