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EP.4 選択の時

 ポンズ(光月寛奈(みつきかんな))は、定期的にカグラ(神楽坂奏多(かぐらざかかなた))と会うようになった。二人で楽器を持ち込み、スタジオで合わせを行ってみた。

 練習の合間には、動画サイトやSNSを見て、シー(真白詩音(ましろしおん))のような、シンガーを探した。

 力強いシンガーを見つけても、県外だったり、東京の路上で名を馳せているような有名人ばかりであった。

「松山を拠点にしとって、しかも同年代でなんて、そうそうおらんよね」

 そう言いながらポンズはスマホを置いた。

 この日、シーのCDの楽曲と、ポンズのささやかなオリジナル曲にカグラのギターを自由に乗せて、演奏してみたが、あの時感じた化学反応は起こらない。

「わたしのギター、つまらない…かな…?」

「そんなことないよ!うちの期待通り。カグラちゃんはすごい!…でも」

 ポンズは真剣な表情で、分析してみせた。

「あれはシーが作ったライブの世界観のせいやと思う。シーは歌い出すと、まるっきり空気変えれるんや。うちらは頭の中で対等に演奏できてたつもりでも、シーの作る雰囲気や世界観に引きずり込まれてるんやと思う」

「確かに。ということはそれって」

「そう、うちらがどんなに小手先のアレンジでシーの曲を飾り付けしても、うちらがあの子の世界観を変えたわけやないんよ」

 二人はスタジオで、シーの楽曲を何度も繰り返し演奏してみた。ポンズはベースラインを変え、カグラは様々なリードフレーズを試してみる。技術的には申し分ない演奏ができている。でも、何かが足りない。

「うちがシーの演奏を聴いたとき、カグラちゃんがうちらの演奏聴いたとき、あの感覚はなんやったんやろう?」

「わたしが聴いたとき……詩音さんの歌声と、ポンズちゃんのアレンジと、それから…」

「それから?」

「観客の人たちの熱気。みんなでひとつの音楽を作ってる感じ。わたし一人で部屋で弾いてるのとは全然違った」

 ポンズは頷いた。確かに、あの路上ライブでの一体感は、スタジオでは再現できない何かがあった。

「やっぱり、シーがおらんとダメなんかな」

「うん…でも、詩音さんはソロでデビューするって言ってたんでしょ?」

 二人は少し落ち込んだ。でも、ポンズはすぐに顔を上げた。

「なんか諦めきれん!シーはほんとにソロでデビューする気なんやろか?もう1回セッションやって本音聞きたい!」

 カグラも小さく頷いた。ポンズはカグラの手を取り言った。

「負けてられんで!自分らの世界観をぶつけんと、シーはうちらには見向きもせんと思う!」


 一方、シーは松山市内にある、ちょっと高級そうなホテルへ、母親と一緒にやってきた。

「こない建物の中に入るんは初めてや」

 母親は少し緊張気味に言った。ラウンジの方で、

「真白さーん」

 と声がした。

 シーをスカウトした芸能事務所の社員と、レコード会社の社員が待機していた。二人とも黒いスーツを着た、いかにも業界人という感じの男性だった。

「あ、これ依頼されていたものです」

 シーは自分の手作りCDを渡した。

「はい、ありがとうございます。動画サイトやSNSに上がっているものをいくつか、確認させてもらいました。将来性のあるシンガーだと思います」

 芸能事務所の男性は、にこやかに言った。でも、その笑顔には営業的な計算が見え隠れしていた。

「ありがとうございます」

「こちらでは、詩音さんをデビューまでプロデュースするにあたって、いくつかのプランがございます」

 レコード会社の男性が、分厚い資料を取り出した。

「まず、デビューまでのスケジュールですが、最短で半年、長くても一年以内にはシングルリリースを予定しています」

「え、そんなに早く?」

「はい。今の音楽業界は動きが早いので、タイミングを逃すと機会を失ってしまいます」

 男性は続けた。

「楽曲に関しては、詩音さんのオリジナル楽曲をベースに、プロの作詞家・作曲家がブラッシュアップします。もちろん、詩音さんの個性は活かしながら、より多くの人に受け入れられるような形に仕上げていきます」

