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PONZ! ~ポール・マッカートニー大好きっ子が、路上ライブのシンガー、内気な天才ギタリスト、アクセ好きドラマーとバンドを組んだ話~  作者: 文月(あやつき)
第3部

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EP.37 発信しんさい(広島編)

 十一月の第二週、フレイミングパイは広島へ向かっていた。

 中四国ツアー後半戦、広島公演だ。

 愛未が運転するハイエースに、メンバー四人と機材が乗っている。ヤマケンは大学の講義があるため、今回は不参加だった。

「しまなみ海道、初めて通るわ」

 ポンズが窓の外を眺めながら言った。

 松山から今治へ向かい、そこからしまなみ海道で本州へ渡る。愛媛と広島を結ぶ、島々を橋で繋いだ絶景ルートだ。

「うちも」

 シーも窓に顔を寄せた。

「え〜?小学校の時とか大三島に宿泊研修に来んの?」

 レアが不思議そうな顔で振り返る。

「わたしは松山市内の野外活動センターだったよ、中等部では大州だった……」

「うちも小は松山、中は大州や」

「うちもやな、でも中学の時は行かんかった」

 カグラ、ポンズ、シーが口々に答える。

「え〜?サトちゃんは?」

 レアは愛未にも話を振った。

「小学生の頃、面河だった……今はもうやってない。中学の時はやっぱり大州だったかな」

「いろいろちゃうんやな……」

 レアが感心したように頷く。

 そんなローカルな話題のうちに来島海峡大橋に差し掛かる。眼下には瀬戸内海が広がっている。

「うわ、すごい……」

 ポンズが思わず声を上げた。

 青い海に、無数の島々が浮かんでいる。秋の陽光がキラキラと水面に反射している。大きなタンカーが小舟のように見える。

「きれい……」

 カグラも窓に張り付いている。

「太平洋大きかったけど、瀬戸内海は近くにも遠くにも島が見える分、なんかきれいやな」

 シーがしみじみと言った。

「四国におったら当たり前やけど、改めて見るとええもんやな」

 ポンズも深く頷いた。

 愛未がハンドルを握りながら言った。

「橋の上からの景色、最高でしょ?」

「サトちゃん、よそ見せんといてな」

「大丈夫、ちゃんと見てるから」

 大島、伯方島、大三島と、島々を渡っていく。

「あ、伯方って、伯方の塩の?」

 ポンズが案内板を見つけて声を上げた。

「『は・か・た・の・しお!』ってやつやろ? ここの塩アイスがうまいんよ」

 レアが得意げに言うと、

「「えー食べたい」」

 三人の声がぴたりと重なった。

 大三島を越え、生口島に入ると広島県となる。

 生口島では、レモンの木が並んでいるのが見えた。

「レモンや!瀬戸内レモン!」

 ポンズが指を差す。

「生口島はレモンの産地やもんな」

 シーが補足した。

「レモンケーキ食べたいなあ……」

 カグラが窓の外を眺めながらぽつりと漏らした。

「帰りに生口島と伯方島に寄ろうか」

 愛未が提案した。

「やった!」

 因島、向島を経て、尾道へ。

 尾道から山陽自動車道に乗り、広島へ向かう。

 約三時間のドライブで、広島市内に到着した。


          ◇


「広島や〜!」

 ポンズが車を降りて大きく伸びをした。

「お尻痛い……」

 レアが腰をトントンと叩いている。

「まずは腹ごしらえやな」

 シーが提案した。

「広島といえば、お好み焼きでしょ」

 愛未がスマホで店を探す。

「広島のお好み焼きって、大阪のとは違うんやろ?」

 ポンズが興味津々で聞いた。

「混ぜたものをいっぺんにじゃなく、上にどんどん重ねて焼くんよ。生地、キャベツ、麺、卵って」

 愛未がスマホから顔を上げて説明する。

「麺入りは松山にもあるやん。三津焼きとかモダン焼きとか」

 シーが首を傾げた。

「でも広島のは重ね方がすごいよ〜」

 繁華街の近くにあるお好み焼き店に入った。カウンター席で、目の前の鉄板で焼いてくれるスタイルだ。

