EP.35 ロックンロールスター(前編)
カグラの高校の学園祭に出演し、大いに盛り上がった九月の終わり頃のことだった。
中四国ツアーは後半戦に入っていた。徳島を終え、十一月に広島、十二月に淡路、そして年末には松山ファイナルが控えている。
この日、ポンズとシーは曲作りのためにポンズの祖父、光月邦彦の家を訪れていた。
十五周年ライブ以来、二人は時々この場所を借りている。邦彦の家には防音設備の整った部屋があり、気兼ねなく音を出せるのだ。
「ここのコード進行、もうちょっとこうした方がええんちゃう?」
「うーん、でもそれやとサビへの流れが……」
二人で譜面を睨みながら、ああでもないこうでもないと議論している。
そこへ、邦彦がコーヒーを持ってやってきた。
「ほい、休憩にせえ」
「おじいちゃん、ありがとう」
ポンズがカップを受け取る。シーも「ありがとうございます」と頭を下げた。
邦彦の部屋は、往年のロックスターたちのポスターが貼られている。ビートルズとともにoasisのギャラガー兄弟と、フレイミングパイの写真も貼られている。邦彦は自分もソファに腰を下ろすと、壁に貼られたポスターに目をやった。
「かんちゃん、前にこのポスター見て『この人ら誰?』って聞いとったやろ」
「ああoasisやろ。ビートルズの遺伝子を継ぐ男たちやって教えてくれたやん」
「そうや。それから、oasisの曲聴くようになったんよな」
「うん。『Wonderwall』とか『Don't Look Back in Anger』とか、めっちゃ好きになったし」
「うちも聞いてます。レコーディングした時、この人らのレコーディング方法をヒントにしたって、聞きました」
シーもそう答えた。ポンズは祖父の影響で音楽の幅を広げてきた。ビートルズもoasisも、祖父から教わった。
「ほうか、ほうか」
邦彦は満足そうに頷くと、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと待っとって」
邦彦が部屋を出ていく。
「なんやろ?」
ポンズとシーが顔を見合わせる。
しばらくして、邦彦が封筒を持って戻ってきた。
「かんちゃん、シーちゃん。これ、キミらにやる」
「なに?」
ポンズが封筒を受け取り、中を覗く。
そして、目を見開いた。
「え……これ……」
「oasisの東京ドーム公演。十月二十六日、二日目のチケットや」
「嘘やん……!」
ポンズが叫んだ。手が震えている。
「VIP席や。アリーナで見れるで」
「おじいちゃん、なんで……どうやって……」
「去年の大晦日のセッションライブのお礼」
去年の年末、祖父が企画した身内イベントにフレイミングパイはゲスト出演した。祖父の仲間のミュージシャンが集まるセッションライブで、ポンズたちにとっても楽しい経験だった。
「あの時、かんちゃんらが出てくれて、それはもう楽しかった。そのお礼がしたいと思っとってな。仲間と出し合ったんや」
「でも、oasisのチケットって……去年の十二月頃に抽選やったんやろ?すごい倍率やったって聞いたけど」
「そうや、仲間と何人かで応募して、ワシが運よく当たったんや」
邦彦はさらりと言った。
「本物のロックを見てきたらええわ」
邦彦の声が少し熱を帯びた。
「ワシが若い頃、ビートルズを生で見れんかったのが心残りやった。ビートルズの来日のときまだ小学生やったからしゃあないけどな。でもポールとジョージの公演は行けたんや。それはもう嬉しくてな。やから、かんちゃんらにも本物を見てほしいんよ」
「おじいちゃん……」
「ビートルズの遺伝子を継ぐoasisを、生で浴びてきて」
ポンズの目に涙が滲んだ。
「おじいちゃん、ありがとう……!」
ポンズが祖父に抱きつく。邦彦は照れくさそうに、でも嬉しそうに孫の頭を撫でた。
