EP.38 FAT MAMA(淡路編)
十一月の第三週、淡路島公演を控えた週の水曜日。
愛未はSTMの事務所で、広島公演の収支をまとめていた。
集客は四十人。赤字ではないが、大きな黒字でもない。でも、先輩バンドとの繋がりができたのは大きな収穫だった。
コンコン、とドアがノックされた。
「はい」
ドアを開けると、オーナーの岩田が制服姿の少女を連れて立っていた。
「愛未ちゃん、お客様」
岩田がそう言うと、少女は深々とお辞儀した。
「あ……佐藤さん、お忙しいところすみません」
美咲だった。制服姿で、少し緊張した面持ちだ。
シーが一人で路上ライブをやっていた頃からのファンで、今ではフレイミングパイの一番の古参ファンと言える存在だ。
マツヤンプロジェクトではイベント担当として交流を持ち、高松公演では、サービスエリアで置き去りになったポンズを連れてきてくれた。
「あら美咲さん? どうしたの? 今日はライブのない日なのに」
「あの……ちょっとお話が……」
美咲が言いよどんでいる。愛未は彼女を事務所の中に招き入れた。岩田はそれを見届けて階下へ降りていった。
小さなソファに座らせ、お茶を出す。
「それで、どうしたの?」
美咲が俯いたまま、鞄からUSBメモリを取り出した。
「あの……シーちゃんの動画のこと、なんですけど」
「動画?」
「路上ライブの動画……結構前から友達と撮ってたんですけど、動画サイトに上げたものがすごい反響で……」
愛未は目を見開いた。
「まさか、あのバズった動画って、美咲ちゃんが?」
「はい……シーちゃんのこと、応援したくて。もっとみんなに知ってほしくて……」
美咲がゆっくりと顔を上げた。その目には涙が滲んでいる。
「勝手なことして……すみませんでした」
愛未は少し驚いたが、すぐに柔らかく微笑んだ。
「いやいや、謝らなくていいよ。ファンの人のそういうのって今じゃ普通じゃないかな。シーだってわかって路上でやってるから」
「え……」
「むしろ感謝してる。広島でね、『松山の路上の歌姫』って認知されてたの。あの動画のおかげで」
「ほんとですか……?」
「うん。現地のバンドの人たちも見てくれてた。シーのこと、褒めてくれたよ」
美咲の目から涙がこぼれた。
「よかった……迷惑じゃなくて、よかった……」
愛未はティッシュを差し出した。
「それより、高松の時……ポンズのこと、ありがとう」
「え?」
「ポンズを連れてきてくれて…あの子、停まってるトラックに、片っ端から声かけるつもりでいたらしいの。美咲ちゃんが声かけてくれて助かった」
「そんな……たまたまです。私、ポンズちゃんがパーキングエリアにおったから、何してるんやろうって思って……そしたらトラックに乗せてもらおか思ってって言うから」
「すごいわねあの子、あの人懐っこさはどこから来てるのかしら……」
愛未が呆れたように言うと、二人はクスクスと笑い合った。
「あの……これ」
USBメモリを愛未に差し出す。
「私と友達が撮った動画、入ってます。シーちゃんの路上ライブとか、ポンズちゃんとシーちゃんの二人の路上ライブとか……私も友達も受験で当分ライブ行けなくなるけん、よかったら使ってください」
「いいの?」
「はい。私の応援の気持ちです」
愛未はUSBメモリを受け取った。
「ありがとう。大切に使うね。もうすぐポンズとシー来るけど」
「い、いえ……」
美咲が慌てて立ち上がった。
「シーちゃんには……会わずに帰ります」
「え、どうして?」
「なんか……恥ずかしくて。松山ファイナルだけは絶対来ます」
美咲は深々とお辞儀をして、足早に事務所を出て行った。
「あ、受験頑張って!」
愛未は美咲の背中に声をかけてから、USBメモリを見つめた。
「……いい子だな」
◇
その夜、ヤマケンが事務所に来た。
大学の講義が終わった後、機材や楽器のメンテナンス、ライブハウスの手伝いに来てくれたのだ。
「山田くん、ちょっと見てほしいものがあるんだけど」
