EP.42 曲に答える
一月中旬。
フレイミングパイの五人は、松山市内のレコーディングスタジオ「STUDIO T-STEADY」に再びやって来た。
2ndミニアルバムのレコーディング、初日。
朝の光がスタジオのガラス窓に反射して、冬の冷たい空気を温めているようだった。
「おはようございます!」
スタジオの扉を開けると、社長の田中とレコーディングエンジニアの一色が出迎えてくれた。
「おーし、待っとったで。準備はええか?」
田中が笑顔で言った。
「はい!」
五人が声を揃えた。
旭は、スタジオの中を見回した。
壁一面に並ぶアウトボード機材、天井から吊り下げられた複数のマイク、中央に鎮座するミキシングコンソール。
これが、プロのレコーディングスタジオ。
音合わせの時に感じた「小さな火」が、胸の中でまた熱くなった。
「旭ちゃん、緊張しとる?」
ポンズが隣から声をかけた。
「は、はい……少し」
「大丈夫やって。うちらも最初はガチガチやったもん」
「でも、やってみたらすっごく楽しかったよ」
カグラも優しく微笑んだ。
「うん、ライブと同じ気持ちでやればええよ」
シーが言った。
「ライブと同じ……」
旭は頷いた。でも、心のどこかで不安がよぎる。
ライブと言っても、学園祭の時に一度やったきりだし、その気になればその場の勢いで弾ける。
でも、レコーディングは「形に残る」。
失敗は許されない。正しいアレンジをしなければ。
その思いが、旭の肩を少し重くしていた。
◇
「さて、今回は七曲や。前回より二曲多い。何度も言うけど、スケジュールにはゆとりがあるんやけん、じっくりやっていこうや」
田中が説明を始めた。
「打ち合わせでも話したとおり、基本は前回と同じ、ライブレコーディングや。まずバンド全員で一発録り。そこにオーバーダビングで音を重ねていく」
「はい」
「ドラム、今回はクリック聴きながらやけど、ええか?」
「はい、大丈夫です」
レアが頷いた。クリック──メトロノームの音を聴きながらドラムを叩くことで、テンポが安定する。
「よし、ほな準備しよか。まずはポンズちゃんの曲からいこうか」
田中の言葉に、五人はブースに向かった。
◇
レコーディングブースで、五人がスタンバイした。
ボーカルマイクの前にはポンズとシー、中央にはカグラ、ドラムスクリーンの向こうにはレアがドラムの前に座る。
そして、キーボードの前には旭。
ヘッドフォンを装着すると、クリアな音が耳に飛び込んできた。
自分の呼吸の音さえ聞こえるような静寂。
「よし、『サンデーサイクリング』からいくで!」
ポンズがマイクに向かって言った。
コントロールルームから、田中がOKサインを出す。
レアがスティックを鳴らしてカウントを取った。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
演奏が始まった。
ポンズのベースが軽快に跳ねる。カグラのギターが爽やかに響く。シーのコーラスがポンズのボーカルを彩る。レアのドラムが全体を支える。
そして、旭のピアノが加わった。
ポンズは自転車でポスティングのバイトを続けている。そして、自宅からROCK STEADYまで自転車で通っている。
自転車での移動が増えたポンズは、休日の自由な時間で自転車に乗ったときのことを思い出しながらこの曲を作った。
休日の解放感、風を切る爽快さ。旭には、ポンズのイメージがはっきりと見えた。
だから、どんなピアノを弾けばいいかもすぐにわかった。
軽やかに、弾むように。ペダルを踏んで風を感じるように。
演奏が終わると、コントロールルームから拍手が聞こえた。
「一発OK! ええ音や!」
田中の声がヘッドフォンから響いた。
「よっしゃー!」
ポンズが拳を突き上げた。
「旭ちゃんのピアノ、最高やった!」
「ありがとうございます!」
旭は嬉しそうに頬を染めた。
◇
続いて、「夏の終わりに」と「See You」のレコーディング。
どちらもポンズの曲だ。
音合わせの時にアレンジを詰めていたこともあり、スムーズに録音が進んだ。
「夏の終わりに」は、ツアーの楽しさと夏の終わりの寂しさが同居する曲。旭のピアノが、その切なさを見事に表現した。
「See You」は、出会いと別れ、もう一度会おうという歌。もともとカグラがピアノを弾いていたが、旭が加わったことで、カグラはギターに専念できるようになった。旭のピアノとカグラのギターが絡み合い、より豊かなサウンドになった。
「三曲とも一発やな。すごいで」
田中が感心したように言った。
「うち、旭ちゃんとは相性ええな〜、やっぱポンズ同士やからかな?」
ポンズが旭の肩を叩いた。
「ポンズさんの曲、メロディーからイメージがはっきり見えるんです。だから、どんなピアノを弾けばいいか、すぐわかります」
「そうなん? 嬉しいわ〜」
ポンズが満面の笑みを浮かべた。
旭も笑顔で応えた。
この調子でシーさんと神楽坂先輩の曲も……!
