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PONZ! ~ポール・マッカートニー大好きっ子が、路上ライブのシンガー、内気な天才ギタリスト、アクセ好きドラマーとバンドを組んだ話~  作者: 文月(あやつき)
第3部

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EP.34 学園祭! フレイミングパイと東雲旭

 東雲旭(しののめあさひ)が、その人を初めて見たのは、二月のことだった。

 松山城の城山の麓にある女子校の中等部三年生の旭は、友達と大街道のアーケード街を歩いていた。

 その日、大街道ではマツヤンプロジェクトの「マツヤンドリームセッション」というイベントが行われていた。ゲスト出演したガールズバンドが演奏をしており、アーケード街に迫力ある音が響いていた。ステージの方を見ると、様々な制服の高校生たちがステージのパフォーマンスに大歓声を上げている。

 その盛り上がりの輪の後方から、旭たちはステージ上のバンドを見た。

 ガールズバンドは四人組。今日のイベントへのゲスト出演らしいが、演奏は圧倒的だった。

 特に、リードギターの子。他の女の子たちより背が高く、長い髪を後ろで一つに括り、指が弦の上を走る。

(あの人、上品そうなのに、すごい演奏……かっこいい……)

 旭は足を止めて、最後まで見入ってしまった。

 それから数週間後。

 もうすぐ高等部に進学する三月のこと。旭は校舎の渡り廊下を歩いていた。

 窓の外を何気なく見ると、高等部の校舎から出てきた先輩が目に入った。

 長い髪を後ろで括った背の高い人。おっとりした雰囲気。

(あの人……)

 大街道で見た、あのリードギターの人だ。

 お嬢様学校の先輩が、ロックバンドのギターを弾いていた。そのギャップに、旭は興味を惹かれた。

 それから、旭はその先輩を目で追うようになった。

 先輩の名前は神楽坂奏多(かぐらざかかなた)だと分かった。高等部一年生らしいが、知り合いの先輩に聞いても、誰もよく知らないくらい目立たない生徒らしい。ただ成績はいつも優秀らしい。

 でも、旭が気になるのは、彼女のもう一つの顔だった。


          ◇


 三月のある水曜日。

 旭は思い切って、神楽坂先輩の後をつけてみることにした。

 放課後、先輩が校門を出ていく。旭はこっそりと後を追った。

 商店街を抜け、大街道を通り過ぎ、先輩はある建物の前で立ち止まった。

 倉庫を改装したような建物。看板には「ROCK STEADY」と書かれている。

(ここってライブハウス……?)

 先輩が関係者入り口らしき扉を開けて中に入っていく。旭はライブハウスの入口の前で、キョロキョロとしていた。

 すると、入口からスタッフらしき若い男性に声をかけられた。

「今日のライブですか?開場は五時からですよ。キミ高校生?」

「は、はい!」

 旭は咄嗟に嘘をついた。まだ中学三年生なのに。

「……あの、初めて来たんですけど」

 旭は人の良さそうなその男性スタッフにすがるように言うと、

「前売りチケットないの? 余ってるけどどう? 当日券より安いから」

 男性はチケットをポーチから取り出した。

「千五百円ね。ドリンクは中で別で買ってね」

 旭は緊張しながらお金を払った。

「ありがとう!じゃ開場までしばらく待っててくださいね」

 男性はそういうと、入り口の外に告知ボードを設置し始めた。

 告知ボードには手書きで「フレイミングパイ 今日も一緒に楽しむよ! ポンズ シー カグラ レア」と書いてあった。

 カグラという人が神楽坂先輩だろうか? 十七時会場、十七時半開演、当日券二千円、ドリンク五百円、ほんとだ前売り券の方が安い。

 旭が開場の午後五時までライブハウスの外で待っていると、次々とライブハウスの前に人が集まってきた。高校生や大学生、中年層の男性までいる。

(これって、先輩のバンドのファンの人?)