愛未がパソコンにUSBメモリを挿した。
「何ですか?」
「美咲さんが持ってきてくれた動画、友達と撮ったって」
「美咲さんが……?」
マツヤンプロジェクトでリーダーをしていたヤマケンは美咲のことはよく知っている。
愛未が再生ボタンを押す。
画面に映ったのは、松山の路上でギターを弾きながら歌うシーの姿だった。
夕暮れの商店街。通りすがりの人々が足を止めている。
シーの声が、スマホのスピーカーから流れてきた。
「……すごいな、これバンド組む前の詩音ちゃんじゃ?」
ヤマケンが画面に見入って息を呑んだ。
「いいですね、この臨場感」
「広島でバズってた動画の元データもある。他にも何本か」
愛未が別の動画を再生した。
今度はポンズとシーの二人。ポンズがエピフォンテキサンを弾き、シーがいつものヘッドウェイを弾きながら歌っている。
「これ……公式で使おうと思うのよ」
愛未の言葉にヤマケンが画面に食い入るように身を乗り出した。
「広島で言われたの。自分たちで発信しなければコントロールができないって。でも、ここは撮影機材もないし、編集機器もない」
「素材さえあれば、今はどうにでもなりますよ! 美咲さんはなんて?」
「ぜひ使ってくださいって」
ヤマケンが考え込むように腕を組んだ。
「動画サイトに公式チャンネル作りましょう。素材だけでもMVが作れますよ。そしてSNSでも告知する。それだけで、ゼロからのスタートとは全然違いますよ」
「編集は?」
「俺、多少はできます。大学の友達にも詳しいやつがおるし」
愛未が微笑んだ。
「じゃあ、このツアーで、色々な写真や動画撮ってるから、淡路から帰ったら、本格的に始めましょう」
「はい! メンバーたちからも使えるものデータでもらいましょう!」
◇
十一月の第三土曜日。
フレイミングパイは淡路島へ向かっていた。
中四国ツアーの県外遠征、最後の公演だ。
愛未が運転するハイエースにはいつものように、メンバー四人と機材が乗っている。ヤマケンはバイクで別行動だ。
機材や楽器があるときは、全員乗れないので、ヤマケンはいつもバイクで現地集合になる。
「ヤマケンさん、今回は来れるんやな」
ポンズが後部座席から言った。
「県外最後やし、広島行けんかったからって、張り切ってたで」
出発前のヤマケンの様子をレアが伝えると、シーとポンズは意味ありげに目配せした。
シーとポンズは、東京ドーム以来、この二人の仲がいいことに気付いている。
松山自動車道から高松自動車道へ。そして高松から鳴門まで走り、大鳴門橋を渡って淡路島へ向かうルートだ。
徳島道は暫定2車線の区間が多いため、距離が伸びても高松ルートの方が気が楽だと愛未は考えた。
「また橋や〜」
ポンズが窓の外を眺めながらのんびり言った。
「しまなみ海道の次は大鳴門橋か。橋ばっかり渡っとるな」
シーが肩をすくめた。
「四国から出るには橋やもんな」
レアが窓に頬杖をつきながら言った。
「まあ日本自体が島国だし。車で行けるようになったのはいいよね」
カグラがのんびりとした口調で返した。
大鳴門橋に差し掛かる。
「あ、帰りにここの遊歩道に寄ろうか。渦潮が見えるらしいよ」
愛未が提案した。
「渦潮! 見たい!」
ポンズが食いついた。
「前にクルーズ船があるって言ってたけど、船嫌なんでしょ?」
「太平洋のトラウマはまだ消えへんもん、橋の上から見れるんやったらええなあ」
ポンズがほっとした表情で言った。
大鳴門橋を渡り、淡路島に上陸した。
◇
今回のライブは洲本市内のライブハウスを押さえてあるが、愛未は動画素材集めの一環として洲本市を通り過ぎ、淡路サービスエリアまで足を伸ばした。
「淡路サービスエリアに大きな観覧車があるの! みんなそこで自由に遊んで、写真とか動画だくさん撮ってほしいのよ」
「観覧車!」
ポンズが食いついた。
「乗りたい!」
一行は淡路サービスエリアに立ち寄った。
◇
「うわ、でっか……」
ポンズがサービスエリアの大観覧車を見上げて感嘆の声を上げた。
