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PONZ! ~ポール・マッカートニー大好きっ子が、路上ライブのシンガー、内気な天才ギタリスト、アクセ好きドラマーとバンドを組んだ話~  作者: 文月(あやつき)
第3部

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43/45

EP.40 松山ファイナル(後編)

 オープニングの数曲を全力で演奏し終えた四人は、まだ熱気の残る客席を見渡した。

 四百人の観客が、息を弾ませている。額に汗を浮かべ、目を輝かせ、次の展開を待っている。

 シーがマイクに向かって息を整えた。心臓がまだ早鳴りしている。でも、それは緊張ではなく、高揚だった。

「みんな、ありがとう! 今日は特別なライブです!」

 歓声が上がる。四百人の声が、地下のライブホールを揺らした。壁が震えるほどの熱量だ。

「まずは第1部、ラジオ番組『フレイミングパイのシーポンカグレア』の公開収録でーす!」

 客席から「おおー!」「待ってました!」と声が上がった。ラジオのリスナーも多いのだろう。

 スタッフがステージにソファとテーブルを運び込む。四人が座ると、普段のライブとは違う、リラックスした雰囲気が生まれた。ポンズたちは少し肩の力を抜いて、ソファに身を預けた。

 そしてステージには、番組で進行をしてくれるFMマツヤマ放送局の近藤エリカが、颯爽と登場した。リハーサルの時と同じ、デニムにニットのカジュアルな格好だ。

「皆さーん、こんにちはー! さあ、始めましょう! フレイミングパイの………」

 近藤が手を振りながら煽ると、フレイミングパイのメンバーと客席が声を揃えて叫んだ。

「シーポンカグレア!!」

 会場が一体になる瞬間。ラジオでは味わえない、生の熱気がそこにあった。

 間髪入れずに近藤が続ける。

「中四国ツアー報告会!」

 拍手喝采とともに、コーナーが始まる。ラジオでもお馴染みの、軽快な進行だ。近藤の明るい声が、会場の空気をさらに温めていく。


          ◇


 近藤が話題を振り始める。

「まずは香川編から!」

 その言葉だけで、客席からクスクスと笑い声が漏れた。ラジオで聴いて知っている人も多いのだろう。

 ポンズが先陣を切って喋り始める。身振り手振りを交えながら、いつもの調子で。

「香川といえば……うちが置き去りにされた事件やな」

 客席から笑いが起きた。待ってましたとばかりに。

「クルマの後ろの方で寝とったんよ。サービスエリア停まってるの気づいて起きたら誰もいなくて。それでトイレ行って戻ったら、クルマがないんよ。スマホも財布も全部クルマの中。マジで焦った」

 ポンズの表情が、当時の焦りを再現するように変わる。客席から「えー!」という声が上がった。

「最終的にヒッチハイクしようとしてたんやろ?」

 レアがツッコむと、会場がどっと沸いた。

「そう、最終手段や思て、トラックのおじさんたちに片っ端から声かけようと思ったら、たまたま高松行く途中のファンの人が見つけてくれて……ほんまに助かったんです。ありがとうございました!」

 ポンズが客席に向かって深々と頭を下げた。

「その方、今日も来てくれてるね!」

 シーが客席を指すと、前方にいた美咲が真っ赤になって手を振った。周りの観客も美咲の方を見て、温かい拍手が起きた。美咲は恥ずかしそうに俯きながらも、嬉しそうに笑っていた。