「うち…わたしの曲を、他の人が変えるということですか?」

「そう考えていただかなくて結構です。詩音さんの原石を、より美しくカットするという感じですね」

 シーは少し戸惑った。自分の曲が他人の手によって変えられるということに、漠然とした不安を感じた。

「それから、ビジュアル面ですが」

 芸能事務所の男性が、写真を見せてくれた。可愛らしい衣装、ふわふわとした髪型、アイドルのような笑顔。パステルカラーのギターまで用意している。

「詩音さんの可愛らしさを前面に出して、親しみやすいイメージと、詩音さんの迫力ある楽曲とのギャップで売り出したいと考えています。」

「あの、うち…わたし、まだデビューすると…」

「そうですよね。一応プランを聞いてもらってから決断されるので、全然構いませんよ」

 大人たちは優しい口調で、シーの意思を尊重してくれるような言い方だ。しかしこれから提示するプランを拒めば別の人間を探すことなんて十分わかっている。デビューするならいくつかを妥協してそのプランを飲むしかないのだ。

「最後に、契約に関してですが」

 レコード会社の男性が、契約書の概要を説明し始めた。

「初回契約は3年間。この期間中の楽曲制作、ライブ活動、メディア出演などは全て弊社が管理させていただきます。詩音さんには、決められたスケジュールに従って活動していただくことになります」

「自分で路上ライブとかはできないということですか?」

「基本的には、事務所を通さない活動はご遠慮いただいています。ブランドイメージの管理が必要ですので」

 シーの心に、小さな警報が鳴った。自分の音楽活動が、全て他人にコントロールされてしまう。

「ただし、デビューが成功すれば、相応の収入も見込めます。将来的には、詩音さんの希望も取り入れながら活動していけるでしょう」

 男性たちの説明は続いたが、シーの頭の中は混乱していた。プロになれるチャンス。でも、それは自分の音楽を諦めることと同じなのではないか。

「本日はこの辺りで。ゆっくり考えて、お返事をいただければと思います」

「いつまでに答えればいいですか?」

「来週の金曜日までにお願いします。他にも検討している方がいらっしゃいますので」

 帰り際に、芸能事務所の男性が今思い出したかのような口調で、レコード会社の男性に何か指示するような動きで言った。

「そうだ。よかったらこれ、あの有名なプロデューサーさんが編曲した詩音さんの楽曲のデモです。よく聞いて決断をされたらと思います」

 シーはレコード会社の社員が差し出したCDを手渡され、今日は解散した。

 面談が終わり、ホテルから出て母と二人で歩いた。

「シー、シーの思うとおりでええけん。後悔することだけないようにしたらええんよ」

「でも、契約したらある程度、お金は入るんやろ」

「シー!そんなこと考えんといて!」

「ごめん…」

 シーは母親にそう言われ、本当に自分の意思を大事にしてくれていると思い、感謝した。

 でも同時に、現実的な問題も頭をよぎる。母親が一人で家計を支えている状況で、高校に進学しなかった自分の音楽活動はほとんど収入にならない。プロデビューできれば、少しでも家計の助けになるかもしれない。