淡路SAのシンボル、高さ六十五メートルの大観覧車だ。数分後、ヤマケンがバイクで合流した。
六人でゴンドラに乗り込んだ。
ゆっくりと上昇していく。愛未とヤマケンはスマホを持って、四人を撮影している。
「うわー、すごい! 海が見える!」
ポンズが窓に張り付いている。
「淡路島って、思ったよりすっごく広いよね」
カグラも窓の外に見入っている。
「……」
シーとレアは、少し強張った表情で座席に張り付いている。
「シー、レアちゃん、大丈夫? 一応カメラ回ってんで」
ポンズがニヤニヤしながら振り返った。
「う、うん……かずら橋よりは全然マシ……」
シーが引きつった笑顔で答えた。
「ゴンドラやし、周りに壁あるし……」
レアも自分に言い聞かせるように呟いている。
「よし、みんなで写真撮るで!」
ポンズがスマホを取り出してひょいと立ち上がった。
「うわあっ、動くな揺れる!」
シーが引きつった声を上げた。
「撮ってんのになんで自ら自撮りするんや!」
レアも座席にしがみついている。
「えー!? そういう画もほしいやん」
ポンズは涼しい顔で自分のスマホの画角に四人を入れて撮影する。
「いいよー、その写真も編集で入れさして!」
ヤマケンが動画を撮りながら声をかけた。
「ほら、揺れても落ちないから大丈夫」
カグラがなだめる。
結局、四人で肩を寄せ合って何枚も自撮りした。シーとレアの笑顔は若干引きつっていたが、いい写真が撮れたようだ。
頂上に達すると、淡路島と瀬戸内海が一望できた。
「きれい……」
「明石海峡大橋も見える」
ポンズとカグラが歓声を上げる中、シーとレアはひたすら早く降りることを祈っていた。
「そういや二人とも、飛行機は平気そうやったやん」
「飛行機は下見えへんもん」
ポンズは、やっぱり高所恐怖症の人の気持ちはよくわからなかった。
◇
観覧車を降りると、一行は淡路ハイウェイオアシスへ移動する。
「あ、これ何?」
館内へ入ると、ポンズが近づいた。
「オニオンスープスタンド……」
愛未がにっこり笑って説明する。
「淡路島名産の玉ねぎを使ったスープが蛇口から出てくるの」
するとポンズが急にキリッとした顔になった。
「何!? 蛇口からスープ? それは愛媛県民に対する挑戦やな」
「お、自称ポンジュース大使がお怒りや」
シーがくすくす笑いながら紙コップを持ってきた。紙コップにアツアツのスープが注がれる。
「美味しいで!ポンズいらんの?」
「いるいる!」
結局、一口飲んでポンズは目を丸くした。
「玉ねぎ甘い!」
メンバーたちが美味しそうに、スープを堪能する姿をやはり愛未とヤマケンは撮影していた。
紙コップを捨てる場所には、「試飲カップde投票!」というものが設置されている。
「何これおもろいなあ」
スープを飲み干したレアが見つけて、他の三人を手招きした。書いてある文字を読み上げる。
「『どこから来ましたか?』神戸、大阪、その他関西、その他国内、日本国外……うちらは、その他国内になる?」
レアが振り向くと、三人はおかわりをしに行っていた。
「おい!」
思わずツッコむレアを、愛未とヤマケンは笑いながら撮影していた。
結局、六人全員が二杯ずつ飲んだ。
◇
淡路サービスエリアを出発し、国道28号線を約1時間、海の景色を堪能しながら洲本市内へ向かう。
今日のライブハウスは「LIVE HOUSE FAT MAMA」。
洲本市の繁華街にある、キャパ百人ほどの小さなライブハウスだ。
「FAT MAMA……?」
ポンズが看板を見上げて小首を傾げた。
「変わった名前やな」
「オーナーの趣味よ。山崎まさよしさんのファンなの」
愛未が懐かしそうに説明した。どうやら愛未はここでライブをしたことがあるらしい。
「山崎まさよしさんの曲に、そういう曲があるんよ」
シーがそう言うと、ポンズは納得したように頷いた。
ライブハウスの入り口に向かうと、ドアが勢いよく開いた。
「愛未ちゃーーーん!!」