ライブハウスが開かれ、旭はわけのわからぬまま、初めて踏み入れるライブハウスの雰囲気にただただ不安感でいっぱいだった。

「あ、さっきの」

と、表で出会った男性スタッフが声をかけてくれた。

「フレイミングパイはめっちゃかっこええよ!松山で今一番注目されとるガールズバンドやからね!」

 ネームホルダーには「ヤマケン」とカタカナで書かれている。バンドのことを随分と熱心に説明してくれた。よく聞くとまだ大学生らしく、インターンでバンドの事務所とライブハウスのスタッフとして入ったばかりだと言う。

 会場の中に入った。倉庫を改装した空間は、思ったより広かった。ステージにはスピーカーやドラム、マイクがセッティングされている。お客さんは五十人以上いるだろうか。平日なのにこの人数は、人気があるということだ。

 やがて、ライブが始まった。

「フレイミングパイ いっくでえぇぇぇ!」

 ステージに立ったのは、四人の女の子たち。ベースの女の子の一声で、会場のボルテージが一挙に上がった。

 ボーカルの子がギターをかき鳴らし、歌い始める。ベースの子が飛び跳ねながら弾いている。ドラムの子が力強くリズムを刻む。

 そして、神楽坂先輩がギターを弾いていた。

 学校で見る姿とは全然違う。真剣な表情で、指が弦の上を走る。

(先輩やっぱりかっこいい……)

 旭の心臓が早鳴りしていた。

 クラシックピアノをずっと習ってきた。でも、こんな音楽は初めてだった。

 感情をぶつけるような演奏。お客さんを巻き込む熱気。ステージと客席が一体になる感覚。

(これがロック……)

 ライブが終わった時、旭の額は汗でびっしょりだった。

 物販コーナーで、バンドのステッカーを買った。家に帰っても、あの音が頭から離れなかった。


          ◇


 四月、春休みが終われば、旭は高等部に進学する。

 フレイミングパイのことが頭から離れない。調べてみると、ROCK STEADYの十五周年ライブにも出演するらしい。四組の人気バンドが四日間、それぞれワンマンで行うイベントで、フレイミングパイは千秋楽を飾るという。二部制で前に行った時よりたくさん演奏が聴ける。旭は迷わず前売り券を購入した。旭は再びROCK STEADYへ足を運んだ。

 十五周年ライブの千秋楽。会場は満員だった。フレイミングパイの演奏は、三月に見た時よりもさらにパワーアップしていた。

 第一部ではアコースティック楽器だけの落ち着いたライブだった。神楽坂先輩の歌声も初めて聴いた。そして第二部は圧巻だった。前回のライブより音の迫力が増し、間奏やアウトロが延長され、ずっと体を揺らしっぱなしだった。最後は神楽坂先輩がピアノを弾いて驚いた。バンドにピアノ!旭の体に電撃が走った瞬間だった。

 物販コーナーで、フレイミングパイのミニアルバムを購入した。

「ありがとうございます!あ!君は!フレイミングパイ、最高やったでしょ!」

 対応してくれたのは、三月にも会ったヤマケンさんだった。

「は、はい!すごかったです!」

「このアルバム、五曲入っとるんやけど、全部名曲やから!レコーディングの様子もみんなに話したいくらい!」

 熱心に説明してくれるヤマケンさんに見送られて、旭は帰路についた。

 家に帰って、ミニアルバムを何度も聴いた。

 「フレイミングパイ」「風のうた」「青空ハイウェイ」「Evening Calm」「オレンジの坂道」——五曲とも、それぞれ違う魅力がある。

「Evening Calm」作詞作曲カグラって書いてある。

(これ第一部で先輩が歌ってたけど、先輩の曲だったんだ!先輩の声も好き!)

 旭はミニアルバムの一〜三曲目で元気をもらい、四、五曲目では決まって涙を流した。そして、ある日、思いついた。

(これらの曲、ピアノで弾いてみたら……)

 旭は楽譜を起こし始めた。「フレイミングパイ」という曲。アップテンポでロックな曲をピアノで自己流にアレンジする。クラシックとは違う、もっと自由な弾き方で。

 毎日毎日、練習した。

 クラシックピアノは、楽譜通りに弾くことが求められる。でも、アレンジは自由だった。自分の感情を乗せて弾ける。

(楽しい……)