◇
午後からは、シーの曲に取りかかった。
「次は『迷子のメロディ』やな」
田中が言った。
シーの曲。答えを探し続ける心を描いた、マイナーコード系のアップテンポな曲。
旭は、音合わせの時に考えたアレンジを思い出しながら、キーボードに指を置いた。
演奏が始まる。
シーの歌声が響く。ポンズのベースが唸る。カグラのギターが空間を彩る。レアのドラムがリズムを刻む。
そして、旭のピアノ。
演奏が終わった。
コントロールルームから、田中の声が聞こえた。
「うん、悪くない。でも詩音ちゃんはどう?」
シーが少し考えてから答えた。
「……悪くないけど、なんか違う」
「違う?」
旭が聞き返した。
「うーん……なんていうか……」
シーは言葉を探すように宙を見つめた。
「ごめん、うまく言えん。悪くはないんよ。でも、なんか……もう一歩、って感じがする」
「もう一歩……」
旭は困惑した。
悪くないけど、違う。その「違い」が、言葉にならない。
「シーさん、どういうピアノがいいですか? もう少し明るい方がいいですか? それとも、もっと抑えた方が……」
「うーん……」
シーは首を傾げた。
「ごめん、わからん。でも、今のは違う気がするんよ」
旭の胸に、小さな焦りが生まれた。
◇
続いて、気分を変えて「サイレントノイズ」のレコーディング。
シーの曲。言葉にできない叫びを描いた、激しいロックナンバー。
旭は、曲の雰囲気に合わせて、力強いピアノを弾いた。
でも、演奏が終わると、シーはまた首を傾げた。
「うーん……悪くはないんやけど……」
「また違いますか……」
旭の声が小さくなった。
「ごめんな、旭ちゃん。うちが言葉にできんのが悪いんや」
「いえ、そんな……」
旭は笑顔を作ったが、心の中では焦りが大きくなっていた。
シーさんの曲は、ポンズさんの曲と違う。イメージが言葉にならない。
どうすればいいんだろう。
◇
そして、カグラの曲「コントラスト」にも着手。
光と影、内側から外側への変化を描いた曲。変拍子が特徴的だ。
「先輩、この曲どういうイメージですか?」
旭はレコーディングの前に、カグラに聞いた。
「うーん……」
カグラは少し困ったような顔をした。
「ギターで弾くとわかるんだけど……言葉だと……」
「言葉だと?」
「うまく説明できないの。ごめんね」
カグラが申し訳なさそうに言った。
「カグラちゃんの曲は、ギターの音色で語るタイプやけん」
レアが横から言った。
「変拍子はうちのアドバイスやけど、世界観はカグちゃんのギターそのものなんよ。言葉で説明するのは難しいんやないかな」
「ギターの音色で語る……」
旭は呟いた。
シーさんは感情で語る。カグラ先輩は音色で語る。どちらも、言葉では説明できない。
ポンズさんの曲はイメージが明快だったから、すぐにわかった。
でも、シーさんと神楽坂先輩の曲は……。
旭は、キーボードの前に座った。
演奏が始まる。
カグラのギターが、独特の音色を響かせる。レアのドラムが、変拍子でリズムを刻む。
旭は、どうピアノを入れればいいかわからなかった。
とりあえず、曲の雰囲気に合わせて弾いてみる。
でも、演奏が終わると、カグラは困ったような顔をした。
「うーん……悪くはないんだけど……」
「また違いますか……」
旭の声が震えた。
「ごめんね、旭ちゃん。私がうまく説明できないのが悪いの」
「いえ……」
旭は俯いた。
ポンズさんの曲はすぐわかるのに、シーさんと神楽坂先輩の曲は全然わからない。
私、何が足りないんだろう。
◇
休憩時間。
旭はコントロールルームの隅で、一人で考え込んでいた。
シーさんに聞いても、神楽坂先輩に聞いても、答えが得られない。
二人とも「悪くはない」と言う。でも「これだ」とは言わない。
何が足りないんだろう。どうすれば正解がわかるんだろう。