大きな、本当に大きな女性が両手を広げて飛び出してきた。なるほど、これがFAT MAMAか。
次の瞬間、愛未の体がその巨体に飲み込まれた。
「うぐっ……み、雅さん……苦しい……」
「久しぶりやないの! 元気しとった? 相変わらず細いなあ!」
ぎゅうぎゅうと抱きしめられている愛未が、酸欠寸前の顔になっている。
小野雅。FAT MAMAのオーナーだ。四十代後半、おしとやかな名前とは裏腹に、豪快そのものの女性だった。
「あんたがフレイミングパイの子らか!」
雅が獲物を狙う猛獣のような目でメンバーをぐるりと見回した。
「うわ、可愛い子ばっかりやないの!」
そして、一番近くにいたポンズに向かって両手を広げた。
「さあ、おいで!」
「え、ちょ——」
ポンズが抵抗する間もなく、雅の腕に捕獲された。
「いい体しとるなあ! ベース弾くのにちょうどええわ!」
「く、苦しい……」
ポンズが悲鳴を上げている。
「次!」
「え、うちも!?」
シーが後ずさりしたが、あっという間に捕獲された。
「あんたが路上の歌姫か! 動画見たで! ええ声しとるなあ!」
「あ、ありがとうございま——ぐえっ」
シーの言葉が途中で潰れた。
「次!」
カグラとレアが反射的に背を向けたが、雅の腕は二人同時に絡め取った。
「ギターとドラムか! 二人ともええ顔しとる!」
「た、助けて……」
「息が……」
四人全員が、雅の愛情という名の拘束から解放されたのは、三十秒後のことだった。
◇
「さあさあ、中入って! リハの準備できてんで!」
雅に促されて、ライブハウスの中に入った。
こぢんまりとした空間だが、音響設備は整っている。ステージは小さいが、客席との距離が近い。
「ええ箱やろ? 私の自慢や」
雅が胸を張った。
「雅さん、サトちゃんとは昔からの知り合いなんですか?」
ポンズが首を傾げて聞いた。
「そうよ! 愛未ちゃんがソロで活動しとった頃からの付き合いや」
「へえー」
「あの頃の愛未ちゃんは尖っとったなあ……」
雅が天井を見上げて遠い目をした。
「今みたいに丸くなかった。ギラギラしとった」
「雅さん、その話は……」
愛未が慌てて止めようとしたが、雅は止まらない。
「でも、歌は最高やった。『半端もん戦士たれ!』、あれもええけど、『恋文』、あれが今でも大好きや」
「ありがとうございます……」
愛未が照れくさそうに俯いた。
「さて、リハーサル始めよか。私、やかましいだけの曲は好きやないんよ」
雅の目つきが、ふいに鋭くなった。
「心のこもった曲が好きなんや。あんたらの曲、聴かせてもらうで」
四人は思わず顔を見合わせた。
心のこもった曲——そう言われると、背筋が伸びる思いだった。
四人は楽器や機材を運び入れる。ヤマケンとレアがドラムセットを協力して運んでいる。
時折目を合わせてはすぐ伏せる様子を、後ろから着いていくカグラも見ていた。何か感じ取ったようだ。
カグラがポンズとシーの方を向くと、ポンズがニヤリとして囁いた。
「気付いたカグラちゃん?怪しいやろ」
カグラは苦笑いをするのみだった。
◇
リハーサルが終わった。
雅が腕を組んでステージを見ている。
「……うん」
しばらく腕を組んで黙っていた雅が、ゆっくりと口を開いた。
「ええやん」
「ほんとですか?」
ポンズの顔がぱっと明るくなった。
「技術もまあまあやし、何より心がこもっとる。それが大事なんや」
雅がセットリスト表を手にステージに歩み寄った。
「特に『オレンジの坂道』と『雨と交叉路』。ああいうバラードがええな。心に染みる」
「ありがとうございます」
シーが頭を下げた。
「ボーカルの子、シーちゃんやっけ? あんたの声には魂がある。聴いとると、胸がぎゅっとなる」
「あ、ありがとうございます……」
シーが耳まで赤くして俯いた。
「ベースの子も、ギターの子も、ドラムの子も、みんな一生懸命やな。その一生懸命さが、音に出とる」
雅が四人を見回した。