「いらっしゃい」

 店主のおじさんが愛想よく迎えてくれた。

「肉玉そば、五つで」

 愛未が注文する。

 店主が手際よく生地を広げ、大量のキャベツを乗せ、豚肉を並べていく。別の場所でそばを炒め、卵を割る。

「おお……」

 ポンズが目を輝かせている。

 キャベツの山が、じゅうじゅうと音を立てて焼かれていく。

 ひっくり返すと、きれいな焼き色がついている。そばを重ね、卵の上に乗せる。

「すごい……あんなに重ねてあるのに、一瞬でひっくり返すんだ……」

 カグラが感心している。

「職人技やなあ……」

 レアも感心している。ソースがたっぷりかけられ、完成。

「はい、どうぞ。マヨネーズと青のり、鰹節はお好みで」

 目の前に、湯気を立てるお好み焼きが置かれた。皆歯にくっつくのを嫌って青のりは遠慮した。

「いただきます!」

 ヘラで切って、口に運ぶ。

「……っ!美味しい!」

 ポンズが目を見開いた。

「キャベツ甘い!そばがパリパリ!」

「ソースが濃厚やな」

 シーも満足げに頷く。

「大阪のとは全然違う……」

 レアが噛みしめるように言った。

「どっちが好き?」

 愛未が悪戯っぽく聞いた。

「どっちも好き!」

 ポンズが間髪入れずに答えた。

「比べるもんやないな。別の食べ物や」

 シーがヘラでお好み焼きを切り分けながら言った。

 五人で美味しくお好み焼きを平らげ、広島の第一印象は最高のものとなった。


          ◇


 腹ごしらえを済ませ、ライブハウスへ向かった。

 今日は広島のバンド二組の対バンライブを見学し、明日がフレイミングパイのワンマンライブだ。

「LIVE HOUSE グランドスラム」。

 広島市内の繁華街にある、キャパ百五十人ほどのライブハウスだ。

「ここか」

 愛未が車を近くのコインパーキングに停めた。

「松山のROCK STEADYより少し大きいくらいかな」

 シーが建物を見上げながら呟いた。

「今日出る二組、どんなバンドなんやろ」

 ポンズが期待に胸を膨らませている。

「GANJYUとハルカゼ、どっちも広島では有名なインディーズバンドよ」

 愛未がスマホを見ながら言った。

「GANJYUはSNSでバズって、動画サイトの登録者一万人超えてるらしい。ハルカゼはライブに定評があって、地元で根強い人気があるって」

「すごいな……」

「うちらも頑張らんと」

 ライブハウスの入り口に向かうと、スタッフらしき男性が出てきた。

「あ、フレイミングパイさんですか?」

「はい、今日は見学で」

 愛未が答えた。

「聞いてます。中へどうぞ」

 案内されて中に入ると、すでにリハーサルが行われていた。

 ステージには四人の男性がいた。

 ボーカル兼ギターの男性が、マイクに向かって声を出している。

「……よし、オッケー。サンキュー」

 リハーサルが終わったようだ。

 ステージから降りてきた彼らが、こちらに気づいた。

「お、君らがフレイミングパイ?」

 ボーカルの男性が人懐っこい笑顔で近づいてきた。短髪で、いかにもバンドマンという雰囲気だ。

「はい、松山から来ました」

 シーが代表して答えた。

「俺、GANJYUのボーカルの瀬戸。よろしくな」

「よろしくお願いします」

 全員で頭を下げる。

「いやいや、そんな堅くならんでええよ。噂は聞いとるけえ」

「噂?」

 ポンズが首を傾げた。

「松山の路上の歌姫、おるやろ?」

 瀬戸がシーをびしっと指差した。

「え……」

 シーが驚いて目を丸くする。

「SNSで見たんよ。路上ライブの動画、めっちゃバズっとったやん。声すごいええなって思っとった」

「あ、ありがとうございます……」

 シーが珍しく照れて視線を落とした。

「『シー 路上ライブ 松山』で検索したら出てくるで。再生回数えぐいことになっとる」

「そうなん?」

 ポンズが驚いてシーの顔を覗き込んだ。

「知らんかった……」

 シーは困惑した様子で首を振った。

「自分らで上げた動画やないんか?」