「あとやっぱり、高松のガールズバンド『わたしのぜんぶ』と仲良くなったのがいい思い出やわ」

 レアが言うと、客席から「わたぜん!?」という声が飛んだ。

「めっちゃ可愛くて、音楽はすごい迫力でカッコよかったね。一緒に遊びにも行けたし」

と、カグラも同調した。目を細めて、懐かしそうに。

「次は高知編!」

 近藤の合図で、ポンズがすかさず答える。

「高知で出会ったのは、地元のアイドルさんの『カワウソ40010』さん」

「ああ〜」

 シーが苦笑して相槌すると、客席からも「知ってる!」という声が上がった。

「シー、気に入られて、衣装着てみてーって、絡まれてたな」

と、ポンズがニヤニヤしながら言った。

「めっちゃ拒否ってたな。着てみたらよかったのに」

と、レアが言うと、カグラまで

「似合うと思うよシーちゃんは」

と、言う始末。観客席から「見たい〜」「シーちゃんのアイドル姿!」と声が上がる。

「やめて」

 ついに、シーの一刀両断は観客席に向けられた。客席は爆笑しながらも、「出た!」「やめて!」と歓声を上げた。

「高知といえば、あれ、ホエールウォッチング……」

 シーが強引に話題を変えた。

「ああ、あれは……全員やられたな」

 レアが遠い目をした。

「太平洋の荒波で、うちら全員船酔い。船の上でグッタリしてた」

「クジラは見れたん?」

 近藤が四人に尋ねた。

「見れた! クジラが出た瞬間、みんな船酔い忘れてスマホ納めたもん。さっきオープニングの映像にもあったでしょ。でも、その直後、みんなエチケット袋持ったまま無言やった……」

