EP.5 ポンズの挑戦状
ポンズとカグラはスタジオで、シーの楽曲へのアレンジの方向性を変えていた。
シーが作り出す世界観に合うようなアレンジを加え、シーが気持ちよく歌えるようなハーモニーや、ギターリフやベースラインを中心に構想していった全ての考えをぶっ壊した。
そして、二人は好き勝手に競争するように、シーの楽曲の上に自分の音を加えていった。
汗をかきながら、シーのCDの音源を置き去りにして、二人だけの充足感をただただ追い求めていった。
一方、シーは部屋で、レコード会社にもらったデモCDのアレンジされた自分の楽曲を聞いてみた。
全く思いもよらないアレンジで、自分の曲が生まれ変わっている。その出来映えは、素晴らしく、今の若者ならすぐにダンス動画にでもしてSNSに投稿してくれそうな、キラキラしていて楽しく明るくなれる要素が詰め込まれている。
「これがプロの仕事…」
背後にある、芸能事務所やレコード会社、それぞれ分業で色々な人が関わっている。しかも、この曲をアレンジした人は、売れっ子のプロデューサー、わざわざ時間を作ってアレンジしたに違いない。いや、ない時間を使ってアレンジしてもこのクオリティ。その積み重ねで作り上げたスケールの前に、自分のちっぽけさを思い知らされた。しかし…
「自分の音楽を自由にすることって、許されんのかな?」
初めてギターを手にしたとき、誰かの曲を弾くことより、思ったことを詞にして、曲をつけて歌うことで、自分の世界が変わった。
自分の詞と曲で、どんなことも出来たし、どんなところへも行けた気がした。自分の作った世界に、知らない人々が足を止め、自分の音楽を聞くようになった。
技術的にシンプルでも、自分の感情を表現に叩き込み、その時々で空気を変える。同じ曲でも全く同じライブはなかった。前回のライブは歌っただけだった。それは強く感じていた。
でも、このプロのアレンジを聞いていると、自分の音楽が別の次元に昇華されているのも事実だった。多くの人に届けられる力がある。路上ライブだけでは到達できない場所に、自分の音楽を運んでくれる可能性がある。
「でも、これは本当に自分の音楽なんやろうか?」
シーの心は揺れていた。プロの道を選べば、確実に多くの人に自分の音楽を届けられる。でも、その過程で自分らしさを失ってしまうかもしれない。
シーはこれではいけないと、今日もまた路上ライブに出かけた。
今日は、アーケード街近くの駅前の広場で準備を始めた。
「こんばんは~」
聞き覚えのある声が背後からした。
「ポンズ…」
「今日は、紹介したい人がいます~」
「あ、キミは!」
「か、神楽坂奏多です。ポンズちゃんにはカグラって呼ばれてます」
「そういえば、ギター背負って来てたよね」
以前、ポンズとのライブの後にCDを買っていったカグラのことを覚えていたシーは、ポンズに目を向け言った。
「今日もセッションしてくれっての?」
ポンズはニヤッと笑って言った。
「違うよ。今日はうちらからの挑戦状」
「は?」
「シーの曲、好きなように弾かしてもらう。それでどうなろうが今日で最後にする。こないだみたいに腑抜けた演奏してたら、食っちゃうけん」
まさかのポンズの挑戦状に、シーは呆気に取られた。
「…好きにすれば」
しかしシーの口元は緩んでいた。ポンズたちは自分達が持ってきた楽器やアンプの準備をシーの横で始める。
「チェック、チェック、ワンツー、ワンツー、真白詩音で~す!ライブやっていくんで、ぜひ聞いていってくださ~い」
いつものように、シーはマイクチェックと共に、客引きの声を出した。そして、今日のセトリを描いたメモをポンズたちに渡した。
「今日は前に来てくれたポンズと、加えてギタリストのカグラちゃんが来てくれてます。初めて合わせるけどいいもの見られるかもしれませんよ~!」