「いえ、多分お客さんが撮ったやつやと思います……それにバンド組む前やないですか?」

「それがバズるんやから、本物やな」

 瀬戸が感心したように言った。

「今日のライブ、楽しんでいってな。明日は俺らも見に行くけえ」

「ありがとうございます!」

 ポンズが元気よく答えた。


          ◇


 GANJYUのメンバーと話していると、もう一組のバンドもやってきた。

 男女二人ずつの四人組。

「あ、フレイミングパイ? 噂の」

 女性ボーカルがすっと近づいてきた。ショートカットで、凛とした雰囲気を纏っている。

「ハルカゼのボーカル、美波です。よろしくね」

「よろしくお願いします」

「松山から来たんやね。しまなみ海道で?」

「はい」

「ええ道よね。うち、自転車でたまに走るんよ」

「自転車で!?」

 ポンズが素っ頓狂な声を上げた。

「しまなみ海道、サイクリングコースとしても有名やけえ。気持ちええよ」

「すごい……」

 美波は気さくに話しかけてくれる。

「あんたらの曲、聴いたことあるよ。『オレンジの坂道』 あれええ曲やね」

「ありがとうございます!なんで知ってるんですか?」

 ポンズが嬉しそうに言った。

「路上の歌姫ちゃんと君の動画上がってたよ」

「え!?そうなんですか?」

「それに女の子だけのバンド、応援したくなるんよね。うちも最初はガールズバンドやったけん」

「ほんとですか?」

「うん。でも途中でメンバー抜けて、今の形になった。いろいろあるんよ、バンドって」

 美波の目が一瞬だけ遠くを見た。

「でも続けることが大事。あんたらも頑張りや」

「はい!」

 ハルカゼの他のメンバーも挨拶に来てくれた。ギターの男性、ベースの女性、ドラムの男性。みんな気さくで優しい。

「広島、ええ人ばっかりやな……」

 レアが小さく呟いた。

「うん、安心した…」

 カグラも胸を撫で下ろすように頷いた。


          ◇


 夕方六時、開場。

 お客さんが続々と入ってくる。

 フレイミングパイの五人は、後方の関係者スペースで見学させてもらうことになった。

「すごい……満員や」

 ポンズが息を呑んだ。

 百五十人のキャパが、ほぼ埋まっている。

「さすが地元で人気のバンドやな……チケット取れん人ぎょうさんおったらしいで」

 シーが感嘆の声を漏らした。

 七時、開演。

 最初はハルカゼのステージだ。

 美波がマイクの前に立つ。

「広島! 今日も来てくれてありがとう!」

 大歓声が起きる。

 一曲目が始まった。

 エモーショナルなギターリフ。美波の声が会場に響く。

「……すごい」

 ポンズが息を呑んで見入っている。

 美波の歌声は、魂を揺さぶるような力があった。

 叫ぶような高音。囁くような低音。感情の起伏が、そのまま声になっている。

「これが、プロの歌声か……」

 シーが小さく呟いた。

 ステージングも見事だった。美波は観客を煽り、巻き込み、一体感を作り出していく。

 客席は最初から最後までノリノリだ。手を上げて、声を出して、一緒に歌っている。

「お客さんとの一体感がすごいなあ……」

 メンバーは皆感動していた。

 ハルカゼのステージは約四十分。

 最後の曲が終わると、割れんばかりの拍手が起きた。

「ありがとう広島! 次はGANJYU、盛り上がっていこう!」

 美波がそう言って、ステージを去っていった。


          ◇


 転換の後、GANJYUのステージが始まった。

 瀬戸がギターを抱えてステージに現れると、また大歓声が起きる。

「HEY!HEY!HEY!広島〜! 今日もぶちかましていくぞぉっ!」

 瀬戸の声が響く。

 一曲目が始まった。

 キャッチーなイントロ。思わず体が動くようなリズム。

「あ、この曲知っとる!」

 ポンズが声を弾ませた。

「SNSで流れとったやつや!」

「バズったっていう曲やな」

 シーもすぐにピンときたようだ。

 会場も「知ってる」という反応だ。お客さんたちが一緒に歌っている。

「すごい……SNSの力ってこういうことか」