 ずっとクラシックに感じていた物足りなさが、埋まっていく気がした。

 「風のうた」「青空ハイウェイ」と、次々にアレンジしていった。


          ◇


 春休みが明け、高等部に進学した旭は軽音同好会の扉を叩いた。

「ロックがやりたいんです!」

 意気込んで入ったものの、同好会の雰囲気は想像と違った。

 活動しているグループは三つ。どれもJ-PopやSNSで流行った曲をコピーしている。

「ロックバンド?今はいないなあ、エレキギターとかドラムできる人いないしね」

「ほとんどギターの弾き語りやけん」

「去年と違ってフォークソング同好会って感じになっちゃったね〜」

 旭の居場所は、なかった。

 同好会の活動には参加するものの、心は満たされない。

 結局、旭は一人で第三音楽室に通うようになった。

 普段あまり使われていない音楽室。グランドピアノがある。

 放課後、誰もいない音楽室で、フレイミングパイの曲を弾く。

 「フレイミングパイ」「風のうた」「青空ハイウェイ」——ミニアルバムの曲を、次々とピアノアレンジしていった。最近は神楽坂先輩の「Evening Calm」、そして「オレンジの坂道」にも挑戦している。どっちもアコースティックナンバーで、「オレンジの坂道」にはストリングスも入っている。それをピアノで表現するのは難しいが、やりがいがある。

 六月、七月と、その日課は続いた。

 誰に聴かせるわけでもない。ただ、弾きたいから弾く。

 そして、七月のある日。

 いつものように「オレンジの坂道」を弾いていると、扉が開いた。

「その曲……フレイミングパイ?」

 振り返ると、神楽坂先輩が立っていた。

「か、神楽坂先輩!?」

 旭は慌てて立ち上がり、椅子を倒した。


          ◇


 あの日から、旭の世界は少し変わった。

 憧れの先輩と話ができた。ツアーの最終、松山のライブにも来てねと言ってもらえた。

 それを楽しみにしながら、夏休みの間、旭は一人で練習を続けていた。

 軽音同好会には、やっぱり居場所がない。ロックをやりたい気持ちは募るばかりだ。

 九月、新学期が始まった。

 軽音同好会の部室で、先輩たちが話しているのが聞こえた。

「文化祭、うちら出れるレベルじゃないよね……」

「練習不足だし」

「でも同好会として何かしないと」

「ねえ、神楽坂さんってプロのバンドやってるんでしょ?」

「フレイミングパイだっけ。すごいよね」

「私、ラジオ聴いてる〜っ。すっごくおかしいの」

「生徒会にオファーしてもらったらどう?同好会の持ち時間で出てもらうとか」

 旭の心臓が跳ねた。

 フレイミングパイが、学園祭に?


