EP.6 バンド名
「いやぁ~武道館とは大きく出たね、シーちゃん」
ポンズがこれでもかという満面の笑みで、シーをからかった。
三人は、路上ライブの後、近くのカフェで打ち上げ的なことをしていた。テーブルには飲みかけのドリンクと、食べかけのケーキが並んでいる。
「ダメやった?」
シーは悪気もなさそうに聞き返す。
「ううん、めっっっちゃ嬉しかった!」
「そ」
シーは、微笑んだ。
「カグラちゃん、本当に初めて人前での演奏だったの?」
ポンズは今度はカグラに向かって、これまた満面の笑みで語りかける。
「え?そうなん?」
シーも驚いて、カグラを見つめた。
「え、いや、そうやけど、ずっとうつむいてて、お客さんの顔、一つも見れてない…」
カグラは照れくさそうにまたうつむいた。
「正直、あんたらにはやられたで。うち、ライブで弦切ったの初めてやし」
シーは以前ポンズが言った「あなたの音楽を持ち上げてみせます」という言葉の意味を理解し始めていた。
「いや~でも、シーのアイドルふりふり衣装、見てみたかったかも~」
さっき、シーからソロデビューのプランの内容を聞いていたポンズはまたシーをからかう。
「やめて」
シーは即座に切り返した。
上機嫌のポンズは話をどんどん進める。
「で、うちらのバンド名、何にする?」
「バンド名?ドラムまだおらんのに…」
シーとカグラが考え込む。
ポンズは適当にそのテンションのまま続ける。
「はい!音楽用語から取るのは?」
ポンズが提案する。
「フォルテッシモとか?」
「そんな歌、昔あった気がする」
「クレッシェンド?」
「徐々に大きくはなりたいけど」
「スタッカート?」
「なんで区切る!?」
シーのダメ出しが続く。
「フェルマ〜〜タ♪」
「もうええ」
「あ、そうだ!」
ポンズがまた思いついたように言う。
「うちらの好きな食べ物から取るのは?ポンズは『ポン酢』、シーは『シーフード』、カグラちゃんは『カレー』で……」
「名前の雰囲気で、勝手に好きな食べ物決めるのやめて」
シーがまたしても即座に却下する。
「カレー好きです」
「カグラちゃん、今は黙って」
「じゃあ、動物の名前は?」
「ピンとこない」
「色の名前とか?」
「ありきたり」
三人はまた考え込んだ。
「ねえ、そもそもバンド名ってどうやって決めるものなの?」
シーがカグラに聞く。
「いや、わ…わたしも全然、有名なバンドはどうだったんやろう?ビートルズってカブトムシの『beetle』なんでしょ?」
「へえ~そうなんや」
「そうそう!あ、待って、それいいかも!」
ポンズが急に立ち上がる。
「虫の名前から取るの?」
「虫は嫌い!」
今度はシーとカグラが同時に却下した。
「う~ん、じゃあ、うちらのイニシャルとって、SKKとか」
「名前の?詩音、奏多、あとひとつのKって何よ?」
「ひど!うちの名前やん、寛奈やん!K、A、N、N、Aよろしく!」
「うっさいな、そうやったっけ。ポンズだからPかと…」
「シーちゃん、意外にいけずやなあ」
「人増えたら一文字増やすん?どっちにしてもあかんわ。野球用具のメーカーみたいやし」
シーがツッコむ。
「それはSSK…」
カグラがボソッとつぶやく。
シーは少し赤くなって、咳払いをした。
「ゴホン。ポンズ、あんたの大好きなポール様のビートルズはどうやって決めたか知らんの?」
ポンズは、そう言われると、祖父や祖父の音楽仲間に教えてもらったことを思い出した。
「えっとね~、由来はよく知らんけど、代わりにこんな話があるんよ。ジョン・レノンのジョークやと思うけど、フレイミング・パイ…燃え盛るパイって意味なんだけど、それに乗った男が、『おまえらはEをAに変えたビートルズだ~』って言ったからつけたんやって」
「は?」