 愛未が目を見張った。

 GANJYUの音楽は、とにかくキャッチーだった。

 一度聴いたら耳に残るメロディ。思わず口ずさんでしまうサビ。

 そして、瀬戸のMCがまた面白い。

「この曲、ネットで百万回再生されたんよ。でもCDは百枚しか売れてへん」

 客席から笑いが起きる。

「みんな、CD買ってな? いや、サブスクでもええから聴いてな?」

 また笑い。

「じゃけど、こうやってライブに来てくれるのが一番嬉しいけえ」

 瀬戸の言葉に、客席から歓声が上がった。

「お客さんとの距離が近いな……」

 シーが感心したように呟いた。

「MCでちゃんと笑わせて、曲でちゃんと盛り上げる。バランスがええな」

 ポンズがそう返した瞬間、目の前の男性が他の客の頭の上に飛び乗った。

「お!ダイバーや! ここダイブ、オーケーなんや!」

 レアが興奮気味に叫んだ。その男性はどんどん前方へ運ばれていった。そしてその後、数人が続いた。

 初めて見る光景に、ポンズ、シー、カグラは言葉を失っていた。

 GANJYUのステージも約四十分。

 最後は客席と大合唱で終わった。

「ありがとう広島! また来るけえ、待っとってな!」

 瀬戸がそう言って、ステージを去っていった。

 照明が明るくなり、ライブが終了した。


          ◇


 ライブ終了後、打ち上げに誘われた。

 ライブハウス近くの居酒屋。GANJYUとハルカゼのメンバー、そしてフレイミングパイと愛未。

 大人はビール、未成年はソフトドリンクで乾杯。

「いやー、今日も最高やったな」

 瀬戸がビールのジョッキを傾けながら上機嫌で言った。

「フレイミングパイの子ら、どうやった? 楽しめた?」

「めっちゃ楽しかったです!」

 ポンズが身を乗り出して答えた。

「お二組とも、すごかったです……」

「ほんと? 何がすごかった?」

 美波が聞いた。

「えっと……」

 ポンズが少し考える。

「お客さんとの一体感……ですかね。oasisの東京ドームでも感じたんですけど、お客さんみんなが一つになって楽しんでいるのってじい〜んときます」

「お、東京ドーム行ったん? oasis?」

 瀬戸が目を丸くした。

「はい、先月」

「ええなー、俺も行きたかったわ。チケット取れんかった」

「最高でした……」

 ポンズが遠い目をして思い返す。

「あの体験があって、うちらももっと大きなステージに立ちたいって思うようになったんです」

「ええね〜」

 美波が優しく微笑んだ。

「でも、大きなステージに立つには、まず足元を固めんとな」

「足元?」

「地方でしっかりファンを作ること。SNSで発信すること。小さいことの積み重ねや」

 美波の言葉に、シーが反応した。

「はい、地元固めは、サトちゃ……うちのマネージャーの方針でもあります。あと…SNS……ですよね。うちらライブの告知以外、あんまりやってへんくて」

「もったいないで」

 瀬戸がグラスを置いて言った。

「さっきも言うたけど、あんたの路上ライブの動画、めっちゃバズっとるんよ。あれ、自分らで上げたやつやないんやろ?」

「はい……お客さんが撮ったやつやと思います」

「それがもったいないんよな」

 瀬戸がテーブルに身を乗り出した。

「自分らで発信せな、コントロールできんじゃろ。どんな風に見せたいか、どんな人に届けたいか。それを考えて発信するのが大事なんよ」

「なるほど……」

 シーが真剣な表情で頷いた。

「俺ら、最初は全然客おらんかった」

 瀬戸が昔を思い出すように天井を見上げた。

「でも、動画サイトで曲の一部を上げ始めてから変わった。バズった曲が一曲あって、そこからライブにも人が来るようになった」

「動画サイト……」

「SNSもええよ。ライブ映像とか、MVとか。今は自分らで作れる時代やけえ」

「お金かけんでもできることはいっぱいあるよ」

 美波が補足した。

「スマホで撮って、スマホで編集して、スマホでアップ。それだけでもええんよ。ま、私の場合、サイクリング動画あげたら、自転車仲間が増えてしもただけやったけど、ははは!」

