EP.36 ロックンロールスター(後編)
東京ドームの周辺グッズ売り場は、雨にもかかわらず、すでに長蛇の列だった。
「すごい人……」
ポンズが圧倒されている。
「これ、何時間待ちやろ……」
シーが列の長さを見て溜息をついた。
グッズ売り場には、oasisのTシャツ、パーカー、トートバッグ、タオル、様々なアイテムが並んでいる。
「どれもかっこええ……」
「全部欲しいわ……」
結局、一時間以上並んで、ようやく購入できた。
ポンズはTシャツとトートバッグ。シーはパーカー。カグラとレアはTシャツ。愛未とヤマケンもそれぞれ購入した。
「よし、これで準備完了や」
ポンズが満足そうに言った。
開場までまだ時間がある。六人は東京ドームの周りを歩いた。
至るところにoasisファンがいる。
oasisのTシャツを着た若者。ユニオンジャックのバンダナを巻いた中年男性。カップルで来ている人たち。家族連れもいる。海外からの遠征組もいる。
「いろんな人がおるな」
「世代も国も超えて愛されとるんやな」
シーが感慨深そうに言った。
「うちらも、そういうバンドになりたいな」
「……うん」
ポンズが静かに頷いた。
◇
午後三時、開場の時刻。
六人は入場ゲートへ向かった。
「じゃあ、ここで別れようか」
愛未が言った。
席がバラバラなので、ここから別行動だ。
「ポンズとシーはVIP席、アリーナやね」
「私とカグラは一塁側スタンド」
「宝来さんと僕は三塁側スタンドですね」
ヤマケンが確認した。
「ライブ終わったら、ここに集合ね。はぐれないように」
「はーい」
「じゃあ、楽しんできて!」
六人はそれぞれのゲートへ向かった。
外には持ち込めなかった傘がそこらじゅうに掛けてある。
「折り畳み持ってきとって正解やったな」
そう言いながら、ポンズとシーは、アリーナ席へ。
入場すると、巨大なステージが目に飛び込んできた。
「うわ……でっか……」
ポンズが息を呑んだ。
ステージには巨大なスクリーン。照明の骨組み。スピーカーの壁。
そして、ステージの中央には——oasisの機材がセッティングされていた。
ギターアンプ。ベースアンプ。ドラムセット。キーボード。
「あそこに、ノエルとリアムが立つんや……」
「信じられへん……」
アリーナ席は、ステージからかなり近い。VIP席だけあって、良い位置だ。
「おじいちゃん、ほんまにありがとう……」
ポンズが呟いた。
一方、一塁側スタンドの愛未とカグラ。
「わあ、ドーム全体が見渡せる……」
カグラが感動している。
「五万人以上入るって言ってたけど、本当にすごいね」
愛未もドームの広さに圧倒されている。
客席はまだ半分くらいしか埋まっていないが、それでも相当な人数だ。
「ライブハウスとは全然違うね……」
「ROCK STEADYのキャパが百人くらいだから……五百倍か」
「計算しないで……」
カグラが苦笑した。
三塁側スタンドのレアとヤマケン。
「いい席やな」
レアが周りを見回した。
「ステージ全体が見えるね」
ヤマケンが言った。
「ドラムセット、あそこにあるな。どんな音出すんやろ」
レアがステージのドラムセットを凝視している。
「やっぱりドラマーはドラムが気になるんやね」
「当たり前やん」
レアが笑った。
開演まで、まだ一時間以上ある。
客席は徐々に埋まっていく。
場内にはBGMが流れている。oasisの曲ではなく、様々なロックの曲だ。
スレイド、シン・リジィ、フェイセズ、ザ・フー、ザ・ストーン・ローゼズ、……