 ポンズの言葉に、また笑いが起きた。

「では、徳島行ってみましょう!」

「徳島では、星野嶺音さんのラジオにゲストで出たよね」

 シーが続ける。

「星野さんは、東京大手事務所スターライトのアイドルさん、東京で活動して、大学行って、徳島でラジオ番組持ってる……すごいなって思った」

「そう、それで星野さんの勧めで阿波踊り体験したんよね」

と、ポンズが言うと、シーが続けて言った。

「カグちゃん、背が高いからめっちゃサマになってた」

「ええ〜? そうかな……」

 カグラは照れくさそうに俯いた。

「そして、かずら橋やんな」

「あー……」

 シーとレアの顔が曇った。二人同時にため息をつく姿に、客席から笑いが漏れた。

「シーとレアちゃん、あんなに高いとこ苦手やとは思わんかったな」

 ポンズがニヤニヤしながら言った。

「意外な二人やろ……どっちか言うたらステージではこの二人が一番堂々としてるのに」

 客席から「確かに!」「ギャップ!」と声が飛ぶ。シーとレアは恥ずかしそうに顔を見合わせた。

「かずら橋って、蔓で編んだ吊り橋なんですけど、足元スカスカで下の川が見えるんですよ」

 カグラが説明すると、客席から「えー」「怖そう」という声が上がった。

「シーとレアちゃん、うちとカグちゃんの腕にしがみついて離さへんかったんよ」

「離さんといて!って叫んどったよね」

「もうええて!」

 シーとレアが同時に叫び、会場は爆笑の渦に包まれた。前列の観客は涙を流して笑っている。

「それから、十一月の広島まで、間が空きましたけど、みんな東京に行ったんですってね?」

 近藤が尋ねると、ポンズが元気よく答える。

「東京! オアシスのライブ行ってきました!」

 客席から、驚きの声と拍手が上がる。「いいな!」「羨ましい!」という声も。

「そう、東京は……オアシスのライブ」

 シーの声が、少しトーンが変わった。さっきまでの笑いの空気から、一転して真剣な雰囲気になる。

「東京ドームで、オアシスのライブを見て……帰りに武道館の前に立って……あの時、うちら四人で誓ったんよ。絶対武道館に立つって」

 会場が静まった。四百人が、シーの言葉に耳を傾けている。

「今日のオープニング映像の最後、武道館の前に立つうちらの背中が映ったでしょ? あの日のことを、忘れたくなくて」

 シーの言葉に、客席から大きな拍手が起きた。「頑張って!」「応援してる!」という声が飛ぶ。シーは少し照れくさそうに、でも嬉しそうに頷いた。

「おとぼけビ〜バ〜さんにみたいに…」

「むりやって」

 ポンズが口を挟むと、即座にシーとレアが切り捨てた。

「続いて広島〜」

「広島はお好み焼きやな」

 ポンズが明るい声で話し始める。

「広島風と関西風、どっちが美味しいかって話になってな」

「結論は?」

「どっちも美味しい!」

「それな!」

 会場から笑いと拍手が起きた。

「宮島では鹿に追いかけられたよね」

 シーはカグラに向かって、話を振る。

「カグちゃんとレア、逃げ回ってたな」

「囲まれたんやもんな……」

 レアとカグラが困った顔をすると、また笑いが起きた。

「広島では、インディーズバンドの先輩方、GANJYUさんとハルカゼさんに出会ったな。みんな優しかった〜」

 ポンズがそう切り出すと、

「自分たちをどう伝えるかって、色々アドバイスもらったな〜」

と、レアが懐かしそうに答えた。

「そして、県外最後は淡路ですね」

「淡路は、観覧車と渦の道やな」

 ポンズが言った。

「また高いところの話か……」

 シーがため息をついた。

「観覧車でポンズが立ち上がった時、シーが『動くな揺れる!』って叫んだんよ」

「ゴンドラ乗ってるだけやったら大丈夫やったのに、急に動くからや!」

「渦の道のガラス床も、シーとレアちゃんだけ避けて通ってたよね」

「足元スケスケやったら、誰でも怖いやろ……」

 シーとレアの抗議を、会場は笑いで包んだ。

「FAT MAMAのオーナーさんのハグも強烈やったな」

「あれは……息ができへんかった……」

 レアが首を押さえながら言った。その表情があまりにリアルで、客席から笑いが漏れる。

「こ〜んな大きな人で」

 ポンズがほっぺたを膨らませながら、両手を広げて言うと、客席はまた爆笑する。ポンズの全身を使った表現に、前列の観客は身を乗り出して見ていた。

「ラジオでゼスチャーすんなって……」

 シーが突っ込むが、その声も笑いに紛れている。