          ◇


 数日後、生徒会から神楽坂先輩にオファーがあったらしい。

 旭は思い切って、放課後の先輩を捕まえた。

「神楽坂先輩!」

「あ、旭ちゃん」

 先輩は優しく微笑んでくれた。

「あの、相談があって……」

「うん、なに?」

「わたし、ロックがやりたいんです。でも、軽音同好会には居場所がなくて……」

 旭は、夏休みの間ずっと考えていたことを話した。

 クラシックピアノに感じる物足りなさ。フレイミングパイの音楽に出会って変わったこと。ロックをやりたいという気持ち。

 カグラは黙って聞いてくれた。

「そうだったんだ……」

「先輩、どうしたらいいでしょうか」

 カグラは少し考えてから言った。

「実は、学園祭にフレイミングパイで出るかもしれないの」

「え!? 同好会が出れない代わりにその枠をって先輩たちが話してたのを聞きましたけど、そんな急に出てくれるものですか?」

「そんなにパンパンなスケジュールじゃないよ……2学期は体育祭とか行事も多いから、ツアーも中休みみたいなものだし、そうだ、旭ちゃんも、一緒にやってみない?」

「え……わたしが……?」

「ピアノアレンジ、上手だったから。ゲストで弾いてみない?」

 旭は言葉を失った。

「わたしが、フレイミングパイと……?」

「もちろん、メンバーに会ってもらって、OKが出たらだけど」

「……はい!ぜひ、お願いします!」

 旭の目に、涙が滲んだ。


          ◇


 九月九日。レアの誕生日。

 ROCK STEADYにフレイミングパイのメンバーと愛未、ヤマケンが集まっていた。

「レアちゃん、十八歳おめでとう!」

 愛未がケーキを運んできた。

「おめでとう!」

「おめでとう、レア!」

「おめでとうやで!」

 シー、カグラ、ポンズが続く。

「みんな、ありがとう!」

 レアが笑顔で頭を下げた。

 ”1”と”8”と数字をかたどったろうそくの炎がケーキの上で揺れている。

 もう”81”となっていても、ツッコまなかった。

「さ、願い事して」

 シーが言った。

 レアが目を閉じて、ふーっと息を吹きかける。

 ろうそくの炎が消えた。

「何願ったん?」

「そりゃあ秘密や」

 すると、ポンズが何か思い出したように言った。

「お兄さん、こないだ松山であったM-1一回戦突破したんやろ?決勝目指して…」

「なんで自分の誕生日に、アニキのことお願いせなあかんねん!」

と、レアはポンズにチョップをかました。

 ケーキを切り分けながら、プレゼント交換が始まった。

「うちからはこれ」

 シーが包みを渡す。

「ありがとう……って、なにこれ、めっちゃ可愛いやん!」

 レアが取り出したのは、ドラムスティックケース。レザー製で、名前が刻印されている。

「カグラちゃんからは……」

「ハンドクリームとリップのセットです。ドラム叩くと手が荒れるでしょ?」

「ありがとう、嬉しい!」

 そして、ポンズの番。

「はい、これ!」

 ポンズが自信満々で渡した包みを、レアが開ける。

「……靴下?」

 出てきたのは、派手な柄の靴下だった。

「見て見て、このデザイン!左右で違うんよ!」

「うん……」

「レアちゃん最近、足元のおしゃれに目覚めてるやん?だから靴下!」

「いや、うちが目覚めてるんはブーツとかスニーカーであって、靴下ちゃう」

「え、違うん?」

「違うわ」

「でもほら、この柄!サイケでかっこええやん!」

「ポンズの趣味やん」

 笑いが起きるが、カグラは微妙な顔をしていた。

「まあ、履いてみるわ。ありがとう」

 レアが苦笑いしながら言った。

 和やかな空気の中、カグラが話を切り出した。

「あの、みんなに相談があるんだけど……」

 靴下の贈り物はどうかと思っていたが、二人とも意に介していないので、そこは触れずに黙っておいた。

「なに?」

「サトちゃん、お願い」

 愛未がかわりに説明を始める。

「実は、カグラの学校の文化祭に出てほしいって、正式に学校と生徒会からオファーがあったの」

「カグラちゃんの学校で?」

 シーが首を傾げた。

「うん。軽音同好会の持ち時間なんだけど、出れるグループがいないみたいで……」

「面白そうやん!」

 ポンズが目を輝かせた。

「学校でライブとか、青春やな」

 レアも乗り気だ。

「それと……」

 カグラが続けた。

「以前話した、ピアノの後輩の子……東雲旭ちゃん」

「ポンズ2号!」

 ポンズが反応した。

「その子に、ゲストで弾いてもらいたいの」

「ピアノ?」

 シーが眉を上げた。

「ミニアルバムの曲をピアノアレンジしてるの。すごく上手で」

「へえ……」

「『オレンジの坂道』、聴いたことあるんだけど、すごく良かった」

 ポンズが身を乗り出した。

「ピアノアレンジしたい曲、いっぱいあるんよ!ええやん、会ってみたい!」

「今、アレンジの幅を広げたいのは確かやね。でもどんな子か、わからんしな……」

 シーは慎重だが、新たな化学反応の期待もある。

「ま、カグちゃんの後輩のいい思い出づくりのためなら協力は惜しまん……けどリハーサルしてから決めてもええ?」

「うん、もちろん。ありがとう、シーちゃん」

 カグラが嬉しそうに微笑んだ。


          ◇


 九月中旬、リハーサル当日。

 旭は緊張しながらROCK STEADYの扉を叩いた。

 三月に初めて来た時とは違う。今日は、客じゃない。フレイミングパイのメンバーに会うために来たのだ。

「旭ちゃん、来てくれたんやね」

 カグラが出迎えてくれた。