「流れてくる曲、参考になるな。まるでロックの歴史を聞いてるみたいや」
シーが呟いた。
「うちらも、いつかこの歴史に名前を刻めるかな……」
ポンズが真剣な顔で言った。
「刻みたいな、いや刻もうや」
シーが力強く答えた。
◇
午後五時過ぎ。
場内が暗転した。
五万人の観客が一斉に歓声を上げる。
「始まる……!」
ポンズの心臓が跳ねた。
ステージに照明が当たる。
オープニングアクト——おとぼけビ〜バ〜の登場だ。
四人の女性がステージに現れた。
「ガールズバンドや……!」
ポンズが目を輝かせた。
おとぼけビ〜バ〜。京都出身の四人組パンクバンド。世界中でツアーを行い、海外でも高い評価を受けている。
「ライブハウス東京ドームへようこそ〜!」
ギターのよよよしえが叫ぶ。
ギターが炸裂した。ドラムが叩きつけられる。ベースが唸る。
ボーカルのあっこりんりんがシャウトする。
激しい。荒々しい。でも、圧倒的にかっこいい。
「なんやこの人ら!すごすぎ……」
ポンズが言葉を失った。
四人の女性が、五万人の観客を完全に支配している。
「袖で見ているであろうマンチェスターのジジイに捧げるこの一曲!」
怒涛のように吹き荒れるパンクロックの嵐。エネルギーの塊。
曲が終わるたびに、大歓声が起きる。
「やばい……やばいやばい……」
シーも興奮している。
「同じガールズバンドなんや……」
「うちらと同じ四人組や……」
でも、スケールが違う。世界で戦っているバンドのパフォーマンスは、次元が違った。
一塁側スタンドのカグラも、目を見開いていた。
「すごい……あの人たち、すごい……」
「ギター、めちゃくちゃ上手いね」
愛未も感心している。
「わたしも、もっと練習しなきゃ……」
カグラが呟いた。
三塁側スタンドのレアは、ドラムに釘付けだった。
「あのドラム……パワーがえぐい……」
「すごい迫力やね」
ヤマケンも圧倒されている。
「女性であのパワー……どうやったら出せるんやろ……」
レアが真剣な目でドラマーを見つめている。
おとぼけビ〜バ〜は約三十分ほどで、十四曲をやってのけた。
最後の曲が終わると、五万人の大歓声が東京ドームを揺らした。
「ありがとう!次はミラーボールの下でお会いしましょう。次は、オエイシス!」
あっこりんりんはそう言い残し、ステージを去っていった。
「すごかった……」
ポンズが呆然と呟いた。
「あれが、世界で戦うバンドか……」
「うちらも、いつかああいうステージに立ちたい」
シーが言った。
「うん……立ちたいな」
ポンズの目に、新たな炎が灯った。
「ほんであんなバンドに…」
「なれるか」
ポンズとシーはケタケタと大笑いした。
◇
転換の時間。
ステージではスタッフたちが慌ただしく動いている。oasisの機材が最終チェックされている。
またもや、さまざまなROCKのBGMが流れ始めている。場内のざわめきも、どんどん大きくなっていく。
五万人の期待が、熱気となって渦巻いている。
「あ、これ!」
ポンズの顔が輝いた。
「何?」
「ジョージや、ジョージのWah-Wahや、ギターのリフ好きなんよ」
「へえ、うん、カッコええな」
そして——ローリング・ストーンズの「We Love You」が流れると、会場の空気が一変する。
午後六時を過ぎている。まもなくだ!場内が再び暗転した。
そして、巨大なスクリーンにレベルメーターの映像が写し出された。
五万人が一気に大歓声を上げる。ものすごいエネルギーだ。
そして、「F*ckin' in the Bushes」がけたたましく鳴り響く!