「東雲さん、ちょっとええ?」
一色が声をかけてきた。
「あ、はい」
旭は顔を上げた。
「落ち込んどるね」
「……はい。シーさんと神楽坂先輩の曲、うまくいかなくて……」
「言葉で聞いても答えが出んかったやろ?」
「はい……ポンズさんの曲はすぐわかるのに、シーさんと先輩の曲は……」
一色は少し考えてから、言った。
「そりゃそうや。ポンズちゃんはメロディで語るタイプ、詩音ちゃんは感情で語るタイプ、カグラちゃんは音色で語るタイプ。言葉で説明できる人とできん人がおる」
「じゃあ、どうすれば……」
「曲に聞いてみんけん」
「曲に……?」
旭は首を傾げた。
「僕も『オレンジの坂道』の時、詩音ちゃんには何も聞かずにやったよ」
「え? じゃあ、どうやってアレンジを……」
「曲を聴いたんや。何遍も何十遍も。そしたら曲の方から『ここにストリングスが欲しい』って教えてくれた」
「曲の方から……!?」
「そして、自分もこれしかないって思った。まあ、時間がなかったからだいぶ身を削ったけど、詩音ちゃんはその曲の変貌ぶりについて、何も言わなかった。僕のアレンジが詩音ちゃんの想像を超えたからやと自負してる。言葉やなく、曲そのものに聞いてみ。曲が何を言いたいのか、曲に教えてもらうんや」
一色はそう言って、コントロールルームに戻っていった。
旭は、その言葉を噛み締めた。
曲に聞く。曲そのものに。
◇
旭は、スタジオの隅でヘッドフォンを付けて、シーとカグラの曲を何度も聴いた。
歌詞を読み、メロディを追い、コード進行を分析する。
シーの「迷子のメロディ」。答えを探し続ける心。でも、答えが見つからない焦りじゃない。探し続けることそのものに意味がある。そんな曲。
シーの「サイレントノイズ」。言葉にできない叫び。でも、叫びたいのに声が出ない苦しさじゃない。言葉にならないからこそ、音で叫ぶ。そんな曲。
カグラの「コントラスト」。光と影。内側から外側へ。カグラのギターの音色が、暗いところから明るいところへ、少しずつ変化していく。
旭は、少しずつ曲の輪郭が見えてきた気がした。
「わかってきた……かもしれない」
旭は、もう一度レコーディングに臨んだ。
「迷子のメロディ」を録り直す。
シーの感情を意識して、ピアノを弾く。
演奏が終わる。一色はうんうんと頷いているが、シーは言った。
「うん……良くなった。でも、まだ何か……」
旭の心が沈んだ。
曲に聞いた。曲の言いたいことを理解しようとした。
でも、まだ足りない。
何が足りないんだろう……。
一日目は、ポンズの二曲「夏の終わりに」と「See You」を順調に録り終えたが、シーの「迷子のメロディ」「サイレントノイズ」、カグラの「コントラスト」は仮テイクのまま終わった。
◇
二日目、演奏の精度が上がっていくも、シーとカグラのOKは出ない。
イメージが言葉で伝えられない歯痒さを、シーもカグラも感じていた。
そして休憩時間、外の空気を吸ってきますという旭の力ない背中をメンバーたちは見送った。
旭は、スタジオの外のベンチに座って、空を見上げていた。
冬の青空が、どこまでも広がっている。
曲に聞いた。曲の言いたいことを理解しようとした。
でも、「良くなった」けど「これだ」とは言われない。
正解に近づいている気はする。でも、まだ正解じゃない。
何が足りないんだろう。
「旭ちゃん、大丈夫?」
シーが声をかけてきた。
「あ、シーさん……」
旭は慌てて立ち上がろうとしたが、シーは隣に座った。
「ごめんね、悩ませて……でも、旭ちゃんのピアノをただの曲の飾りにしたないんよ、カグちゃんもそうやと思う」
「飾り……」
「旭ちゃん、覚えとる? 学園祭の時の『オレンジの坂道』」
シーの言葉に、旭は顔を上げた。
「学園祭……」
「あの時、旭ちゃんのピアノ、確かにすごかったんよ」