シーは恐縮している。
「でも、ポン…寛奈とお二人で行ったらいいんじゃ……」
「いやいやシーちゃんにも行ってほしいんよ。シーちゃんはかんちゃんにとっては大切な相棒や!二人で楽しんできて。ワシの分まで、しっかり目に焼き付けてきて」
「ありがとうございます!」
シーは深々と頭を下げた。
◇
喜びも束の間、ポンズとシーは顔を見合わせた。
「でも……東京、どうやって行くん?」
「二人だけで大丈夫かな……」
チケットは二枚。ポンズとシーの分だ。
でも、二人だけで東京ドームへ行くのは心もとない。飛行機の乗り方も、東京の電車の乗り換えも、よくわからない。
「サトちゃんに相談してみよか」
「うん、そうしよう」
◇
数日後、二人はROCK STEADYにある事務所で愛未に相談していた。
「東京?二人で?」
愛未が眉をひそめる。
「チケットはあるんやけど……」
「二人だけやと、ちょっと不安で」
シーが正直に言った。
「そりゃそうよね。東京ドームでしょ? 行き方わかるの? 二人迷子になりそうよ」
愛未も悩ましそうな顔をする。
「私も一緒に行くか……東京ドームの外で待つしかないわよね……」
その時、事務所の扉が開いた。
「ただいま〜」
入ってきたのは岩田だった。ROCK STEADYのオーナーだ。今では愛未と共同経営をしている。事務所はライブハウスのオフィスのスペースを共用させてもらっているのだ。
「あ、オーナー、おかえり」
「こんにちは〜岩田さん」
「あ、詩音ちゃん、ポンズちゃん、ちょうどよかった」
岩田は穏やかな笑顔で、手に持った封筒をテーブルに置いた。
「これ、みんなに渡そう思って」
「なんですか?」
愛未が封筒を開ける。
そして、目を丸くした。
「これ……oasisのチケット!?」
「十月二十六日、二日目。一塁側のスタンド席じゃけど」
「岩田さん、なんで……」
シーが驚いて聞いた。
岩田は少し照れくさそうに頭を掻いた。
「去年、ライブハウスの経営が厳しかった時、みんな助けてくれたやろ」
「……」
「あの時のこと、ボクはずっと感謝しとるんよ。いつかお礼がしたい思て、去年の十二月に抽選申し込んどったんや」
「岩田さん……」
「若いうちに本物見とけってね。それが一番の財産になるけんな」
シーが深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
ポンズも続いた。
「ボクは身体壊してしもたし、よう行かんから、行ける人で楽しんできてくれたら、それでええんよ」
これで四枚になった。
邦彦からの二枚と、岩田からの二枚。
ポンズとシーはVIP席。残りの二枚は一塁側スタンド。
愛未が考え込む。
「四枚あれば、カグラとレアも行ける……」
「サトちゃんも一緒に行ってくれるん?」
ポンズが期待を込めて聞いた。
「こうなったら一緒に行って、私、東京ドームの外で待つわ」
愛未は苦笑した。
「やっぱり四人だけで東京、心配だものね」
メンバーは全員十八歳以下。東京でデビューを果たしたことのある愛未が一緒なら安心だ。
「サトちゃんありがとう……」
ポンズとシーが感謝を述べると、事務所の扉がまた開いた。
「お疲れ様です!」
入ってきたのはヤマケンだった。いつものように事務所とライブハウスのスタッフ、そして大学と両立して忙しい日々を送っている。
「あれ、そのチケットは?」
「ああ、oasisのライブのチケット」
ポンズが説明した。
「チケットは四枚あるから、メンバー四人で行こうか思ってるんやけど、サトちゃんが着いてきてくれるって話してて……」
「oasis!?」
ヤマケンの目が輝いた。
「僕も持ってるんですよ、oasis!」
「え?」
「チケット! ペアで取れたんですけど……」
ヤマケンが少し残念そうな顔をした。