「でも、いい人やったよね。『心のこもった曲が好き』って言ってくれて」

 カグラがしみじみと言った。

「うん。また行きたいな、淡路も」

 シーが微笑んだ。ツアーの思い出が、一つ一つ蘇ってくる。


          ◇


「さあ、続いては! 『教えてポンズ先生』のコーナー!」

 近藤の声に、客席から歓声が上がった。ラジオの人気コーナーだ。

 ポンズが立ち上がった。胸を張って、先生らしく振る舞おうとしている。

「ラジオでお馴染み、みんなからの質問に答えていきます!」

 スタッフが質問の書かれたカードを持ってきた。ポンズがカードを受け取り、大げさに咳払いをする。

「えーと、最初の質問です。ラジオネーム、キラキラ味ポンさん、『バンド結成のきっかけを教えてください』」

「あ、真面目な質問……」

 シーがほっと胸を撫で下ろした。客席から笑いが起きる。どんな質問が来るか、戦々恐々としていたのが伝わったのだろう。

「じゃあ、うちから。最初は一人で路上ライブやってたんよ。松山の大街道とか銀天街とか。ギター一本で、オリジナル曲を歌ってた」

「その頃から見てくれてたみんな、今日も来てくれてる」

「うん。で、ある日、路上ライブの後、突然声かけられたんよ『バンドやりませんか?』って」

「それがうちです」

 ポンズが胸を張った。

「路上でシーの歌声聴いて、一発で惚れたんよ。この子とバンドやりたいって」

「普通、バンドやってる人が、一緒にやろう言うて誘ってくれるのはわかるけど、自分も一人やったやん」

「あの日、バンドメンバー集めよう思って大街道彷徨いよったんよ」

「それで、いきなりうちに声かけてくるって、最初は警戒したもん」

「でも、このうちの人懐っこさのおかげでフレイミングパイは誕生したんよ」

「それは認めるけど」

 シーが素直に頷いた。

「で、カグラちゃんは?」

 近藤も進行を続けている。

「うちが、追いかけて声かけた」

 ポンズが嬉しそうに言った。

「私は、シーちゃんとポンズちゃんの路上ライブを見て感動したけど、声をかけられなかったんです」

 カグラがおっとりと答えた。

「全くポンズと反対やん」

 レアが笑う。

「あの時、シーはまだ渋ってたんよ。で、カグラちゃん追いかけて誘って、二人でもう一回シーのとこ行ったんよね」

「二人の押しかけセッションが決め手やったな。カグちゃんの最初の演奏聴いた時、びっくりしたもんな」

「えへへ」

「レアちゃんは?」

「うちは……まあ、いろいろバンドを掛け持ちでわたり歩いてたんよ」

 レアが照れくさそうに言った。

「あるバンドの助っ人の時、そのバンドのライブに、この子ら三人がゲストで出演したんよ。三人とも組んだところでちょうどドラム探しよったみたいで……」

「その時、レアのドラム、ずっと見てたんよ。パワフルやし、しっかり全体を導いてくれるような……絶対うちらに必要やって思ってた」

「シー……」

「だから煽った。誘うんやなくて、こっちで叩きたくなるように、みんなで仕向けるような演奏を目の前でしたん」

「覚えてる。うちらの後ろ空いてますよって、見事にはまったけど」

 レアが笑いながら答えると、会場から温かい拍手が起きた。


「これでバンドが誕生したんですね。いい話じゃないですか。次の質問! ラジオネーム シーポンポンさん、『ポンズ先生、教えてください。シーちゃんと付き合っているんですか?』」

 客席がざわめいた。「きた!」「シーポンズ!」という声が飛ぶ。

「はい!」

「おい!」

 ポンズが元気よく答えると、電光石火でシーが突っ込んだ。会場は爆笑。

「どう言う意味で?バンドとしてならそうやろうけど……」

「ええ?どっちでも、うちらは一心同体やーん?」

 ポンズがニヤニヤしている。シーの顔が赤くなっていくのが、ステージの照明に照らされてよく見えた。

「やめて」

 客席から拍手が起きる。もう、「やめて」で拍手が起こるようになっている。シーの定番フレーズが、ファンの間で愛されている証拠だ。

「でも……」

「……?」

 シーの声のトーンが変わった。会場が静まる。

「うちの世界が変わったんは確かや」

「シー……」

 ポンズの目が、少し潤んだ。

「ポンズだけやないよ、カグちゃんにも、レアにも、うちの音楽をどんどん引き上げてもらった。自分のためだけに作ってた曲も、今はバンドのため、聴いてくれるみんなと楽しむためっていうのが増えた」