「え……」
「うちの曲に、旭ちゃんの思いがぶつかってきた。正解を弾いたんやない。旭ちゃん自身の音を鳴らしたけん、うちらの心に響いたんや」
旭は、あの日のことを思い出した。
学園祭の体育館。フレイミングパイと一緒に、一枚目のミニアルバムの曲を演奏した。
あの時、正解なんて考えていなかった。
ただ、フレイミングパイの曲が好きで、そのシーの歌に自分の想いを重ねたかっただけ。
「うち、あの時気づいたんよ。この子はうまいだけじゃなくって持ってるものがあるって」
「持ってるもの……」
「でも今の旭ちゃんは、考えすぎなんと違う?」
シーの言葉が、旭の胸に刺さった。
考えすぎ。正解を探そうとしすぎ。
あの時の私は、正解なんて探していなかった。
◇
「旭ちゃん、うちらがシーをこのバンドに引き込んだ時の話、聞いたことある?」
ポンズが近づいてきて、言った。
「そういえば、ファイナルの公開収録でそんな話をしてましたよね……」
「うん、その時な、うちとカグラちゃんで、シーの路上ライブに押しかけて、シーの曲をめちゃくちゃにしたんよ」
「え?」
旭は驚いて、ポンズを見た。
「ああ〜、あれな」
シーが思い出しながら、苦笑している。
「シーの曲に、自分たちの好きなように音を足して……シーの意図なんて考えずに」
カグラも加わった。
「私も、あの時シーちゃんの曲がすごく好きになった。でも、ポンズちゃんがシーちゃんの曲にただ飾り付けをするだけだったら、シーちゃんはこっちを振り向いてくれないって言ったの。だから私たちがどうその曲を受け取ったか、自分のギターで答えようとしたの」
「自分のギターで……答える……」
「そしたらシーが『このメンバーで武道館目指す!』って」
ポンズが続けた。
「うちらが好き勝手やったことで、シーの音楽っていうか、世界が変わったんよ。それがきっかけで、シーはバンドに入ることを決めてくれた」
「好き勝手に……」
旭は呟いた。
「旭ちゃん、シーの曲の正解を探そうとしてない?」
ポンズが旭の目を見て言った。
「でもな、バンドってそういうもんやないと思う。正解を探すんやなくて、自分らの音をぶつけ合うんや」
「私たちは、シーちゃんの曲に自分の世界観をぶつけた」
カグラが言った。
「旭ちゃんも、自分の音をぶつけていいんだよ」
シーが頷いた。
「旭ちゃんは、学園祭の時、それができとったんよ。あの時の旭ちゃんを思い出して」
そう言い残し、三人はスタジオへ戻っていった。旭はそれを目で追っていると、何かがほっぺたに触れた。
「冷た!」
振り返ると、レアがにっこり微笑んでいる。レアは冷たいペットボトルの清涼飲料水を旭に差し出して言った。
「どんな弾き方になっても、うちが全部受け止めたる。安心し」
旭はペットボトルを受け取ると一気に飲み干し、気持ちを新たに入れ替えた。
◇
旭はスタジオに戻りながら、三人の言葉を噛み締めた。
正解を探していた。曲が求める正解を。
でも、学園祭の時の私は、正解なんて探していなかった。
ただ、シーの歌に、自分の想いを重ねたかった。
それが、シーの心に響いた。
アレンジャーとして正解を出そうとしていた。
でも、私はアレンジャーである前に、フレイミングパイの一員になりたかったんだ。
旭はブースのドアを開けた。
「もう一度、弾かせてください」
シーが微笑んだ。
「うん。待っとったよ」
◇
レコーディングブースに戻った旭は、キーボードの前に座った。
今度は、正解を探さない。
シーの曲に、自分の音をぶつける。
「迷子のメロディ」。
答えを探し続ける心。
私も、今まさに答えを探していた。だから、この曲の気持ちがわかる。
でも、答えは外にあるんじゃない。自分の中にある。
旭は、自分の想いを込めてピアノを弾いた。さっきまで迷子だった。でも私はここにいる!