「は、はい!よろしくお願いします!」

 スタジオに入ると、三人が待っていた。

 シー、ポンズ、レア。ステージで見た時よりも、ずっと近い。

「初めまして、東雲旭です!」

 旭は深々と頭を下げた。

「ようこそ!ポンズ2号!」

 ポンズが嬉しそうに言った。

「え?」

「うちは光月寛奈、略してミツカンやからポンズ。旭ちゃんは旭ポンズ!ポンズつながりや!」

「あ、それでポンズさんなんですね……」

 旭は戸惑いながらも、少し緊張がほぐれた。

「よろしく、旭ちゃん。うちはシー」

「レアや。よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

「あ、君は!」

 ヤマケンが声をかけてきた。

「へえ、ゲストのピアニストって君だったのか!」

「ヤマケンさん、知り合いなん?」

 ポンズが聞くと、ヤマケンはにこりと笑って言った。

「お客様としてちょっと対応しただけやけど、随分熱心に来てくれるようになったんよ。あ、ステージ準備しているから」

 ステージへ行くと、愛未の電子ピアノがセッティングされていた。

「ほな、弾いてみて」

 シーが言った。

 旭は深呼吸して、鍵盤に指を置いた。

 「フレイミングパイ」のイントロを弾き始める。

 クラシックとは違う、自由なアレンジ。でも、原曲のメロディは大切にしている。感情を込めて、一音一音を紡いでいく。

 曲が終わった。

 静寂。

「……すごいやん」

 ポンズが目を輝かせた。

「これ、自分でアレンジしたん?」

「は、はい……他にも『風のうた』とか『オレンジの坂道』とか……」

「めっちゃええやん!シー、ええやん!」

 ポンズがシーの腕を掴んで揺さぶる。

「……うん、良かった」

 シーが静かに言った。

「ほな、学園祭、一緒にやろっか」

 旭の目に涙が浮かんだ。

「ありがとうございます……!」


          ◇


 九月第三週の土曜日。学園祭当日。

 カグラの学校は、朝から賑わっていた。

 フレイミングパイが来る。その噂は、校内中に広まっていた。

「うちの学校にフレイミングパイのメンバーがおったんやって!」

「神楽坂先輩?」

「知らん。誰?」

「このひと」

 スマホでフレイミングパイの画像を見る。

「えっ、背高くてかっこいい!」

「全然気づかんかった……」

 カグラは学校では目立たない生徒だった。成績は良いが、大人しくて存在感が薄い。それが突然、プロのバンドのメンバーだと判明したのだ。

 フレイミングパイは機材搬入と設置のため、生徒たちの登校後に校内に入っていた。搬入後、ヤマケンやライブハウスのスタッフたちが、ステージのセットアップを引き受けてくれた。その間、メンバーたちは愛未とともに校長室へ案内される。カグラも自教室から校長室へ制服でやってきて、校長や生徒会の歓迎を受けた。

「今日は生徒たちも大変楽しみにしています。よろしくお願いします」

と、校長はにこやかに挨拶してくれた。

「突然のオファーを受けていただいて、ありがとうございます。」

生徒会長も、丁寧にお辞儀をしてくれた。

控室でメンバーだけになった時、

「今朝、大変だったよ」

と、カグラが疲れた様子で語り始めた。

今朝のこと、カグラが校門をくぐると、中等部の生徒たちが待ち構えていた。

「神楽坂先輩!」

「サインください!」

「写真撮ってください!」

「え、ちょっと……」

そんなこんなで、逃げるように教室に入ったのだと言う。

「すごいやんかカグラちゃん!」

 ポンズが笑いながら言った。

「笑い事じゃない……」

そう言いながら、カグラは愛未が持ってきたステージ用の衣装に着替えのため更衣室へ向かった。

「カグラちゃん、もう学園の人気者やな」

 レアが感心したように言う。

「カグちゃんは慣れんやろな」

 シーが苦笑した。


 体育館には、すでにお客さんが集まっていた。生徒だけでなく、保護者や近隣の人たちもいる。

 フレイミングパイのファンも来ているようだ。

「結構入っとるな……ライブハウスより人多いで」

 シーがステージ袖から客席を見た。

「あわわ、緊張する……」

 旭が青い顔で言った。

「旭ちゃん、緊張するんなら、お客さん見ずにうちら見ててな」

 シーが言った。

「うちらを見て、うちらの音だけ聴いて、一緒に弾けばええから、な」

「……はい」

 旭は少しだけ、肩の力が抜けた気がした。

 開演時間になった。

 四人がステージに上がる。

「こんにちは!フレイミングパイです!」

 ポンズがMCで叫ぶと、大きな歓声が返ってきた。

「今日はカグラちゃ——じゃなくて、神楽坂奏多ちゃんの学校にお邪魔させてもらいました!」

 立て続けにポンズは自己紹介を始める。

「うちは光月寛奈、略してミツカン、人呼んでポンズでーす!」

 笑いが起きる

「ボーカルとギター、シー!」

「ドラム、レア!」

「そして、うちのスーパーギタリスト、カグラ!」

 体育館が女子生徒たちの歓声で包まれる。

「そしてもう一人!」

 電子ピアノの前に、自分達の学校の制服を着た生徒がいる。客席がざわめいた。

「スペシャルゲスト!ピアノがめっちゃ上手い子。紹介します——高等部一年の東雲旭ちゃん!」

 旭はちょこんとお辞儀した。足が震えている。旭は客席を見れない代わりに、メンバーを見た。

 シーが頷いてくれた。カグラが微笑んでくれた。ポンズもレアも笑顔でこっちを見ている。

 電子ピアノの前に座る。

(お客さんは見ない。詩音さんたちを見る)