「一緒に行く予定やった友達が、就活で行けんくなったんよ。急に最終面接入ったらしくて、もう1枚どうしよか思ってたとこやったんです」
「山田くん、それ何日のチケット?」
愛未が身を乗り出した。
「二十六日です。二日目の。三塁側スタンドなんですけど」
「二日目!」
ポンズが叫んだ。
「うちらも二十六日!」
「え、マジですか!」
ヤマケンも驚いている。
愛未が計算する。
「山田くんのが二枚で……全部で六枚。メンバー四人と、私と山田くんで……」
「六人!全員で行ける!」
ポンズが飛び跳ねた。
「すごい!みんな二日目のチケット持っとったん!」
「奇跡やな……」
シーも珍しく興奮した様子だ。
「おじいちゃんと岩田さんとヤマケンさんのおかげや!」
ポンズが両手を上げて喜ぶ。
愛未が手帳を取り出した。
「十月二十六日、カグラは中間考査が終わってるわよね?」
「広島は十一月、カグラちゃんの期末考査の後だし、淡路は十二月、大丈夫です」
ヤマケンもスケジュールを確認しながら言う。
「飛行機代とホテル代は、事務所から出しましょう!」
愛未が宣言した。
「サトちゃん、ええの?」
「これも経験のうちよ。本物のライブを見ることは、バンドにとって大事な投資だもの」
愛未はマネージャーとして、メンバーの成長を第一に考えていた。
「ありがとう、サトちゃん!」
「ボクもいいんですか?」
「出張費!」
「ありがとうございます!」
「よし、ポンズ、レアとカグちゃんにメッセージ!」
シーがポンズに指示する。
「うん!すぐ送る!」
「みんなの気持ちが集まって、六枚のチケットが揃った。感謝して、最高の経験にしような」
シーがそう言うと、ポンズは大きく頷いた。
「東京行くで!oasis見に行くで!」
ポンズが拳を突き上げた。
「おー!」
全員の声が揃った。
十月二十六日。
フレイミングパイは、本物のロックを浴びに東京へ向かう。
邦彦、岩田、ヤマケン、そして愛未——みんなの愛を感じて。
◇
十月二十五日の夕方。
フレイミングパイの四人と愛未、ヤマケンの六人は、松山空港に集合していた。
今日の便で東京へ飛び、明日のoasisライブに備える。
「みんな揃った?」
愛未がメンバーを確認する。
「シーいまーす」
「カグラいます」
「レアおるで」
「ポンズおるよ!」
「僕もいます」
ヤマケンも手を挙げた。
「よし、全員揃ったね。じゃあ搭乗手続きしましょう」
松山空港は小さな空港だが、夕方の時間帯は出張のビジネスマンで賑わっていた。
搭乗手続きを済ませ、保安検査場へ向かう。
「飛行機乗るん、初めてなんよ」
ポンズがソワソワしている。
「うちも」
シーも少し緊張した顔だ。
「わたしは小さい頃に乗ったことあるけど、覚えてないなあ」
カグラも不安そうだ。
「うちは何回か乗ったことあるで」
レアだけが落ち着いている。
「じゃあレアちゃんが先輩やな」
「任せとき」
レアが胸を張った。
保安検査場の列に並ぶ。
愛未が説明する。
「金属探知機を通るから、ポケットの中のものは全部出してね。スマホ、鍵、小銭とか」
「はーい」
みんなが素直に従う。
愛未が最初に通過。問題なし。
シーが通過。問題なし。
カグラが通過。問題なし。
ポンズが通過。問題なし。
ヤマケンが通過。問題なし。
そして、レアの番。
レアが金属探知機のゲートをくぐった瞬間——
ピーッ!
警報音が鳴り響いた。
「え?」
レアが驚いて立ち止まる。
「すみません、もう一度通っていただけますか?」
係員が丁寧に声をかける。
レアがもう一度通る。
ピーッ!
また鳴った。
「あの、何かアクセサリーとか身につけていませんか?」
「あ、ネックレス……」
レアが首元のチェーンを外した。シルバーのペンダントだ。
「もう一度お願いします」
レアが通る。
ピーッ!