映画『スナッチ』のオープニングでも使われた、あのインストゥルメンタル。
重厚なビート。うねるようなギター。
会場の興奮が、一気に頂点に達する。
そして——
ステージにスポットライトが当たった。
リアム・ギャラガーとノエル・ギャラガーが手を取り合い、その手を挙げながら現れた。
五万人の絶叫が、東京ドームを揺らした。
「うわあああああ!」
ポンズも叫んでいた。
ノエル・ギャラガーはギブソン・レス・ポールを構えた。
リアム・ギャラガーは持っていたマラカスを放り投げると、マイクの前に立ちドームを煽った。
そして最初の曲、「Hello」が始まった。
あの特徴的な立ち姿。両手を後ろに組んで、マイクスタンドに向かって歌う。
今、目の前にギャラガー兄弟がいる。
ポンズとシーの周りの大人たちには涙ぐんでいる人もいた。
「本物や……本物のoasisや……」
リアムの声が響く。
『Hello, hello, It's good to be back,It's good to be back』
観客が大合唱する。
五万人の声が一つになって、ドームを震わせる。
「すごい……」
ポンズは大興奮だ。
これが、本場イギリスのロックだ。
これが、世界のトップバンドだ。
二曲目、「Acquiesce」。
三曲目、「Morning Glory」。
「あ!あのギター!」
シーがノエルのギターに反応を示した。シーが一目惚れした赤いギブソンのセミアコだ。
シーが店頭で見たのはギブソンES-335だが、ノエルのギターはES-355。
この二つにそう変わりはないが、その見た目のかっこよさにシーは心奪われた。
四曲目、「Some Might Say」。
曲が進むたびに、会場の熱気は上がっていく。
どの曲も、観客は大合唱だ。
リアムが歌い、ノエルがギターを弾き、観客が歌う。
ステージと客席が一体になっている。
五曲目、「Bring It On Down」。
激しいロックナンバー。会場が揺れる。
そして、六曲目——
リアムが何か観客に喋り始めた。聞き取りできないポンズたちはポカンとしているが、周りの観客が一斉に動き始めた。
そして、後ろを向いて、隣の人と肩を組み始めた。
「え、なにこれ?」
ポンズが驚いた。
「ポズナンや!ほらお嬢ちゃんたちも!」
近くのおじさん、おばさんたちが教えてくれた。
「ポズナン?」
「ポーランドのサッカーファンが始めた応援スタイル!後ろ向いて肩組んで飛び跳ねるんだ!」
周りの観客たちが、次々と後ろを向いて肩を組んでいる。
「うちらもやろう!」
ポンズとシーも、周りの人たちと肩を組んだ。振り返ると、ドーム中が背中を向けている。
「Cigarettes & Alcohol」のイントロが鳴り響いた。
見知らぬ人たちと、一瞬で仲間になる。
そして五万人が一斉に飛び跳ねた。
『Is it my imagination, or have I finally found something worth living for?』
「うわあああ!」
東京ドームが揺れている。
文字通り、地面が揺れている。
ポンズは飛び跳ねながら、周りの風景に感動していた。
こんな一体感、今まで感じたことがない。
見知らぬ人たちと肩を組んで、同じ曲で飛び跳ねる。これが、ロックの力なんだ。
観客たちはステージの方が気になるのか、その輪は次第に解けていく。本場では最後までそのままなんだそうだ。
曲が終わるとステージに向かって大歓声を送った。
「最高や……」
ポンズが息を切らしながら言った。
「うん……最高や……」
シーも汗だくだった。
一塁側スタンドの愛未とカグラも、興奮していた。
「すごかった……アリーナが揺れてた……」
「みんな一つになってた……」
カグラが感動で声を震わせている。
「あれが、ロックなんやね……」
「うん……」
三塁側スタンドのレアとヤマケンも、肩を組んで飛び跳ねていた。
「やばかった……」
レアが息を切らしている。
「ドームが揺れとったね」
ヤマケンも興奮している。
「こんな経験、初めてや……」
レアがヤマケンを見た。
「宝来さん楽しい?」
「楽しい! あ、もう宝来さんはやめてや」
「え? なんて言えば」
「下の名前で呼んでよ!」
「レアちゃん!」
「うん!……ヤマケンさん、ありがとう。チケット」
「レアちゃんもヤマケンさんはやめてよ」
「じゃあ……健ちゃん!」
二人は笑い合った。目が合うと照れ臭くなって、また前を向いてステージを見つめた。
◇
ライブは続く。