 客席から、静かな拍手が起きた。シーの素直な言葉に、心を打たれた人が多いのだろう。

「シー……」

「はいストップ」

 シーは、ポンズ、カグラ、レアが歩み寄ってきたのを察知して、そう言ったが遅かった。

「シー!」

「うわ!」

 三人はシーを取り囲んで、ギューッと抱きしめた。シーは照れくさそうに身をよじるが、逃げられない。

 会場は、口笛やヒューヒューといった声が飛び、拍手喝采だった。

「いやあ、皆さん、いいものを見せてもらいましたね! 次は質問じゃないですね…『シー、レアちゃん、高所恐怖症克服計画を実行しましょう!』」

「……は?」

 シーとレアが同時に即答した。

「おかしいで、それファンの人ちゃうやろ!……ポンズ!」

 勘づいたレアが叫ぶ。

「うわ、速攻でバレたやん。またツアーでいろんなとこ行って、高いとこ登って遊ぼうっていう意味やんか」

「観光はいいけど、高いとこはやっぱり無理」

「潔いな!」

「だって無理やもん……」

「生理的なもんやから……」

 シーとレアの困惑の表情に、会場はまた笑いに包まれた。

「最後の質問にしましょう! ラジオネーム オレンジの細道さん 『フレイミングパイのこれからの目標を教えてください』」

 会場が静まった。最後にふさわしい、真面目な質問だ。

 ポンズがマイクを持った。いつもの明るい表情が、少し引き締まる。

「うちらの目標は、日本武道館でライブをすること。それは変わりません」

 会場がさらに静まった。四百人全員が、ポンズの言葉に耳を傾けている。

「今日、四百人のみんなが来てくれた。去年のうちらには、想像もできへんかったことです。でも、武道館は一万人入る。まだまだ遠い思います」

 四人は客席を見渡した。一人一人の顔が、照明に照らされて見える。シーが続いた。

「でも、諦めません。一歩ずつ、一歩ずつ、近づいていく。それにはやっぱりみんなの力が必要です」

「うん、うちら、めっちゃ頑張るけん、みんな応援してくださーい!」

 ポンズが叫んだ。

 大きな拍手と歓声が、会場を包んだ。「頑張れ!」という声や口笛が響いた。四百人の想いが、ステージに届いている。

「さあ! 第1部はここまで! 三十分の休憩をはさんで第2部は全開ライブの開幕です!」

 近藤は公開収録の締めに入る。その声も、どこか感極まっているように聞こえた。

「それではごきげんよう、フレイミングパイのシーポンカグレア、毎週金曜夜十時半絶賛放送中です」

 最後のお決まりの言葉をポンズが音頭を取る。

「ほんじゃまたね……」

「See You!!」


          ◇


 第2部、ライブパート。

 三十分の休憩を経て、会場の熱気はさらに高まっていた。

 ステージのセッティングが変わり、四人が楽器を構えた。照明が落ち、スポットライトが四人を照らし出す。

「松山ー! まだまだいけるかー!」

 シーが叫ぶと、四百人の歓声が返ってきた。地鳴りのような声だ。そしていつものようにポンズが叫ぶ。

「フレイミングパイ、いっくでええええええ!」

 ポンズのベースが唸り、レアのドラムが炸裂する。

 一曲目、「青空ハイウェイ」。

 疾走感のあるナンバーに、客席が揺れる。手が上がり、声援が飛ぶ。最前列の観客は、もう飛び跳ねていた。

 二曲目、「風のうた」。

 ポップなロックナンバー。サビではフロア全体が一緒に歌っている。四百人の声が、四人の演奏に重なっていく。

 三曲目、カグラ作曲の「Evening Calm」。

 変拍子が特徴的なバラード。カグラのボーカルと、ギターソロに、客席から感嘆の声が漏れた。先ほどまでの熱狂とは違う、静かな感動が会場を満たしていく。

 ライブは、シーのソロコーナーを皮切りに、アコースティックナンバーを次々と演奏していく。

 アコースティックナンバーの締めは「オレンジの坂道」。

 シーが書いたバラード。かけがえのない人と共に歩む歌。客席のあちこちで、涙を拭う姿が見えた。

 終盤、ポンズ作曲の「夏の終わりに」が演奏される。

 ツアーの楽しさと、夏の終わりの寂しさを歌ったバラード。ポンズの歌詞が、客席の心に沁みていく。

 そして「雨と交叉路」。

 シーが書いた、壮大なバラード。夢見る二人が交わり、別れ、再び交わることを信じて歩む歌。

 シーの声が、会場を包む。

 ポンズ、カグラ、レアのコーラスが重なる。