まだ鳴る。
「え、なんで……」
レアが焦り始めた。
「ブレスレットも」
係員が指摘する。
「あ、はい」
レアが両腕のブレスレットを外す。シルバーのチェーンブレスレットが三本。
レアが通る。
ピーッ!
まだ鳴る。
「嘘やん……」
レアの顔が青くなってきた。
「あの、ピアスは?」
「あ……」
レアが耳に手をやる。両耳にシルバーのフープピアス。
外す。
レアが通る。
ピーッ!
まだ鳴る。
「なんでや!もう何もつけてへんで!」
レアが叫んだ。
後ろで待っているメンバーたちが心配そうに見ている。
「レアちゃん、大丈夫?」
「なんか引っかかっとるみたいやな……」
係員がハンディタイプの金属探知機を持ってきた。
「すみません、こちらで確認させていただきます」
係員がレアの体を探知機でスキャンしていく。
頭——反応なし。
肩——反応なし。
胸——反応なし。
腰——ピピピッ!
「あ、ここですね。ベルトのバックルかと」
「あっ!」
レアが腰に手をやった。
今日のレアは、大きなシルバーのバックルがついたレザーベルトを締めていた。
「ベルト外してください」
「は、はい……」
レアが恥ずかしそうにベルトを外す。
ズボンがずり落ちそうになるのを慌てて押さえる。
「も、もう一度通ってください」
レアが金属探知機を通る。
——反応なし。
「はい、大丈夫です。お通りください」
「……ありがとうございます」
レアがげっそりした顔で通過した。
ベルトを締め直し、アクセサリーを回収する。
「レアちゃん、大丈夫やった?」
ポンズが駆け寄ってきた。
「大丈夫やない……めっちゃ恥ずかしかった……」
「ベルトのバックルやったんや」
「うち、今日のファッション否定された気分や……」
レアが項垂れた。
「うちのドラマーは足元から腰回りまで金属まみれやもんな」
シーが苦笑する。
「次から飛行機乗る時は、シンプルな格好にしよな」
「……うん」
レアが力なく頷いた。
「でも宝来さんのファッションいつもかっこええと思うで!」
ヤマケンがフォローした。
「……ほんま?」
「これぞロックって感じでええやん」
「……ありがとう、ヤマケンさん」
レアが少しだけ元気を取り戻した。
◇
搭乗ゲートで待っている間、ポンズがソワソワしている。
「ねえねえ、飛行機ってどんな感じ?」
「新幹線みたいなもんやで。ちょっと揺れるけど」
レアが先輩風を吹かせる。さっきの恥ずかしさを忘れたいのかもしれない。
「離陸の時、耳がキーンってなるけど、唾飲み込んだら治るけん」
「へー、レアちゃん詳しいな」
「まあな」
レアが得意げに言った。さっきまでの落ち込みはどこへやら。
搭乗が始まり、六人は機内へ。
座席は三列シートが二つ並ぶ配置。愛未が事前に座席を指定していた。
ポンズが窓側に滑り込む。隣にシー、通路側に愛未。
反対側の列は、窓側にカグラ、隣にレア、通路側にヤマケン。
離陸の時間が近づく。
「シートベルトしっかり締めてね」
愛未が確認する。
「ドキドキする……」
ポンズが窓の外を見ている。
やがて、機体が動き始めた。
滑走路を進み、加速していく。
そして——
ふわっと体が浮く感覚。
「うわあ!飛んだ!」
ポンズが歓声を上げた。
窓の外には、夕暮れの松山の街が広がっている。瀬戸内海がオレンジ色に染まっている。
「きれい……」
カグラも窓に顔を近づけている。
「松山があんなに小さく見える……」
レアが感心したように言った。
「東京まで一時間ちょっとやけん、あっという間やで」
ヤマケンが教えてくれた。
「フィッシュ・オア・ビーフ?って聞かれるんか?」
ポンズが心配そうにシーに尋ねる。
「食事なんか出るか、しかも国内線やで、飲み物はあると思う」
シーが呆れ顔で言った。