「フレイミングパイと旭ちゃんのピアノでお届けします!さいっこうの思い出作りましょう!楽しんでいってくださーい!」

 一曲目「フレイミングパイ」から始まった。旭は深呼吸して、鍵盤に指を置いた。

 体育館が揺れる。生徒たちが立ち上がり、手拍子が響く。

「やばい、かっこいい!」

「ボーカルの人、めっちゃうまい!生で聴くとすごい迫力!」

「カグラ先輩、ギター弾いてる時すごい顔してる!」

 お嬢様学校の体育館が、一瞬でライブハウスに変わった。

 「風のうた」「青空ハイウェイ」と続く。

 曲が進むごとに、生徒たちのノリが良くなっていく。最初は座っていた保護者たちも、いつのまにか体を揺らしている。

「なにこれ、めっちゃ楽しい!」

「ロックってこういうことか!」

 中等部の生徒たちは、初めて体験する生のロックに目を輝かせていた。

 そして、シーがMCを取った。

 「次の曲は、カグちゃ……神楽坂奏多ちゃんが作った曲です」

 シーがギターのイントロを弾き始めた。「Evening Calm」だ。

 カグラのギターが入る。レアのドラムが入る。ポンズのベースが入る。

 そして、旭のピアノが重なった。

 バンドサウンドとピアノが溶け合う。原曲とは違う、新しい「Evening Calm」が体育館に響いていく。

 カグラにとっても、同じ学校の生徒たちの前で自分の歌を唄うという、自分にとってもハードルの高い挑戦だった。

 カグラは旭を見ながら、自分の心を奮い立たせた。そして旭のピアノの音に勇気をもらいながら、なんとか歌い切った。

 生徒たちは、われんばかりの拍手と歓声を送った。

「先輩、歌うまい!」

「あんな神楽坂さん、見たことない」

「神楽坂先輩の曲、泣ける……」

「旭ちゃんのピアノも最高!」

「あさひー!いいぞぉ!」

 同級生たちが旭の名前を呼ぶ。旭は泣きそうになりながら、次の曲に備えた。

 そしてラストの曲「オレンジの坂道」。

 アコースティックナンバーにはピアノがよく合う。ストリングスの代わりに、旭のピアノが曲を彩る。

 旭は夢中で弾いていた。

 二月に初めて感じたあの気持ち。ライブハウスで感じた衝撃。一人で練習を続けた日々。

 全部が、今この瞬間につながっている。旭のピアノの音が変わった。

 シーは歌いながら旭の方を見た。旭が鍵盤に向かっている姿に、いつかのカグラが重なった。

 そうだ、自分がソロデビューするかどうか悩んでいる時、ポンズとともにやってきて、自分のバックで好き勝手に弾き始めたあの路上ライブ。ポンズと張り合っていると、その間を切り裂くようにカグラのギターソロが割って入ってきたのだ。今まさにあの瞬間と全く同じことが起きた。シーはポンズの方へ目をやると。ポンズがウインクした。ポンズも同じことを感じたのだった。

 終盤のサビで「オレンジの坂道」が変わった。対極にあるシーの新曲「雨と交叉路」と同様、希望へと駆け上るようなスケールの曲へ変貌していく。旭の演奏への情熱、上達したいという意欲が、「私も、私もその道を行く!」とバンドの音を持ち上げてきたのだった。