七曲目「Fade Away」、八曲目「Supersonic」、九曲目「Roll With It」。
激しい曲が続き、会場の熱気は上がり続ける。
十曲目「Talk Tonight」では、ノエルがボーカルを取った。
会場では、観客たちが一斉にスマホのライトを点灯させた。
十一曲目「Half the World Away」、十二曲目「Little by Little」。
美しいメロディに、涙を流す観客も多かった。
十三曲目「D'You Know What I Mean?」。再びリアムが登場する。
重厚なサウンドが、ドームを震わせる。
ノエルがギターソロを弾くと、その都度大歓声が起きた。
「ギターソロ、すごい……」
カグラが目を輝かせている。
ノエルの指が弦の上を走る。感情を込めた、魂のギターソロ。
「あんな風に弾けるようになりたい……」
カグラが呟いた。
十四曲目「Stand by Me」。
十五曲目「Cast No Shadow」。
十六曲目「Slide Away」。
名曲が続く。どの曲も、観客は大合唱だ。
十七曲目「Whatever」。
ストリングスのイントロが響く。
『I'm free to be whatever I, whatever I choose and I'll sing the blues if I want』
自由への賛歌。五万人が一緒に歌う。アウトロではビートルズの「Octopus's Garden」の歌詞が歌われる。
「あ!シー!ビートルズや!オクトパスガーデンや!」
ポンズがシーを揺さぶって興奮する。
「わかったわかった」
シーはポンズに揺さぶられフラフラしている。
十八曲目「Live Forever」。
oasisの代表曲の一つ。
『Maybe I don't really want to know, how your garden grows』
ポンズはこの曲を、祖父邦彦の部屋で初めて聴いた日のことを思い出した。
この曲はどことなく、路上で見かけた頃のシーを思わせた。ゆったりとしていて、それでいて力強く、重厚な雰囲気。そんなシーは今、隣でいっしょにこれを聴いている。
「Live forever……」
永遠に生きる。音楽は、永遠に生き続ける。
「うちもシーとずっと音楽を作っていきたい……」
十九曲目「Rock 'n' Roll Star」。
本編最後の曲。
『Tonight, I'm a rock 'n' roll star』
今夜、俺はロックンロールスターだ。
五万人が叫ぶ。歌う。飛び跳ねる。
東京ドームが、ロックンロールの殿堂になっていた。
曲が終わると、メンバーがステージを去っていった。
アンコールを求める手拍子が始まった。
「オエイシス!オエイシス!オエイシス!オエイシス!」
五万人のコールと手拍子が、ドームを震わせる。
◇
数分後、メンバーがステージに戻ってきた。
大歓声が起きる。
アンコール一曲目、「The Masterplan」。
壮大なバラード。
『All we know is that we don't know』
僕たちが知っていることは、何も知らないということだけ。
深い歌詞が、心に染みる。
アンコール二曲目、「Don't Look Back in Anger」。
oasis最高のバラード曲。
イントロのピアノが響いた瞬間、五万人が大歓声を上げた。多くのオーディエンスが待ち侘びた曲だ。
そして、サビ——
『So Sally can wait, she knows it's too late』
ああ、だからサリーは待ってくれるんだ。俺たちが並んで歩くには……。
五万人が大合唱する。
ノエルは歌わず、観客に歌わせている。
五万人の声だけが、東京ドームに響く。
「すごい……」
ポンズは泣きながら歌っていた。
五万人が一つになって、同じ曲を歌っている。
これが、音楽の力だ。
アンコール三曲目、「Wonderwall」。
『Because maybe, you're gonna be the one that saves me』
もしかしたら、君が僕を救ってくれるかもしれない。
また五万人の大合唱。
リアムは両手を広げて、観客の歌声を受け止めている。
そして、アンコール四曲目——最後の曲。
「Champagne Supernova」。
壮大なイントロが始まった。
七分を超える大曲。oasisの集大成とも言える名曲。