 最後のサビで、客席も一緒に歌い始めた。誰が始めたわけでもなく、自然と声が重なっていく。

 四百人の声が、一つになる。

 会場が、一つの大きな楽器になったようだった。

 曲が終わった瞬間、大きな拍手と歓声が会場を包んだ。余韻が、しばらく消えなかった。

「ありがとう松山! 最高!」

 シーが叫んだ。声が少し震えている。感動を、抑えきれないのだろう。

 バラードで心を込めて曲を贈った後は、一気にボルテージを上げて「フレイミングパイ」。

 バンドのテーマ曲。全員のソロパートがある、ライブの定番の大人気曲だ。

 カグラのギターソロ、シーのハープソロ、ポンズのベースソロ、レアのドラムソロ。

 四人の個性が、一つの曲の中で輝いている。それぞれのソロに、客席から歓声と拍手が送られる。

 客席は総立ちで、手を振り、声を上げ、飛び跳ねていた。後ろの方まで全員が体を揺らしている。

 曲が終わり、四人がステージ前方に並んだ。汗が照明に光っている。

「ありがとう! 中四国ツアー、松山ファイナル! 最高のライブでした!」

 ポンズ、シー、カグラ、レアが深々と頭を下げる。

 四人がステージを去ると、すぐにアンコールの声が上がった。

「アンコール! アンコール!」

 足を踏み鳴らし、手拍子が鳴り響く。四百人の声が、一つになっている。床が揺れるほどの熱量だ。手拍子のリズムが、だんだんと揃っていく。


          ◇


 四人がステージに戻ってきた。

「アンコール、ありがとう!」

 そして、やはりやってきた。愛未がマイクを持ってステージに現れた。

「はーい、ちょっといい? 最後に、いくつかお知らせがありまーす」

「うわーお約束きたー」

 会場は最初笑い声が響いたが、愛未の言葉を待つように静まった。

「まず一つ目。フレイミングパイ、2ndミニアルバムの制作が決定しました!」

 大きな歓声が上がった。

「タイトルはまだ未定やけど、ツアーで作った新曲も入れる予定です。シーとポンズ、かなり作ってるはずよね?」

「うちはバッチリ……のつもり、多分シーにダメ出しされるけど」

「いや、お互い様でしょ。でも、最近はポンズのペース早いよね」

「シーのそばにおるからや。カグラちゃんはどう?」

「……え? あ、あの……数曲はできてて……やっぱり詞に苦戦してる」

「はい、三人とも頑張って作ってもらいましょう。皆さんお楽しみに!」

 愛未の言葉に拍手が鳴り響く。

「そして、二つ目、シーよろしく!」

 シーがカグラの方を見た。目配せをして。

「カグちゃん、ちょっと前に出て」

「え? 私?」

 カグラが不思議そうな顔でステージ前方に歩み出た。何が起こるのかわからず、きょとんとしている。

 その時、袖からヤマケンがケーキを持って登場した。

 ロウソクに火が灯っている。十七本のロウソクが、優しく揺れている。

「え、え?」

 カグラが目を丸くした。両手で口を覆っている。

「カグちゃん、12月24日が誕生日やろ? ちょっと早いけど……」

 シーがマイクを客席に向けた。

「みんな、一緒に歌って!」

 会場全体が、ハッピーバースデーを歌い始めた。

 四百人の声が、カグラを包む。温かく、優しく、力強く。

「ハッピーバースデー、ディア、カグラちゃーん」

「ハッピーバースデー、トゥー、ユー」

 カグラの目から、涙がこぼれた。止まらない。ステージの照明に照らされて、涙がきらきらと光っている。

「みんな……ありがとう……」

 声が震えている。カグラはいつも穏やかで、激しい感情は表に出さないタイプだ。でも今日は嬉しさの感情を溢れ出させた。

 シー、ポンズ、レアがカグラを囲んだ。

「カグちゃん、いつもありがとう。これからもよろしくな」

 シーが優しく言った。

「うん……うん……」

 カグラは泣きながら頷いた。言葉にならない。

「ロウソク、消して!」

 ポンズが促すと、カグラは涙を拭いてから、ふうっとロウソクを吹き消した。

 大きな拍手が起きた。会場中が、カグラの誕生日を祝福していた。


          ◇


「さあ、最後のお知らせ!」

 愛未が改めてマイクを取った。会場には大型ディスプレイが用意された。客席がざわめく。何が映るのか、期待と好奇心が入り混じっている。

「画面をご覧くださーい!」

 ステージ上の画面に、映像が流れ始めた。

 画面に映ったのは、三人の女の子。高松で対バンした「わたしのぜんぶ」のメンバーだった。