機体が安定飛行に入ると、ポンズはイヤホンを取り出した。
「oasis聴いとく。予習や予習」
「ポンズ、もう何百回も聴いとるやろ」
「何回聴いても足りんもん」
ポンズがスマホでoasisを再生し始めた。
窓の外には、夕焼けの雲海が広がっている。
明日、本物のoasisに会える。
その興奮を胸に、六人を乗せた飛行機は東京へと向かっていった。
◇
羽田空港に到着したのは、午後七時過ぎだった。
「東京や……」
ポンズが空港の大きさに圧倒されている。
「松山空港の何倍あるん?」
「比べもんにならんな」
シーも周りを見回している。
「人多い……」
カグラが人混みに圧倒されている。
「はぐれないようにね」
愛未が注意する。
愛未の説明では、京急で品川まで行き、JR山手線に乗り換え渋谷へ向かうと言う。
メンバーたちは伊予鉄道で使ってるモバイルのICOCAを使えることに感動していた。そして今夜の宿は渋谷のホテルだ。
「それにしても東京の電車、複雑すぎひん?」
レアが路線図を見て目を回している。
「大丈夫、僕が案内しますよ」
ヤマケンが先頭に立った。大学の友人らと東京に遊びに来たことがあるらしい。
「ヤマケンさん頼りになるなあ」
「任せてください」
ヤマケンが胸を張った。
渋谷駅に着いたのは午後八時過ぎ。
駅を出ると、夜の渋谷の街が広がっていた。
「うわ、すごい……」
ポンズが立ち尽くした。
スクランブル交差点。巨大なビジョン。行き交う人々。ネオンの光。
松山とは全然違う。まるで別世界だ。
「これが渋谷か……」
シーも圧倒されている。
「東京、すごいね……」
カグラが呟いた。
「ホテルはこっちです」
ヤマケンが先導する。
渋谷の街を歩いていると、ふとポンズが足を止めた。
「あ!見て!」
ポンズが指差した先には、MIYASHITA PARKの建物があった。
エスカレーターのところに、巨大なoasisのロゴが施されている。
「oasisや!」
「ほんまや!」
メンバーたちが興奮する。
「ああ、あそこ、oasisのポップアップストアやってるって聞いたよ」
ヤマケンが教えてくれた。
「行きたい!」
ポンズが目を輝かせた。
「今日はもう遅いから、明日の朝、ライブ前に行こうか」
愛未が提案した。
「うん!絶対行く!」
ポンズが拳を握った。
ホテルにチェックインし、部屋に荷物を置く。
ポンズたち四人が一部屋、愛未とヤマケンが別々の部屋。
「明日は朝九時にロビー集合ね。MIYASHITA PARK見てから、東京ドームへ向かいましょう」
「はーい」
「おやすみなさい」
みんなで挨拶を交わし、それぞれの部屋へ。
「うわ、ホテルの2段ベッドなんか初めて見るわ!」
メンバー四人の部屋は、グループでの宿泊に適したバンクベッドタイプだった。そして四人はなかなか眠れなかった。
「明日、oasisやな……」
ポンズがベッドの上で呟く。
「なんか緊張してきた……」
「うちも」
「わたしも……」
「東京ドームって、五万人以上入るんやろ?」
「想像できひん……」
四人とも、興奮で目が冴えている。
「寝んと明日もたんで」
シーが言った。
「わかっとるけど、寝られへん……」
ポンズが枕を抱きしめる。
「羊数えよか」
「羊?」
「羊が一匹、羊が二匹……って」
「ギャラガーが一人、ギャラガーが二人……」
「それ余計に寝られへんやつや」
笑いが起きた。
結局、四人が眠りについたのは深夜一時を過ぎてからだった。
◇
翌朝、十月二十六日。
oasisライブ当日、あいにくの雨模様だった。
六人は朝九時にホテルのロビーに集合した。
「みんな眠れた?」
愛未が聞く。
「……あんまり」
「興奮して寝られへんかった」
「うちも……」
「僕は爆睡でした」
ヤマケンだけがすっきりした顔をしている。