シーのカウントとともに、1曲目が始まった。ポンズはヘフナーのヴァイオリンベースHCT-500、カグラはIbanezのAZ2402を自分の思うように弾き始める。
シーはその音に負けないように、自分のギター、ヘッドウェイのHMJ-WXに父が取り付けたピックアップのボリュームを上げた。
初めての人前での演奏で緊張したカグラが精彩を欠いたのを感じたポンズは、アイコンタクトでカグラを励ましている。
「カグラちゃんなら、絶対大丈夫!」
ポンズの目を見てうなづいたカグラの音が変わってきた。それに合わせてポンズのフレーズの手数も増えていった。そして、二人が作るプレッシャーが歌っているシーに襲い掛かかってくる。
「こいつら!」
シーの表情が変わる。目は鋭く、口元は笑っている。1本のマイクへコーラスに入ったポンズと目が合う。
「やりやがったな!」
「挑戦状つったやん!」
そう目でお互いへ叫ぶと、間奏部分に入り、カグラがソロを弾き始める。シーの世界とポンズの世界がぶつかり合っているその間からまるで火山が噴火するかの如く、カグラの世界が吹き出してくる。
「キタキタキター!」
ポンズは表情で喜びを爆発させた。カグラはただただ夢中にギターを弾いているだけだが、その丸めた背中から凄みを発している。
「これが、あのオドオドしてた子なん??」
シーはギターをかき鳴らしながら、カグラを凝視するように見つめた。しかし口元は笑っている。
自分の曲なのに支配されてなるものかと、シーに気迫がみなぎってきた。ライブの終盤にはシーは歌詞を叫びながら、アドリブで自分なりのフレーズも弾いてみる。そしてストロークにも力が入る。シーの弦は切れていた。ピックがとんでも、自分の爪でかき鳴らした。
観客は体を左右に揺らし、手拍子や歓声が増えていった。
そして、全ての曲が終わる。肩で息をしている三人を見て観客は呆然としていたが、一呼吸を置いてから大歓声を上げ、拍手喝采。
「すげー!」
「カッケー!」
「何これ~!」
シーは、観客の様子にしばらく圧倒されていた。初めてギターを手にしたときのこと、初めて曲を作った時のこと、初めて路上で歌った時のこと、父の死、高校進学をやめた時のこと、ポンズとの出会い、芸能事務所の人の言葉、デモ音源の変わり果てた自分の曲、そして今日の演奏、これらがぐるぐるシーの頭の中で回りだし、やがてシーは何かが確信に変わったような瞳になった。
そして、シーは不意にマイクを取り、叫んだ。
「ありがとう!うち、この子らとバンドで武道館目指します!!」
その瞬間、ポンズの心臓は高鳴った。そして、全身にブルブルと体が震えるのを感じた。ついにあのシーとバンドが組める!シーはソロデビューではなく、自分との音楽をとった。しかもシーが自ら宣言してくれた。ポンズはカグラとともにシーの世界を変えることに成功したのだ。そして、ポンズが自分のジョンを手に入れた瞬間であった。
「シーーーッ!」
ポンズは感激のあまりシーに抱きついた。
「やめて」
速攻でシーに拒否られた。
シーは、レコード会社のデモ音源では絶対に味わえなかった、生の音楽の力を改めて実感していた。プロのアレンジも素晴らしいが、仲間と作り上げる音楽には、それとは違う魂がこもっている。観客の熱狂的な反応を見て、シーは確信した。自分の音楽は、一人よりも仲間と一緒の方が、もっと多くの人の心に届けられる。そして、それは決して自分らしさを失うことではない。
カグラも、初めて味わった人前での演奏の興奮と、仲間との一体感に包まれていた。これまで一人で部屋にこもって練習していた日々が、この瞬間のためにあったのだと感じた。
「武道館…」
ポンズが憧れ続けたその舞台が、ついに三人の共通の夢となった瞬間だった。
登場人物
・光月寛奈15歳(高1) ポンズ
・真白詩音15歳 シー
・神楽坂奏多15歳(高1) カグラ