「うちらも、もっとやらんといかんな……」

 愛未が熱心にスマホにメモを取っている。

「マネージャーさん?」

「はい、佐藤です」

「ええマネージャーさんやな。ちゃんとメモ取っとる」

 瀬戸が笑うと、美波が肘打ちをした。

「瀬戸!この方誰や思てんの? さとう愛未さんやで!」

「ええ!? あの!? さとうさん!? あ、ああ、『半端もん戦士たれ!』あれ好きじゃったです!」

 瀬戸が椅子から転げ落ちそうなほど驚いた。

「あはは……よかったらSNSのアカウント交換していいですか? いろいろ教えてください」

「はい! 喜んで!」

 すっかり瀬戸の態度が変わった。フレイミングパイのメンバーは改めて愛未のことを誇らしげに見つめた。


          ◇


 打ち上げは続いた。

 音楽の話、バンドの話、広島の音楽シーンの話。

「広島、バンド多いんですか?」

 カグラがおずおずと聞いた。

「インディーズ多いよー。競争率高い」

 美波が苦笑混じりに答えた。

「ユニコーン、ポルノグラフィティとか……先輩が偉大すぎて、プレッシャーやわ」

「最近やったら、bokula.とかNOIMAGEとか」

 瀬戸が言った。

「全国で活躍しとるバンドが広島から出とる。俺らも負けてられへん」

「松山は……」

 ポンズが少し考え込んでから口を開いた。

「LONGMANさん……きみとバンドさん……Superflyさんは入るかな?」

 続けてレアが指を折りながら言った。

「ちょい前になるけど、ランクヘッドさん、ジャパハリネットさん、あとはオーナーさんらのSTEADY BEATか。インディーズはおるにはおるし、全国区のバンドはあるけど、国民的と言われると少ないかな」