 客席から「わたぜん!」「きゃー!」という声が上がった。

「フレイミングパイのみなさん、中四国ツアーお疲れ様でした!完走おめでとうございます!」

 琴音がおっとりとした笑顔で言った。

「『わたしのぜんぶ』わたぜんでーす」

 三人がお辞儀をする。あの日、高松で一緒に過ごした時間が蘇ってくる。

「高松で一緒にライブできたこと、今でも忘れられません。あの日から、わたぜんもすごく頑張ってきました」

 凛が続けた。

「高松にはですね、商店街周辺ライブハウスを会場にして、ライブサーキットイベントを三月にやってるんですよ」

「はい、わたぜんも出演のオファー頂きまして、頑張っていこうと思っています。」

 陽菜が前に出てきた。

「サヌキロックフェスって言って、結構大きなイベントなんですよ〜。二日間で120組以上のアーティストが出演するんで、楽しみなんです〜」

 わたぜんの三人は、にこやかに何か資料ようなものを指を差しながら見ている。

 そして何かに気づいたような小芝居でこちらを一斉に向いて三人同時に言い放つ。

「フレイミングパイも出るやん」

「三月二十一日と二十二日、高松で待っとるよ〜!また会おうね〜!」

 三人が手を振って、映像が終わった。

 客席から大きな歓声が上がった。察しのいいファンは、もう意味を理解している。「まさか!」「サヌキロック!」という声が飛び交う。

 メンバーたちは素っ頓狂な顔をしている。本当に知らなかったのだ。

「は?何?」

「え?うちらも出るん?サヌキなんとか」

 愛未がマイクに向かって発表した。満面の笑みで。

「は〜い、というわけで、来年三月、サヌキロックフェス、出演オファーいただきました!」

 大きな拍手と歓声。会場が揺れる。メンバーたちは顔を見合わせて、信じられないという表情を浮かべている。

「まだまだ私たちは駆け出しですから、無料会場での出演です。ここから少しずつ、大きなステージに行けるようがんばりましょう。あいみょんさんや、マカロニえんぴつさん、yonigeさんも、そこから始まっているんです。みなさん、ぜひ松山からも応援に駆けつけてくださーい!」

 愛未が声をかけると、客席は拍手と歓声で答えた。「行く!」「絶対行く!」という声があちこちから聞こえる。そして、愛未はステージ袖へ引っ込んでいった。

「帰るときはあっさり帰るな」

 シーが苦笑すると、客席から笑いが起きた。

「いや……でも」

「アルバムと、サヌキ…ロックフェス?」

「またたくさんの人に聞いてもらえるチャンスや!」

 四人の顔に、喜びが広がっていく。客席から、たくさんのお祝いの歓声が飛び交っている。

「うん!さあ、最後の曲! みんなで歌おう!」

 ポンズがマイクを取った。声が少し震えている。感動を、抑えきれないのだろう。

「この曲は、出会いと別れ、そしてまた会えることを信じて作った曲です。今日、ここで出会えたみんなと、また会えることを信じて」

 カグラがピアノの前に座り、ポンズがベースを構え、シーとレアも気持ちを入れ直す。四人の目が、一瞬交わった。言葉はなくても、想いは通じている。

「『See You』!」


 イントロが始まった。

 カグラのピアノが、静かに響く。

 ポンズが、静かに歌い始める。

 客席は、じっと聴いている。さっきまでの熱狂が嘘のように、静寂が会場を包んでいた。

 サビに入ると、四百人の声が重なった。

 「See You」は、アウトロで合唱できるバラードだ。

「La La La La……See You!」

 ポンズが書いた歌詞を、会場全体が歌っている。スマホのライトが揺れ、まるで星空のようだ。

 ポンズが歌い、シーが歌い、カグラが歌い、レアが歌う。

 そして、四百人のファンが歌う。

 全員の声が、一つになった。

 ステージと客席の境界が、消えていくようだった。

 最後の音が消えた瞬間、大きな拍手と歓声が会場を包んだ。いつまでも、いつまでも、鳴り止まない拍手。

 四人がステージ前方に並び、深々と頭を下げた。

 ヤマケンがカメラを持ってステージに現れ、客席をバックに四人の写真を撮った。誰もが幸せそうな笑顔だった。

「ありがとう、松山! ほんじゃまたね! See You!」

 ポンズが叫んだ。涙声だった。

「See You!」

 客席から、声が返ってきた。四百人の声が、一つになって。

 