『Someday you will find me, caught beneath the landslide』
いつか君は見つけるだろう、地滑りの下に埋もれた僕を。
曲が進むにつれて、感情が高まっていく。
ノエルのギターソロ。魂を込めた演奏。
大歓声が起きる。
そして、クライマックス——
最後のコーラス。五万人が声を合わせる。
曲が終わる。ノエルは最後の1音を弾くと、ペグを回して弦を緩めていく。そしてギターを下ろした。
そして——
リアムとノエルが、ステージの中央で抱擁した。
十六年の確執を乗り越えて、兄弟が抱き合っている。
五万人の大歓声が、東京ドームを揺らした。
「うわあああああ!」
ポンズは号泣していた。
シーも泣いた。カグラも、レアも。
愛未も目を潤ませている。ヤマケンも感動で言葉が出ない。
これが、ロックだ。
これが、音楽の力だ。
兄弟は手を振りながら、ステージを去っていった。スクリーンに映し出された太陽が沈んでゆく。
そして、場内に照明が灯る。
ライブが終わった。
でも、六人の心には、消えない炎が灯っていた。
◇
ライブ終了後、六人は約束の場所で合流した。
「すごかった……」
ポンズがまだ涙目だった。
「最高やった……」
シーも興奮が収まらない。
「Cigarettes & Alcoholのポズナン、すごかったね」
愛未が言った。
「うちらも飛び跳ねてたで」
レアが笑った。
「最後の兄弟の抱擁、泣いた……」
カグラが目を拭いた。
「僕も泣きそうになりました」
ヤマケンが照れくさそうに言った。
六人は余韻に浸りながら、渋谷のホテルへ戻った。
部屋に戻っても、興奮は収まらない。
メンバー四人の部屋に、愛未とヤマケンも集まった。
「寝れるわけないやん……」
ポンズが言った。
「うん、無理」
シーも頷いた。
「じゃあ、語ろうか」
愛未が提案した。
「今日のライブ、どうやった?」
コンビニで買ってきたお菓子と飲み物を広げて、六人は車座になった。
◇
「うちはな……」
ポンズが口を開いた。
「おじいちゃんのことを思い出しとった」
「邦彦さん?」
「うん。おじいちゃんがoasisのこと教えてくれんかったら、今日ここにおらんかった」
ポンズが目を潤ませた。
「ビートルズを生で見れんかったのが心残りやったって、おじいちゃん言うとった。でも、うちは今日、oasisを生で見れた。おじいちゃんのおかげや」
「……ええ話やな」
シーが静かに言った。
「シーは?どうやった?」
「うちは……」
シーが少し考えてから言った。
「五万人が一つになる瞬間を見た。『Don't Look Back in Anger』の大合唱、『Wonderwall』の大合唱……あれが、音楽の力やと思った」
「うん……」
「うちらも、いつかあんな瞬間を作りたい。松山の小さなライブハウスから始まって、いつか……」
「東京ドームで?」
「そやな……」
シーが照れくさそうに笑った。
「カグちゃんは?」
「わたしは、ノエルさんのギターに感動しました」
カグラが目を輝かせて言った。
「ギターソロの時、会場中が歓声を上げてた。お決まりのフレーズで、あんな風に人を感動させられるようになりたい」
「カグラなら、きっとなれるよ」
愛未が言った。
「ありがとうございます……でも、もっともっと練習しなきゃ」
「レアは?」
「うちは……」
レアが少し恥ずかしそうに言った。
「おとぼけビ〜バ〜のドラム、すごかった。同じ女性であのパワー……どうやったら出せるんやろって、ずっと考えとった」
「レアちゃんもパワフルやで」
ポンズが言った。
「でも、まだまだや。もっと練習して、もっと強くならんと」
レアが拳を握った。
「あと……」
レアがチラッとヤマケンを見た。
「Cigarettes & Alcoholの時、一緒に肩組んで飛び跳ねたやん。あれ、楽しかったな健ちゃん」
「レアちゃん大興奮やったもんね」
ヤマケンが照れくさそうに笑った。
ポンズとシーが目配せする。何か感じ取ったようだ。
「山田くん?どうやった?」
愛未が聞いた。
「僕は……」
ヤマケンが真剣な顔で言った。
「みんなと一緒に来れてよかったです。一人で見るより、何倍も楽しかった」
「うちらもヤマケンさんがおってくれてよかったで」
ポンズが言った。
「東京案内してくれたし、チケットもあったし」
「いやいや、僕は何も……」
「謙遜すんなって」
レアが笑った。
「愛未さんは?」
「私?」
愛未が少し考えてから言った。
「私は……みんなが成長していく姿を見れて、嬉しかった」
「成長?」