シーは反射的にポンズにそう返したが、
「いや待って…それええやん」
「ええ?ビートルズにするん?」
「なんでよ!大炎上やわ…フレイミング・パイって何か惹かれる…その言葉遊び的な響きが…」
「おお~!」
シーの言葉にポンズもカグラも歓声をあげた。
「それいい!いいよシー!うちらにピッタリや!」
ポンズが興奮気味に賛同する。
「で、でも、すでにそんな名前のバンドありそうよね」
カグラが心配そうに言った。
「うん、確かにポールは自分のアルバム名に使ってるし…」
ポンズのトーンが下がったのを聞いて、
「こうしたら…」
シーはいつも持ち歩いている作詞用のノートを取り出し、ペンでサラサラと書き始めた。
『フレイミングパイ』
「こうやってカタカナ表記で、点とか入れずにそのまま続けて書くの。英語表記にあえてせんかったら、ガールズバンドらしくちょっと可愛くなるやろ」
シーの提案に、ポンズもカグラもうんうん頷いている。カタカナが可愛いかどうかは別として。
「フレイミングパイ…いいかも」
カグラも口に出してみる。
「うん!めっちゃいい!ポール師匠がらみでうちもうれしいし」
ポンズも同意する。
「略称とかやったら。FPとか?」
「それじゃファイナンシャルプランナーみたい」
カグラが苦笑いする。
「何それ?」
ポンズがそんな言葉を知る由もない。
「なんでもないです…」
「フレパイ!」
「なんかやらしい」
何故か胸を押さえて却下するシー。三人でああでもない、こうでもないと言い合っていると、隣のテーブルから若い女性二人組が三人を見ていた。
「あ、あの子たちさっきのライブの子たちだよ」
「特にあのギターの子!歌めっちゃうまかったよね!」
女性二人組は帰り際、三人に声をかけてくれた。
「さっき見てました。応援してますね!」
「あ…ありがとうございます」
シーは頬を赤らめて、笑顔で手を振った。
「ありがとうございましたあ!…あ!フレパ!フレパはどう?」
ポンズも大きな声でお礼をいうが、手を振るシーを見て間髪入れずに提案する。
「フレパ…フレンドパーク…」
「ふれあいパーク…」
「もぉ〜いいやんか」
「わかったわかった、じゃあフレパイで!」
シーはやけくそ気味に言ってしまったせいで、略称を間違った。そしてまた真っ赤になった。
「さっき、やらしいって却下したやんか!」
「間違ったんや!」
「まあまあ」
カグラがなだめる。
ポンズはまた立ち上がった。
「よう立つな」
「決めた!フレイミングパイ!略称はフレパ!、うちらが有名になったらええんや!」
「もし名前に文句言われたら、そん時また考えようか?そんなんで改名したバンド聞いたことあるし」
ようやくポンズ、シー、カグラの意見はまとまり、ここにガールズバンド「フレイミングパイ」の結成となった。
「ようし、今日からうちらは『フレイミングパイ』や!」
ポンズは感激のあまり、涙が出そうになる。
「泣いてんの?」
シーは引き気味に、ポンズの顔を覗く。カグラは心配そうに見つめる。
「うん!だってやっとバンドができる思うと、うれしいもん!」
カグラが静かに言う。
「まだドラマーがおらんよ」
シーが続ける。
「うち、エレキギター持ってへん」
「あ」
ポンズは一瞬で冷静になった。
三人は顔を見合わせ、そして同時に笑い出した。カフェの他の客が振り返るほどの大笑いだった。
「とりあえず、日曜エレキギター見に行こ!」
「うん!」
「ドラマーも探さんと」
三人の新しい挑戦が、ここから始まる。「フレイミングパイ」の物語が、ここに開幕を告げた。
登場人物
フレイミングパイ
・光月寛奈15歳(高1) ポンズ Vo. &Ba.
・真白詩音15歳 シー Vo. &Gt.
・神楽坂奏多15歳(高1) カグラ Gt.