演奏が終わった。
シーが目を見開いた。
「……これや」
「え……」
「これがうちの欲しかった音や。旭ちゃんの音が、うちの曲に答えてくれとる」
旭の目に、涙が滲んだ。
「続けてサイレントノイズもいこう!」
田中の声が響いた。
「サイレントノイズ」。
言葉にできない叫び。
私も、言葉にできなかった。どうすればいいかわからなくて、苦しかった。
でも、言葉にならないからこそ、音で叫ぶ。
旭は、自分の叫びをピアノに込めた。
演奏が終わると、シーが拳を握った。
「最高や……!」
◇
そして、カグラの「コントラスト」。
旭は、カグラのギターを聴いた。
暗いところから明るいところへ。内側から外側へ。
カグラは、言葉では説明できない。でも、ギターで語っている。
なら、私はピアノで答えよう。
カグラのギターが暗い音色を響かせる時、旭のピアノは寄り添うように低音を鳴らした。
カグラのギターが明るい音色に変わる時、旭のピアノは高音で光を差し込んだ。
レアの変拍子が、二人の音を繋いでいく。
演奏が終わった。
カグラが、目を潤ませていた。
「私のギターと、旭ちゃんのピアノが……会話してるみたい」
「先輩……」
「ありがとう、旭ちゃん。私、言葉で説明できなくて、ずっと申し訳なかったの。でも、旭ちゃんは私のギターを聴いて、答えてくれた」
旭は、涙を拭いた。
「私こそ、ありがとうございます。先輩のギターに、答えられて嬉しいです」
◇
三日目。
残りのバラード曲のレコーディングが始まった。
「雨と交叉路」。
シーの壮大なバラード。別れと再会の希望を歌った曲。
旭は、もう迷わなかった。
学園祭の時の「オレンジの坂道」と同じ気持ちで弾く。
あの時、シーの歌に自分の想いを重ねた。
今度は、もっと深く。フレイミングパイの一員として。
雨の雫が落ちるようなアルペジオ。一粒ずつ落ちる雨が、だんだん重なっていく。
別れの悲しみと、再会を信じる希望。
旭は、自分の想いをピアノに込めた。
再会への希望に、フレイミングパイと出会えた喜びをぶつけた。
一緒に音楽ができる幸せ。そして、これからも一緒にいたいという願い。
演奏が終わった時、スタジオには静寂が広がった。
そして、コントロールルームから拍手が起きた。
「素晴らしい……」
田中が感嘆の声を漏らした。
「前回よりさらに進化しとるな。五人のバンドになっとる」
一色が旭に向かって言った。
「旭ちゃん、曲に聞くだけやなく、曲に答えられるようになったな」
旭は頷いた。
「一色さんのおかげです。曲に聞くことを教えてもらいました」
「でも、答えたんは旭ちゃん自身の音や。それは誰にも教えられん」
シーが旭の肩に手を置いた。
「学園祭の時の旭ちゃんが帰ってきたな」
「はい……いえ、あの時よりももっと……フレイミングパイのことがわかった気がします」
◇
七日間のレコーディングが終わった。
七曲全てのレコーディングが完了し、あとはミックスダウンとマスタリングを残すのみ。
スタジオの外に出ると、夕暮れが松山の街を染めていた。
オレンジ色の空が、五人の充実した日々を祝福しているようだった。
「お疲れ様でした!」
五人が声を揃えた。
「いやあ、ええアルバムになるで。楽しみにしといてな」
田中が笑顔で言った。
「ありがとうございました!」
五人は深々とお辞儀をした。
「旭ちゃん」
一色が声をかけた。
「はい」
「また一緒に仕事できるの、楽しみにしとるよ。ええアレンジャーになれるよ」
「ありがとうございます。でも……」
旭は少し考えてから、言った。
「私、アレンジャーになりたいって、ずっと思ってました。でも、それだけじゃダメだったんです」
「ほう?」
「初めてフレイミングパイと演奏した時、私アレンジャーじゃなかった。ただ、フレイミングパイの一員になりたかっただけ。その気持ちを忘れてました」
一色は微笑んだ。
「うん、アレンジャーは技術だけやない。そのバンド、その音楽を愛する気持ちが一番大事やけん」
「はい」
旭は頷いた。そして、四人の方を向いた。
「私、アレンジャーである前に、フレイミングパイの一員でいたいです」
シーが旭の手を取った。
「何言うてんの、旭ちゃんは、もうフレイミングパイの一員やろ」
旭の目に、涙が溢れた。
「……はい!」
ポンズが旭の背中を叩いた。
「よっしゃ、2ndアルバム完成や! 次はサヌキロックフェス!」
「おー!」
五人の声が、夕暮れの空に響いた。
オレンジ色の光の中、五人は笑顔で並んで歩き始めた。
新しい仲間を迎えて、フレイミングパイは進化した。
そして、新たなステージへと向かっていく。