「やけん、うちらが先駆者になればええんよ」

 シーがきっぱりと言い切った。

「先駆者か。ええやん、かっこええよ」

 美波がパチパチと手を叩いた。

「やから……この春から松山以外でやるようになって、色々気付かされるんです」

 シーがグラスを見つめながら言った。

「四国巡って、広島に来て、改めて思いました。外に出んと、見えんもんがある」

「ほんまそれ」

 瀬戸が深く頷いた。

「俺らも最初は広島だけやったけど、大阪とか福岡とか行くようになって、視野が広がった」

「大阪と福岡……」

 ポンズが憧れを込めて呟いた。

「いつか、行きたいな」

「行きや。というか、行かな」

 美波がまっすぐポンズを見て言った。

「地方におっても、外に出ることが大事。お客さんはどこにでもおるけえ」

「どこのお客さんでも喜ばせられるバンドになりたい……」

 シーが静かに、しかし確かな決意を込めて言った。

「それよ!ええ目標や」

 瀬戸が膝を叩いた。

「その調子でいきや。松山の路上の歌姫、期待しとるで」

「……ありがとうございます」

 シーが照れくさそうに頭を下げた。


 打ち上げは夜遅くまで続いた。

 広島の先輩バンドたちの言葉が、フレイミングパイの心に深く刻まれていた。


          ◇


 翌日、十一月の第二日曜日。

 フレイミングパイのワンマンライブ当日。

 会場入りは昼過ぎ。リハーサルを済ませ、開場を待つ。

「緊張する……」

 カグラが胸に手を当てている。

「初めての土地で初めてのライブやもんな」

 レアがカグラの肩をポンと叩いた。

「お客さん、来てくれるかなあ……」

 ポンズが落ち着かない様子で楽屋を歩き回っている。

 愛未がスマホを見ながら言った。

「チケット、三十枚くらい出てるわ」

「三十枚……」

 百五十人キャパのライブハウスで、三十人。

 昨日の対バンライブは満員だったのに。

「まあ、しゃーないな」

 シーが腕を組んで言った。

「うちら、広島では無名やけん」

 レアが冷静に付け加えた。

「でも、来てくれる人のために、全力でやろう」

 ポンズが拳を握りしめた。

「うん。お客さんが一人でも百人でも、同じや」

 シーがそう言うと、四人は拳を突き合わせた。

「フレイミングパイいっくでえ〜〜」

「おーっ」


          ◇


 午後五時、開場。

 お客さんが入ってくる。

 昨日と比べると、明らかに少ない。

 でも、ちらほらと若い人たちが入ってきている。

「あ、動画見て来ました!」

 受付で、一人の若い女性がそう言ってくれた。

「動画?」

「SNSで上がっとったやつ。路上ライブの」

「……ああ」

 あのバズった動画を見て、わざわざ足を運んでくれたのだ。

 動画を見ると、ツアーの日程まで紹介されていた。このアカウントの持ち主は熱心なファンだろうか。

 また中には、GANJYUやハルカゼのSNSで紹介されていたのを見て、当日券を求めてくれたファンもいた。

「SNSの力…か…」

 愛未が感慨深げに呟いた。


 六時、開演。

 客席には約四十人。前売りチケット以外に当日券で来てくれた人もいるようだ。

 それでも、昨日の満員と比べると寂しい。

 でも——

「広島! 初めまして、フレイミングパイです!」

 ポンズがマイクに向かって叫んだ。

「今日は来てくれて、ほんまにありがとうございまーす!」

 拍手が起きる。少ないけど、温かい拍手だ。

 一曲目、「青空ハイウェイ」。ミニアルバムの中でもアップテンポの曲だ。

 レアのドラムが刻み、シーのギターが唸り、カグラのギターが重なる。

 ポンズのベースが土台を作り、シーの声が会場に響く。

 全力だ。

 お客さんが四十人だろうが、五万人だろうが、関係ない。

 目の前にいる人たちのために、全力で演奏する。

 二曲目、三曲目、四曲目と、曲が進むにつれて、会場の空気が変わっていく。

 最初は様子見だったお客さんたちが、だんだん体を揺らし始めている。

 手拍子が起きる。

「……乗ってきた」

 シーが小さく呟いた。

 五曲目、カバー曲「Flaming Pie」レアが激しく叩き、カグラが例のリフを弾くと、ポンズとシーがステップを踏む。

 客席も、ノリノリになってきた。

 ライブハウスの後方で、GANJYUとハルカゼのメンバーが見ているのが分かった。

 瀬戸が親指を立てている。美波が手を振っている。

「……よっしゃ」

 ポンズが小さくガッツポーズした。

 六曲目から十曲目。

 どんどん盛り上がっていく。

 四十人が、一体になっていく。

 十一曲目、「フレイミングパイ」。

 バンドのテーマ曲。

 シーがMCで言った。