 松山ファイナル。

 中四国ツアーの集大成。

 フレイミングパイの半年間の旅が終わった。そしてその瞬間、新しい一歩が始まるのだ。


          ◇


 ライブ終了後、STMの事務所に戻った一行は、打ち上げを兼ねた振り返りをしていた。

 窓の外には、冬の夜空が広がっている。星がちらちらと瞬いていた。

 テーブルにはピザやお菓子が並び、みんな疲れた顔だが、表情は晴れやかだ。興奮がまだ冷めていない。あちこちで、今日のライブの話が弾んでいる。

「お疲れ様でした!」

 愛未がジュースで乾杯の音頭を取った。

「四百人、完売。中四国ツアー、大成功です!」

「いえーい!」

 四人が声を上げた。グラスを合わせる音が、事務所に響く。

「みんな、本当によく頑張ったね」

 愛未が感慨深げに言った。目が少し潤んでいる。

「5月の香川から始まって、高知、徳島、東京、広島、淡路……そして今日の松山ファイナル。半年間、本当にお疲れ様」

「サトちゃんこそ、ありがとうございます」

 シーが頭を下げた。

「運転も、スケジュール管理も、全部サトちゃんのおかげです」

「ヤマケンさんも!」

 ポンズがヤマケンの方を見た。

「機材の準備とか、動画編集とか、いっつもありがとうございます」

「いや、ボクは趣味でやってるし、バイクに乗るのも好きやし……」

 ヤマケンが照れくさそうに頭を掻くと、レアの方に目をやった。

 レアもそんなヤマケンをチラリと見て、目が合うとすぐに視線を逸らした。頬が少し赤い。

 シーとポンズが、また目配せをした。東京でオアシスのライブを見た時から、二人の間には何かが芽生えている。

 でも、ヤマケンは来年卒業して、就職する。そのことが、レアの心にずっと引っかかっているのだろう。

「年明け、またあそこ行こや!」

 ポンズが明るい声で言った。空気を変えるように。

「初詣?」

 シーが答えた。

「うん!今度は全員で行こうや。雄郡神社」

「芸事の神様のとこだったよね?」

 カグラが首を傾げた。

「そう、天宇受売命(アメノウズメノミコト)を祀っとる神社」

 シーが頷く。

「天宇受売命……天照大御神(アマテラスオオミカミ)を岩戸から出すために踊った神様ね」

 愛未が顎をさすって言った。

「さすがサトちゃん、うち、今年の初め、お願いしたことが今年どんどん叶ったんよ。お礼も兼ねてまた行きたい」

「いいですね! 行きたいです!」

 ポンズとカグラが、意気投合して目を輝かせた。

「じゃあ、元旦に集合やな」

 レアが言った。

「元旦の朝、ここに集合して、車に乗ってみんなで初詣行こう。そして、2ndミニアルバムの相談もしよう」

「はい!」

 愛未の提案に四人の声が揃った。

「来年も、よろしく」

 ポンズがみんなを見回した。シー、カグラ、レア、愛未、ヤマケン。この半年間、一緒に走ってきた仲間たち。

「フレイミングパイ、まだまだこれからや。武道館まで、一緒に走ろう」

「おう!」

「はい!」

「うん!」

 四人は拳を合わせた。その手に、力がこもる。

 窓の外では、冬の星空が静かに輝いていた。


 中四国ツアーが終わり、新しい年が始まろうとしている。

 フレイミングパイの旅は、まだまだ始まったばかりだ。

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