 曲が終わった。一瞬の静寂。

 そして、大きな拍手が起きた。スタンディングオベーションだ。

「あさひー!」

「東雲さん、すごい!」

「ピアノかっこいい!」

「フレイミングパイ最高!」

「また来てー!」

 体育館中が興奮に包まれている。中等部の生徒たちは涙を浮かべている子もいた。

「神楽坂先輩、うちの学校の誇りや!」

「旭ちゃん、同じ学年やのにすごすぎる……」

 メンバーたちが旭を囲み、旭の腕を高らかに上げた。

 旭の目から涙がこぼれた。

「ありがとう……ございました……」

 声が震えている。でも、笑顔だった。


          ◇


 ライブが終わり、片付けをして、いつものハイエースに乗り込もうとしている。

 ハイエースの前には旭とカグラ、背後には多くの女子生徒たちや教師たちが見送りに集まっていた。

「今日はありがとうございました。わたし、こんな気持ち初めてです。叶うなら、これからも一緒に音楽を……」

 旭がそう言いかけたとき、シーが声をかけた。

「旭ちゃん、ちょっとええ?」

「は、はい」

「今日の演奏、すごく良かったよ」

「ありがとうございます!」

 旭が嬉しそうに答える。

「……一つええかな?」

「はい」

 シーの表情が少し真剣になった。

「うちらはメジャーじゃないけど、一応プロ契約してるバンドや。楽しんでやってるけど、それはお遊びじゃない」

「……」

「もしこの先、うちらと一緒にやるってことは、そこらの友達と一緒にバンド組むって話やない……覚悟がいるよ」

「覚悟……」

「うちとレアは、これで生きていくと覚悟を決めて、高校進学はせんかったんよ。旭ちゃん、うちらと一緒にやりながら学業と両立できる?」

 旭は言葉に詰まった。

「徳島で会ったアイドルの子がおってな。この人は大学とアイドル活動と地元での活動も、全力でやってた。でも、それは相当な覚悟と努力がいることや」

「……」

「ただね……」

 シーの声が少し柔らかくなった。

「カグちゃんもおんなじ境遇やと思う。カグちゃんは事務所にもお家の人にも配慮してもらいながら、自分にやれることを精一杯やってくれてる」

「自分のやれること……」

「うちらも、カグちゃんの学業をちゃんと優先するよ。テスト前は活動制限するし、無理な遠征は入れん。そういう形で、両立できるようにしてるんや」

 旭は少し安心したような顔をした。

「でもな、それでも覚悟はいる。遊びやなく仕事になる。本気でやる覚悟がいる」

「……」

「それにうちらは演奏うまいだけではダメやで。今日みたいに毎回思いをぶつけてもらわんといかんし」

「思い……」

「今すぐ答えんでええ。でも、考えといて」

 旭は黙って頷いた。

「ほな、また会おな。ポンズ2号」

 シーが微笑んでクルマに乗り込んだ。

 旭は、シーの言葉を噛みしめていた。

 覚悟。本気でやる覚悟。

 今日、ステージで感じたあの高揚感。メンバーと音を重ねた時の一体感。お客さんの歓声。全部が、旭の心に刻まれていた。

(わたし、やっぱりこの人たちと一緒に演奏したい)

 その気持ちは、もう揺らがない。

 進路は?将来は?クラシックピアノは?音大は?両親を説得できるのか?

 考えなければいけないことは、たくさんある。

 でも——

「覚悟……」

 旭は呟いた。今度は、迷いではなく、決意を込めて。

「ふふ、シーちゃんは覚悟が決まったらいつでもおいでって言ってくれたんよ」

 カグラは旭に微笑んだ。

「神楽坂先輩」

「うん?」

「わたし、やります。フレイミングパイと、一緒に演奏したいです」

 カグラが目を丸くした。

「本気?」

「本気です。もちろん、すぐには無理かもしれません。学校のこと、両親のこと、ピアノのこと……いろいろ整理しなきゃいけないことがあります」

 旭は真っ直ぐカグラを見た。

「でも、覚悟を決めます。先輩みたいに、学業と両立しながら、自分にできることをやります。だから——待っていてください」

 カグラは、少し驚いた顔をしていたが、やがて優しく微笑んだ。

「……うん。待ってる」

 ハイエースが発車する。見送りの女生徒たちが一斉に声を上げる。

 旭は、遠ざかっていくハイエースに向かって、深くお辞儀をした。

「旭ちゃん、学園祭、一緒にまわろ」

 学園祭の賑わいが続いている。カグラと旭は学園祭を楽しんだ。

 旭の心はもう揺れていなかった。

 これからやるべきことを、一つ一つ、考え始めていた。

 両親への相談。クラシックピアノとの向き合い方。学業との両立。

 簡単ではない。でも、やると決めた。

 あの日、大街道でフレイミングパイを見た瞬間から、旭の運命は動き出していたのかもしれない。

 そして今日、旭は自分の意志で、その運命を選んだ。

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