「元気なバンドやけど、『Evening Calm』とか『夏の終わりに』とか、バラードも多いんやね。ああいうの好きなお客さん、うちには多いけんな。きっといけるで」
「はい!」
四人の声が揃った。
◇
夕方五時、開場。
続々とお客さんが入ってくる。
「広島より多いな……」
愛未が客席を見渡しながら小さく呟いた。
チケットは六十枚ほど出ている。当日券も加えれば、七十人近くになりそうだ。
百人キャパの七割。悪くない数字だ。
「松山から来てくれた人もおるみたいやね」
雅が言った。
「四国のファンも来やすいんやろな。広島より近いし」
「ありがたいです……」
愛未が安堵の表情を浮かべた。
六時、開演。
「淡路島! 初めまして、フレイミングパイの真白詩音です!」
なんと、シーはアコースティックギターで一人で登場した。
「このライブハウスに来たらやっぱこれでしょ!」
そして、ギターをかき鳴らし始める。カポをつけて、C7(+9)(シー・セブンス・シャープ・ナインス)から独特のリフを披露する。
「きゃーー!」
最初に歓声を上げたのは、雅だった。客席もざわめき始める。シーは山崎まさよしの「Fat Mama」をサプライズで歌い始めた。
「プライドも お手上げさ 迫り来る Fat Fat Mama」
客席から口笛が飛び、手拍子が自然と起きる。
「すごいじゃん!あの子〜!」
雅は大喜びで、隣にいた愛未を巨体で包み込んだ。
これは愛未がシーに依頼したサプライズだった。美咲の動画の中に、いくつかあるカバー曲の中にこれがあったのだ。
曲が終わると、大きな拍手と歓声が起きた。そしてメンバーが合流する。ヤマケンがシーのSeventy Sevenのセミアコを持ってくる。
シーがギターを持ち替えると、いよいよフレイミングパイはいつものように最初のコードを大音量でかき鳴らす。
「淡路ー!フレイミングパイいっくでえぇぇぇっ!!」
ポンズがマイクに向かって叫んだ。
レアのドラムが刻み、シーのギターが唸り、カグラのギターが重なる。
ポンズのベースが土台を作り、シーの声が会場に響く。
客席が揺れ始める。
手拍子が起きる。声援が飛ぶ。
「広島より反応がいい……」
愛未が雅に耳打ちした。
「そらそうやろね。さっきのサプライズで完全に掴んだわ」
雅がしたり顔で頷いた。掴まれたのはあんただろう、と愛未は心の中でツッコんだ。
三曲目、四曲目と、ライブは進んでいく。
会場の熱気はどんどん上がっていく。
七十人が、一つになっていく。
客席の最前列では、若い女性たちが振りをつけて踊っている。後方では、腕を組んで頷きながら聴いている男性客もいる。
「フレイミングパイ」バンドのテーマ曲で客席が飛び跳ねると、最後は「雨と交叉路」のイントロが始まる。
会場が一瞬静まり返った。
シーがMCで言った。
「うちら、愛媛松山拠点で活動しています。今日は淡路島で初めてのライブです。温かく迎えていただき感謝します」
拍手が起きる。
シーは客席を見渡す。
「うちらは、どこのお客さんでも喜ばせられるバンドになりたい。松山でも、広島でも、淡路島でも、大阪でも、福岡でも」
ポンズが頷いている。カグラとレアも。
「今日、一人でも『また見たい』って思ってくれたら嬉しいです。最後の曲、聴いてください」
シーが「雨と交叉路」を唄う。最後は、ポンズ、カグラ、レアもコーラスに入る。
さっきまで飛び跳ねていた七十人は、心のこもったバラードに聴き入っていた。目を閉じて聴いている人、スマホのライトを揺らしている人、そっと涙を拭っている人もいる。
曲が終わった。
一瞬の静寂の後、大きな拍手が会場を包んだ。
四人はステージを後にしたが、すぐにアンコールの声が上がった。
「アンコール!アンコール!」
足を踏み鳴らし、手拍子が鳴り響く。
そして、アンコールではポンズが心を込めて「See You」を贈った。
「ありがとう淡路島! また来るけん、待っとってな! See You!」
ポンズが叫ぶと、客席から「待っとるよー!」「また来てー!」と声が返ってきた。