「ライブを見た後のみんなの目、今もだけどキラキラしてる。こうやって刺激を受けて、もっと頑張ろうっていう顔してる」
「……」
「マネージャーとして、こんなに嬉しいことはないわ」
愛未が微笑んだ。
「みんな、本物のロックを浴びて、また一つ成長したと思う。これを糧に、もっといいバンドになろうね」
「うん!」
「はい!」
全員が頷いた。
◇
話は尽きなかった。
セットリストの話。演出の話。ノエルのギターの話。リアムの声の話。
「Morning Gloryのイントロ、鳥肌立った」
「五万人の大合唱、一生忘れへん」
「最後のChampagne Supernova、終わらんといて〜って思った」
「兄弟の抱擁、ほんまに泣いた」
気づけば、時計はテッペンをはるかに超えていた。
「やば、もうこんな時間?」
ポンズが時計を見て驚いた。
「今夜もまた、夜更かししてもうたな……」
「でも、眠くない」
「興奮で寝られへんかったもんな」
六人は顔を見合わせて笑った。
「それでもそろそろ寝ようか……」
愛未が時計を見た。
「チェックアウト十一時やし、ギリギリまで寝て……」
「いや……」
シーが立ち上がった。
「起きたらすぐに行きたいところがある」
「どこ?」
「武道館」
シーの言葉に、全員が顔を見合わせた。
◇
早朝の東京。
六人はチェックアウトを終えると、渋谷から地下鉄に乗り、九段下へ向かった。
駅を出ると、朝の光の中に——日本武道館がそびえ立っていた。
「武道館……」
ポンズが呟いた。
玉ねぎのような特徴的な屋根。荘厳な佇まい。
日本の音楽の聖地。
「ビートルズが日本で初めてコンサートをやった場所やな」
シーが言った。
「おじいちゃんが、ビートルズの武道館公演には小さかったから行けんかったって言うとったな……」
ポンズが目を潤ませた。
「うちが、思わず目指すって言うてしもたんよな。ほら今夜もロックのショーが入ってある」
シーが武道館を見上げて言った。今夜はエレファントカシマシ宮本浩次氏のプロジェクトライブが催されるようだ。
「徳島で会った嶺音ちゃんも言うとったやろ。『お互い武道館でライブしよう』って」
「……うん」
「うちらは、武道館を目指す。いや、その先も」
「その先?」
「昨夜言うたやん、東京ドーム」
シーの言葉に、全員が息を呑んだ。
「昨日、五万人の前でoasisが演奏しとった。あの景色、うちらも見たい」
「……」
「無理やと思う?」
「……思わへん」
ポンズが言った。
「うちらなら、できる」
「わたしも、そう思います」
カグラが言った。
「うちも」
レアが言った。
「僕も、信じてます」
ヤマケンが言った。
「途方もない夢ね……でも私も信じる」
愛未が笑って言った。
六人は、朝日に照らされた武道館を見上げた。
「松山に帰ったら、また練習や!」
シーが言った。
「広島、淡路、松山ファイナル。ツアー後半、全力で行こう」
「うん!」
「そして、来年は——」
シーが拳を握った。
「もっと大きなステージへ」
武道館の向こうに、東京ドームがある。
いつか、あの場所に立つ日が来る。
六人は、そう信じていた。
◇
午後の飛行機で、六人は松山へ戻った。
機内で、ポンズはずっと窓の外を見ていた。
「どうしたん?」
シーが聞いた。
「なんか……まだ夢みたいで」
「夢やないで。全部本当や」
「うん……わかっとる」
ポンズがスマホを取り出した。
MIYASHITA PARKで撮った写真。東京ドームの前で撮った写真。oasisのグッズ。
全部、本当にあったことの証拠だ。
「おじいちゃんに、いっぱい話さんと」
「そうやな」
「岩田さんにも報告せんと」
「うん」
窓の外には、雲海が広がっている。
昨日と同じ景色。でも、見える世界が違う。
本物のロックを浴びた。
世界のトップバンドを見た。
五万人の一体感を体験した。
そして、新たな目標ができた。
武道館。東京ドーム。
「松山に帰ったら……」
ポンズが呟いた。
「曲、作ろう」
「え?」
「今日感じたこと、全部曲にしたい。oasisを見て、おとぼけビ〜バ〜を見て、五万人の一体感を感じて……全部」
「……ええな」
シーが笑った。
「帰ったら、おじいちゃんの家で曲作りや」
「うん!」
飛行機が高度を下げ始めた。
窓の外に、瀬戸内海が見えてきた。
松山が近づいている。
新たな決意を胸に、フレイミングパイは故郷へ帰っていった。
oasis東京ドーム公演——その経験は、彼女たちの音楽を、また一つ成長させることになる。