「うちら、松山から来ました。今日、広島で初めてのライブです」

 拍手が起きる。

「来てくれてほんまにありがとうございます。初めて聴いてくれた人もおると思います」

 客席を見渡す。

「うちらは、どこのお客さんでも喜ばせられるバンドになりたい。松山でも、広島でも、大阪でも、福岡でも」

 ポンズが頷いている。カグラとレアも。

「今日、一人でも『また見たい』って思ってくれたら嬉しいです。最後の曲、聴いてください」

 「フレイミングパイ」が始まった。

 シー作詞、ポンズ作曲の、渾身のバンドテーマ曲。

 客席が飛び跳ねる。手を上げる。声を出す。

 四十人が、一つになっている。

 この曲は全員のソロパートという見せ場がある。その都度、大歓声が起こった。

 そして、曲が終わった。

 大きな拍手が、会場を包んだ。

「ありがとう広島! また来るけえ、待っとってな!」

 ポンズが叫んだ。

 ——昨日、瀬戸が言った言葉を、そのまま借りた。

 でも、それは本心だった。

 また、ここに来たい。

 もっとたくさんのお客さんの前で、演奏したい。


          ◇


 ライブ終了後、楽屋に瀬戸と美波が来てくれた。

「よかったで!」

 瀬戸が満面の笑みで親指を立てた。

「四十人、完全にあんたらのもんになっとった」

「ありがとうございます……」

 ポンズが安堵の表情を浮かべた。

「客が少なくても、あれだけ盛り上げられるのはすごいよ」

 美波が腕を組んで言った。

「ライブの力があるってことや。あとは知名度の問題やな」

「知名度……」

「SNS、やりや。絶対伸びるけえ」

 瀬戸がぐっと拳を握って力説した。

「あんたらの音楽は、もっと多くの人に届くべきや」

「……ありがとうございます」

 シーが深々と頭を下げた。

「また広島来てな。その時は、もっとお客さん連れてきてや」

「はい!」

 四人で声を揃えた。


          ◇


 翌日、帰路につく前に宮島へ寄ることになった。

「せっかく広島来たんだし、観光しないと」

 愛未がそう言って、車を宮島口へ走らせた。

 宮島口から、フェリーに乗る。

「うわ、船や……」

 ポンズの顔がこわばった。

「大丈夫? 高知の時みたいにならん?」

 シーが心配げに覗き込んだ。

 高知へ行った時、ホエールウォッチングで酷い船酔いを経験したのだ。

「瀬戸内海だし、十分くらいやから大丈夫やって」

「あんな太平洋のようなことはないから大丈夫よ」

 レアや愛未が優しくフォローした。

 実際、瀬戸内海の穏やかな海を進むフェリーは、ほとんど揺れなかった。

「全然平気や」

 ポンズたちはほっとした顔をしている。

 潮風が気持ちいい。

 約十分で宮島に到着した。

 桟橋を降りると——

「鹿!」

 ポンズが歓声を上げた。

 桟橋のすぐ近くに、鹿がいる。

 奈良公園のように、人間に慣れきった鹿たち。

「かわいい〜」

 カグラがふらふらと近づいていった瞬間——

 鹿がカグラの鞄に顔を突っ込んだ。

「ひゃあ!」

「あ、食べ物取られないようにしてね」

 愛未がくすくす笑いながら注意した。

「うわっ!」

 今度はレアが叫んだ。

 別の鹿が、レアの服の裾を引っ張っている。

「やめや!これお気に入りなんよ!」

「レアちゃん、何か持っとるやろ」

「……ポケットにおせんべい……」

「それや」

 レアがポケットからおせんべいを取り出すと、鹿が群がってきた。

「うわ、囲まれた……」

「レアちゃん、人気者やな」

「笑っとる場合か!」

 ポンズとシーが大笑いしている。

「早く隠して! 今はエサ上げられないんだから!」

 愛未がなだめながら、レアを鹿から救出した。


          ◇


 厳島神社へ向かう表参道を歩く。

 土産物屋が並び、観光客で賑わっている。

「宮島、思ったより賑やかやな」

 シーが周りを見回している。

「観光地やからな。外国人も多い」

 確かに、海外からの観光客もたくさんいる。

「牡蠣!牡蠣食べたい!」

 ポンズが鼻をひくひくさせながら店先を指差した。

 焼き牡蠣の店が出している。香ばしい匂いが漂っている。

「まだ朝だよ……」

「朝から牡蠣でもええやん!」

「まあ、せっかくだし」

 愛未が根負けしたように財布を取り出した。

 焼き牡蠣を一人一個ずつ購入。

 プリプリの身を頬張る。

「……っ!美味しい!」

 ポンズが頬を押さえた。

「濃厚……!」

「広島の牡蠣、ほんまに美味しいな……」

 シーも思わず目を閉じて味わっている。

「もう一個食べたい……」

 カグラが小走りでおかわりを買いに行った。