「若いからタフやなあ」
「いや、みんな僕より若いやろ」
渋谷の朝は、まだ人が少なかった。
MIYASHITA PARKへ向かう。
公園を挟んで南北にビルが一体化した建物は、それだけで未来的な雰囲気がある。
エスカレーターを上がると、oasis一色の世界が広がっていた。
「すごい……」
ポンズが息を呑んだ。
館内のBGMは、すべてoasisの曲だ。「Wonderwall」が流れている。
巨大なサイネージには、oasisのミュージックビデオが映し出されている。
「トイレでもoasis流れとったよ」
ヤマケンが教えてくれた。
「徹底しとるな……」
「あ、見て!フォトスポット!」
ポンズが駆け出した。
一階のエスカレーター横に、特設のフォトスポットがあった。
一つは「Live Forever」のワンシーンを再現したもの。壁に、椅子が浮かぶ演出。
もう一つは『(What's the Story) Morning Glory?』のアルバムアートワークの巨大パネル。あの有名なジャケットの前で写真が撮れる。
「あのジャケット、再現できるん!?」
ポンズが興奮している。
「並ぼう!」
スタッフが常駐しており、順番に撮影してくれる。
六人で並んで待つ。
「あのジャケット、何回見たかわからんわ」
ポンズが嬉しそうに言う。
「男の人が向かい合って歩いとるやつやろ?」
「そう!」
順番が来た。
巨大なパネルの前に立つ。朝の光を模した照明が当たっている。
「じゃあ、撮りますよー」
スタッフがカメラを構える。
「せーの」
パシャッ。
ポンズとシー、カグラとレア、愛未とヤマケン、それぞれが記念撮影。みんな最高の笑顔だ。
「ありがとうございます!」
写真を確認する。
「ええ写真や……」
ポンズが感動している。
「これ、一生の宝物やな」
シーも満足そうだ。
続いて、二階にある再結成時の宣材写真のパネルでも撮影。
ギャラガー兄弟が並んで立っている、あの歴史的な写真だ。
「十六年ぶりの再結成……」
ポンズが呟いた。
「今日、本物に会えるんや……」
「信じられへん……」
レアも感慨深そうだ。
館内を歩いていると、oasisのグッズを身につけた人々とすれ違う。
Tシャツ、パーカー、トートバッグ。みんな今日のライブを楽しみにしているのだ。
「ファンがいっぱいおるな」
「うちらだけやないんや」
「日本中から集まってきとるんやろな」
タワーレコード渋谷店の前も通った。巨大なスクリーンにoasisの映像が流れ、「Don't Look Back in Anger」が響いている。
写真を撮る人々で賑わっている。
「東京、oasis一色やな」
「ほんまや」
時計を見ると、もう十時を過ぎていた。
「そろそろ東京ドームへ向かおうか」
愛未が言った。
「開場は三時やろ?まだ早いんちゃう?」
「グッズ買うなら、早めに行った方がええと思う。並ぶやろうし」
「それもそうやな」
六人は渋谷を後にし、東京ドームへ向かった。
地下鉄を乗り継いで、水道橋駅へ。
駅を出ると——
「うわあ……」
東京ドームの巨大な姿が目に飛び込んできた。
「でっか……」
ポンズが立ち尽くした。
「ここに五万人以上入るんや……」
「ROCK STEADYの何倍やろ」
「計算したくないな……」
ドームの周りには、すでに傘をさした無数のoasisファンが集まり始めていた。
oasisのTシャツを着た人、ユニオンジャックの旗を持った人、ギャラガー兄弟の顔がプリントされたトートバッグを持った人。
みんな、今日この日を待ち望んでいたのだ。
「すごい熱気や……」
ポンズが呟いた。
六人は、人の波に飲み込まれながら、グッズ売り場へと向かった。
oasisとの出会いが、もうすぐそこまで迫っていた。