 翌日、シーはいつものように、松山のアーケード街に現れ、路上ライブを開始した。

 しかし、今日のシーは明らかに様子が違っていた。いつものように力強いストロークと、力強い歌声、観客を魅きつける表情の豊かさ、それはいつものとおりに見える。

 でも、何かが欠けていた。

 ポンズとカグラが離れて、シーを眺めていた。今日のシーのパフォーマンスから、自分達がどう変わるかのヒントにするために。

 ところが、ポンズもカグラもシーの異変に気がついた。

「カグラちゃん、感じない?」

「うん、スタジオでCDを相手に練習してるときと同じに聞こえる…」

 シーの歌声は確かに美しく、ギターの技術も申し分ない。でも、いつものような魂のこもった演奏ではなかった。まるで、心がここにないような、機械的な演奏に聞こえる。

 観客たちも、いつもと何かが違うことを感じ取っているようだった。拍手はあるが、いつものように熱狂的ではない。

「前はもっとすごかったことない?」

「毎日聞いてると慣れたんかな?」

 観客の後ろを歩く人がそんな会話をしているのが聞こえてくる。

 シー自身も、いつもと違う自分を感じていた。頭の中で、レコード会社の男性たちの言葉が繰り返されている。

「プロの作詞家・作曲家がブラッシュアップします」

「より多くの人に受け入れられるような形に」

「ブランドイメージの管理が必要です」

 歌いながら、シーは考えてしまう。この曲も、プロの手によって「ブラッシュアップ」されるのだろうか。この歌詞も、もっと「受け入れられやすく」変えられてしまうのだろうか。

 そう考えると、今歌っている自分の楽曲が、急に色褪せて感じられた。まるで、もうすぐ失ってしまう大切なもののように。

 シーのライブが終わると、いつものようにファンやシーの演奏に感激した人たちが拍手を送っている。

「シーちゃん!かわいい!」

「シーちゃん!サイコー!」

「シーちゃん!デビューはいつ?」

 固定ファンたちはいつものように声援を送っている。シーは最後の挨拶をする。

「ありがとうございました!わたししっかり自分の音楽でデビューするから、それまで応援お願いします!」

 その言葉を口にしながら、シーは自分でも驚いた。「自分の音楽で」と言ったが、果たして本当にそれが可能なのだろうか。

 その時、ポンズはカグラの手を握りしめた。

「カグラちゃん、うちらのできること、まだありそうやねえ」

 シーの宣言を聞いたポンズとカグラには、確信があった。シーは自分の音楽的世界観を守るために戦おうとしている。でも一人では限界がある。

 今がチャンスかもと、ポンズは思ったが、今日はそっと見守るだけにした。シーが自分なりの答えを見つけるまで、待つ時間も必要だ。

 ポンズとカグラは、シーのライブを最後まで見届けた後、静かにその場を後にした。二人は、シーがプロデビューを前に葛藤の真っ只中にいることを悟った。

 

 その夜、シーは自分の部屋で、レコード会社との面談のことを振り返っていた。

 あのアイドル風の衣装、プロデューサーが用意するという楽曲、そして何より「可愛い容姿と迫力ある楽曲のギャップで売り出したい」という言葉。

「自分の音楽じゃなくなってしまうんやないか…」

 でも同時に、プロデビューのチャンスを逃すわけにはいかないという気持ちもあった。母親は「シーの思うとおりでええけん」と言ってくれているが、家計のことを考えると、このチャンスは貴重すぎる。

 シーは父の形見のヘッドウェイ HMJ-WXを手に取った。このギターで路上ライブを始めてから、どれだけの人が足を止めて聞いてくれただろう。自分の音楽を、自分の言葉を、真っ直ぐに届けることができていた。

「お父さんなら、どう言うやろう」

 父は生前、「音楽は自分の心を表現するものや」といつも言っていた。でも、現実問題として生活もある。音楽で食べていくということの厳しさも、痛いほどわかっている。

 明日、また路上ライブをやってみよう。今の自分の気持ちを確かめるために。そして、自分の音楽がどこに向かっていくべきなのかを見つけるために。

 レコード会社からのプランを受け入れるかどうか、結論を出すのはそれからでも遅くない。

 シーは明日のセットリストを考えながら、静かにギターの弦をつま弾いた。いつものように、自分の想いを音に込めて。



登場人物

光月寛奈みつき かんな15歳(高1) ポンズ

真白詩音ましろ しおん15歳 シー

神楽坂奏多かぐらざか かなた15歳(高1) カグラ


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