「カグラちゃん珍しいな……よっぽど美味しかったんやな」

 レアが苦笑している。


          ◇


 厳島神社に到着した。

 海に浮かぶ朱色の大鳥居。荘厳な社殿。

「すごい……」

 ポンズが立ち尽くした。

「世界遺産やもんな」

 シーも圧倒されている。

「きれいやなあ……」

 カグラがうっとりと見上げた。

 干潮の時間帯で、鳥居の近くまで歩いて行けるようになっていた。

「鳥居のとこまで行ってみよう!」

 ポンズが弾けるように走り出した。

「待ってや、転ぶで」

 シーが慌てて後を追う。

 砂浜を歩いて、大鳥居の下まで来た。

 見上げると、その大きさに圧倒される。

「でっか……」

「これ、海の中に建っとるんよな……」

「昔の人、すごいな……」

 四人と愛未で、鳥居の前で記念撮影。

 愛未は近くの観光客にお願いして、シャッターを押してもらった。

「いい写真だね」

 スマホの画面を確認しながら、愛未が言った。

「東京ドームの写真、武道館の写真、そして宮島の写真……」

「思い出がいっぱいやな」

「うん」

 ポンズが鳥居を見上げた。

「いつか、ここでもライブできたらええな」

「厳島神社でライブ?」

「野外ライブとか、あるやん。世界遺産の前でライブとか、かっこよくない?」

「夢はでっかいな」

 シーが呆れたように、でもどこか嬉しそうに笑った。

「でも、ええな。そういう夢、持っとくの」

「うん」

 五人は厳島神社を後にした。


          ◇


 表参道を戻りながら、お土産を買う。

「もみじ饅頭、絶対買って帰らんとね」

 カグラが妙に気合の入った声で言った。

「今日のカグラちゃん、食べ物に気合い入ってるな」

「お母さんに約束したの。もみじ饅頭大好きなんだって」

 一行はもみじ饅頭の店で、たくさん買い込んだ。

 こしあん、つぶあん、クリーム、チョコレート、抹茶……様々な味がある。

「こんなに種類あるんや」

「せっかくやし、全種類買おう」

「誰が食べるん」

「みんなで食べるんや」

 ポンズもたくさんのもみじ饅頭を抱えている。

「岩田さんにもお土産買っていかんと」

「そうやな。チケットのお礼も言わんと」

「おじいちゃんにも」

「ヤマケンさんにも」

 お土産がどんどん増えていく。

「持って帰れる?これ」

「なんとかなるでしょ」

 愛未が苦笑しながら、大量の袋を抱えた。


          ◇


 宮島を後にし、しまなみ海道を通って松山へ帰る。

 車内では、お土産のもみじ饅頭を頬張りながら帰る。

「どれがええ?」

「こしあん」

「うちはチョコレート」

「わたしは抹茶」

「うちはクリーム」

 四人それぞれの好みだ。

「サトちゃんは?」

「ええ〜とバニラ」

「はい、開けてあげたで」

 しまなみ海道を行く。帰りの景色にも目を奪われた。

「きれい……」

 カグラが窓にへばりついている。

「行きと同じ道やのに、帰りはまた違うな」

「いろんなことがあったからかな」

 シーが穏やかな声で言った。

「広島、楽しかったな」

「うん」

「お客さんは少なかったけど……」

「でも、全力でやった」

「先輩バンドに認めてもらえた」

「SNSのこと、教えてもらえた」

 ポンズが前を向いて言った。

「帰ったら、動画配信、始めよう」

「うん」

 シーが力強く頷いた。

「自分らで発信せな、コントロールできへん。瀬戸さんの言う通りやな」

「動画サイトでチャンネル作ろう」

 愛未が言った。

「私も勉強するね。小さな事務所でもできること、いっぱいあるはずだから」

「ありがとう、サトちゃん」

「マネージャーだもん。当然でしょ」

 車は、松山に向かって走り続ける。

 広島での経験が、フレイミングパイを一回り成長させた。

 次は、淡路島。

 そして、年末の松山ファイナル。

 彼女たちの中四国ツアーは、いよいよ終盤戦へ突入する。

「……ねえ」

 ポンズがふと窓の外から視線を戻して言った。

「来年、大阪行きたいな」

「……うん、ブラックシトラスもおるしな」

「福岡も」

「うん」

「どこのお客さんでも喜ばせられるバンドに、なりたいな」

「なろう」

 シーが前を見据えて言った。

「絶対に」

 そしてポンズは思い出したように叫んだ。

「サトちゃん!レモンケーキと塩アイス!」

「覚えてたのね……」

 一向は生口島と伯方島に寄り道をし、予定より遅く、夕日に染まる瀬戸内海を眺めながら、来島海峡大橋を渡る。

 フレイミングパイは新たな夢を胸に抱いていた。

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