◇
ライブ終了後、楽屋で雅が待っていた。
「いやあ〜よかったで!」
雅が満面の笑みで両手を広げた。
「心がこもっとった。『雨と交叉路』と『See You』、あれ泣きそうになったわ」
「ありがとうございます……」
ポンズが息を切らしながら答えた。
「やかましいだけのバンドはぎょうさんおる。でも、あんたらは違うな。バラードでも、ちゃんと聴かせる力がある。そして……」
シーは危険を察知したが、時すでに遅かった。雅の巨体に捉えられ、またもや飲み込まれた。
「あたしはもう、あんたのファンやで、シーちゃん!」
ポンズらは苦しそうなシーを見て、大笑いしていたが、雅がチラリと三人を見た。
「あんたらも頑張ったご褒美や!」
「え、ちょ——」
三人は蜘蛛の子を散らすように逃げようとしたが、間に合わなかった。
雅の腕が、四人全員を同時に捕獲した。
「よう頑張った! 最高やったで!」
「く、苦しい……」
「た、助けて……」
「息が……できへん……」
「サトちゃん……たすけ……」
愛未は苦笑しながら、その光景を見守っていた。
「四国のファンを大事にしいや。あんたらの土台はそこやけんな」
雅が真剣な目で言った。
「でも、そこに留まったらあかん。大阪、福岡、東京……どんどん広げていき」
「はい!」
◇
翌日、観光に出かけた。ライブ後の観光は、もはや定番だ。
愛未の運転のハイエースに、四人が乗り込み、後をヤマケンのバイクが着いていく。
一行は洲本市を出て、南あわじ市のおのころ島神社へ向かった。
「おのころ島神社って、おもろい名前やな。何の神社なん?」
ポンズが好奇心いっぱいに聞いた。
「日本発祥の地って言われてるの」
愛未がハンドルを握りながら説明した。
「古事記で、イザナギとイザナミが最初に作った島がおのころ島。それがここだって伝説がある」
「へー、すごいな」
「あと、大きな鳥居があるの。日本三大鳥居の一つ」
車を停めて、神社に向かう。
駐車場から歩いていくと——
「うわっ!」
ポンズが思わず立ち止まった。
巨大な朱色の鳥居が、目の前に聳え立っていた。
「遠くからでもでかい思ったけど、近くやと、やっぱでっか……!」
全員が言葉を失って見上げている。首が痛くなりそうだ。
「高さ二十一メートルあるんだって」
愛未がスマホで調べながら言った。
「厳島神社の鳥居よりでかいんやない?」
「厳島神社は十六メートルだから、こっちの方が大きいね。ちなみに松山の椿神社は十二メートルね」
四人で鳥居の下に立った。
愛未がスマホを構える。
「だいぶ退かないと、入らないわ。………はい、チーズ」
パシャリ。
「ほら、みんなでも撮ろうや」
ポンズは、愛未もヤマケンも呼んで、自撮りした。
お参りを済ませ、一行は次の目的地へ向かった。
◇
「じゃ行きに言ってた”渦の道”、行こうか」
愛未が提案した。
「渦潮見れるやつやな! 行きたい!」
ポンズが目をキラキラさせた。
車で大鳴門橋遊歩道へ向かう。
淡路島から一度大鳴門橋を渡りきり、鳴門北インターチェンジで高速を降り、Uターンするようにまた大鳴門橋へ向かうのだ。
そして、橋のたもとにある第一駐車場に車を停め、徒歩で「渦の道」入り口へ向かう
「渦の道、着いた〜!」
ポンズが先頭を切って歩き出した。
入場券を買い、遊歩道へ向かう。
橋の下に作られた遊歩道は、海面から四十五メートルの高さにある。
「ちょっと待って……」
レアが顔面蒼白でつぶやく。
遊歩道は窓のある室内の道かと思っていたら、両側は金網で、海上の強い風が吹き抜け、メンバーたちの髪が乱れる。
しかも上を通る自動車の、ゴオンゴオンという音が、なおさら不安にさせる。
「あかんやつや……」
シーが足元を見ないよう、やや上を向きながら、手すりを持って歩いている。
「かずら橋よりはマシやけど……」
レアも壁に手を添えながら進んでいる。
遊歩道を進んでいく。
両側の足元はガラス張りで、海が見える。ところどころ、真下が見られるガラス床まである。
「うわ、すごい! 渦が見える!」
ポンズがガラスに張り付いて興奮している。
確かに、海面には大小の渦潮が発生している。潮の流れがぶつかり合い、白い泡を立てながら渦を巻いている。
「きれい……」
カグラもガラス越しにうっとりと見入っている。
「あ、ここ、床もガラスになっとる!」
ポンズがガラス床の上にひょいと立った。
足の下に、四十五メートル下の海面が見える。
「うっ……」
シーが思わず後ずさった。
「ポンズ、よくそんなとこ立てるな……」
「宙に浮いてるみたいや! 大丈夫やって」
「無理無理無理……」
レアもガラス床を避けて通っている。
「観覧車はまだ壁があったけど、これは足元スケスケやもん……」
「ほら、渦潮きれいやで?」
ポンズがガラス床の上から手招きした。
「いや……うちはここから見るわ……」
シーとレアは、ガラス床の端っこから恐る恐る渦潮を覗き込んだ。
「……確かにきれいやな」
「うん……すごい……」
二人とも顔は引きつっていたが、渦潮の迫力には感動していた。
愛未はスマホでその光景を撮影していた。
「いい写真が撮れた」
「サトちゃん、あんまり変な顔のは使わんといてな……」
シーが愛未に念を押すように言った。
「こんぴらさんと水族館、阿波踊りにかずら橋、桂浜と鯨、東京ドームと武道館、お好み焼きと宮島、おのころ島神社、大鳴門橋、……」
ポンズが指を折りながら数えた。
「あんとき、松山観光した時、帰り電車の中で行きたいなって言うてたんやんな。シー寝てもうたけど覚えてる?」
「え?ああ、それは覚えてるで」
シーがはにかむように頷いた。
「うん、来れてよかったな」
「全部、バンドの思い出や。もっと作っていこな」
ポンズがそう言うと、四人は自然と笑顔になった。
◇
鳴門を後にし、松山へ帰る。
帰りの車内で、愛未がバックミラー越しにメンバーを見ながら口を開いた。
「みんな、ちょっといい話があるの」
「なになに?」
ポンズがシートから身を乗り出した。
「実は、淡路に来る前に、美咲さんが事務所に来てくれたの」
「美咲ちゃんが?」
シーが驚いて前のめりになった。
「シーの路上ライブの動画、美咲さんが上げてたの。知ってた?」
「え……あのバズった動画?」
「そう。シーを応援したくて、みんなに知ってほしくて上げたんだって」
シーは少し驚いた後、柔らかい表情になった。
「そうやったんか……確かによくスマホ構えてたんは美咲ちゃんの学校の制服の子やったわ」
「それで、美咲さんが他の動画も持ってきてくれたの。シーがバンド組む前の路上ライブとか、ポンズとシーの二人のやつとか」
「……それでサトちゃん、うちが山崎まさよしさんカバーしたのも知ってたんか……」
「受験で当分ライブに行けないから、使ってくださいって」
愛未がバックミラー越しにメンバーを見た。
「それで、山田くんと相談したんだけど……この動画を公式で使おうと思うの」
「公式で?」
「動画サイトに公式チャンネル作って、フレイミングパイの成長過程を発信するの。広島で言われたでしょ、自分らで発信しないとって」
ポンズの目がキラキラと輝いた。
「やろう!」
「うん。山田くんが編集してくれるって言ってくれてる」
「健ちゃん、すごいな……」
レアが感心したように呟いた。
「帰ったら、本格的に始めるよ。フレイミングパイの公式チャンネル」
「楽しみや!」
ポンズが拳を握った。
「美咲ちゃんに感謝やな……」
シーが窓の外の流れる景色を見ながら、静かに呟いた。
「会いたかったな、美咲ちゃんに」
「松山ファイナルは、絶対に来るって言ってたよ」
「そうか……待っとるわ」
シーの横顔が、少し寂しげに、でも嬉しそうに見えた。
車は、高速道路を走り、松山へ向かった。
淡路島での経験が、フレイミングパイをまた一歩成長させた。
次は、年末の松山ファイナル。中四国ツアーの集大成。
彼女たちの旅は、いよいよ終着点に近づいていた。




